第72話


セレニティの姿を見つけて声をかけようと階段を降りていく最中、セレニティが後ろに倒れていくのが見えた。

転げ落ちる覚悟で手を伸ばしたそうで上手く受け身を取れたのだとスティーブンは語った。



「まさかとは思うが、メリー嬢がセレニティを押したのか?」


「……はい。残念ながら」


「…………!」



セレニティが頷くと、スティーブンはすぐに怒りを露わにする。



「俺がいなければセレニティがどうなっていたのか……考えただけでも腹立たしい」


「……スティーブン様」


「ペネロ侯爵にはすぐに抗議しよう。万が一、セレニティから訴えても上手く丸め込まれてしまう可能性もあるからな」



セレニティはスティーブンの言葉に頷いた。

彼の言う通り、子爵家であるセレニティがメリーの行動を訴えかけても揉み消されてしまう可能性もある。

しかしスティーブンの言うことならば無視できずに聞かざるを得ない。


セレニティが後ろを振り向けば、メリーの姿はいつの間にか消えていた。

今、目の前でセレニティを庇ってくれたスティーブンを置いてまで追いかけようとは思わなかった。


(今回のことは今までのように簡単には済ませたくありませんわ……命を軽んじることをわたくしは絶対に許しません)


スティーブンがいなければセレニティは後ろから落ちて大怪我をしていたどころか、死んでいたかもしれない。

そう思うと強い怒りが湧いてくる。


しかし今はスティーブンの具合の方が大切だと気持ちを切り替える。



「スティーブン様……わたくしを助けてくださりありがとうございました」



セレニティがそう言うと、スティーブンは「セレニティが無事でよかった」と言って微笑んだ。


セレニティはスティーブンにのしかかるようにして体に異常がないかペタペタと触れながら骨が折れていないか、切り傷がないか確かめていた。


(腕は服が破れただけ。関節は大丈夫……!足も動くみたいですし、痛みはなさそうですわね)


セレニティはスティーブンの体に大きな怪我がないことに安堵していた。

しかし顔を上げるとスティーブンの顔が真っ赤になっている。

セレニティは慌てて問いかけた。



「スティーブン様、大丈夫ですかっ!?もしかして痛みを我慢されているのでは?やはりお医者様に一度見ていただいた方が……」


「いや……平気だ」



スティーブンは顔を隠すように破れた上着を脱いでから傷ついた頬を拭った。

ハッとしたセレニティはスティーブンにネルバー公爵が意識を取り戻したことを伝えるために口を開いた。



「スティーブン様、ネルバー公爵が先程、意識を取り戻しましたわ!」


「っ、本当か!?……よかった」


「今はネルバー公爵夫人が付き添っておられます」



スティーブンはネルバー公爵の無事を聞いて安心しているようだ。



「ありがとう、セレニティ。騎士達から君が父上を救ってくれたのだと聞いた」


「いえ、スティーブン様がドルフ医師との応急処置の訓練に協力してくださったお陰ですわ」



手元にあるネルバー公爵の手紙に気づいたセレニティはハッとする。



「そうだわ!」


「……?」


「ネルバー公爵から陛下にと、手紙を預かって参りました。早く陛下にお伝えしなければ……っ」



セレニティが立ちあがろうとすると、恐怖からなのか腰が抜けてしまいなかなか立ち上がれない。

スティーブンが上半身を起こすと服を払いながら立ち上がる。

足に力が入らずに焦っていると、セレニティの体をスティーブンが抱え上げた。



「ひゃ……!?」


「大丈夫か?」


「スティーブン様っ、離してくださいませ!」


「……?何故だ?」


「お、重いです!わたくし、重いですから……!」


「重くない。行こう」

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