第55話


「スティーブン様!」


「セレニティ、大丈夫か?」



スティーブンの額にはじんわりと汗が滲んでいる。

恐らく急いでセレニティの元に来てくれたのだろう。

スティーブンの行動にキュンとする胸を押さえたセレニティは首を傾げた。


(……この感覚は)


しかしスティーブンに「セレニティ」ともう一度名前を呼ばれて返事を返す。



「わたくしは大丈夫ですわ。ご挨拶はすみましたでしょうか?」


「今は俺の心配をしている場合ではないだろう……?」


「そうですけれども、わたくしだって攻撃がくることはわかってましたし、ちゃんと受け止められましたわ」


「確かに君の実力ならば問題ないとも思ったが、万が一があってはだな……!」


「わたくしから実践の機会を取り上げないでくださいませ!ただでさえハーモニー隊長が過保護になってきて、わたくしに警護に出るのはまだダメだと仰っるのですよ!?スティーブン様だって経験から学べることがあると仰っていたではありませんか!」


「セレニティの気持ちはわかっている。だが、俺は……」



名も知らない令嬢はスティーブンに腕を掴まれたまま顔を真っ赤にしている。

そしてジェシーは爪を噛むことと貧乏揺すりをやめて、いつの間にか恍惚とした表情でスティーブンを見ているではないか。


セレニティの視線の先を見て、スティーブンは令嬢の手首を掴みっぱなしだということに気づいたのか、咳払いをして「すまない」と言いながら手を離す。


跡がついていないか気にして令嬢に丁寧に声をかけているところを見るとスティーブンの人の良さが滲み出ている。

そして名も知らない令嬢は頬を染めながら「大丈夫ですわ。あの、わたくしメリー・ペネロです。スティーブン様とはずっとお話したいと思っていて、今日会うことができて嬉しいですわ」と可愛らしく話始めた。


(メリー・ペネロ……ペネロ侯爵の長女だったかしら)


間接的ではあるが、やっと名前を知れたようだ。

しかしメリーはスティーブンやネルバー公爵との関係をどう説明していたのかはわからないが周囲の令嬢達も顔を見合わせてメリーに冷やかな視線を送る。


しかしスティーブンはメリーから手を離すと彼女のアピールを全く気にすることなく「体術はまだ教えていないだろう?」とセレニティに問いかけている。

メリーの言っていることは彼には届いていないどころか、気にされていない。

周囲の令嬢達に囲まれて、それを見られていたメリーにとっては赤っ恥だろう。



「何を仰いますか!体術ならば、ハーモニー隊長に少し教わりましたわ」


「姉上はすぐにセレニティに教えたがるな」


「お陰で少しならば対抗できますわよ?トリシャお姉様やブレンダお姉様もハーモニー隊長の一撃を躱した時は褒めてくださいましたわ」


「……。姉上に話してくる」


「スティーブン様、待ってくださいませ……!い、今のは間違いです!」


「この間の遠征の時か……ブレンダにはこのことを俺に黙っておいた方がいいと言われたろう?ブレンダとも少し話さねばな」


「スティーブン様は過保護すぎるのです!ブレンダお姉様は悪くありませんっ」


「俺は過保護ではない。セレニティを心配しているんだ。君がまた怪我をしたらどうする!?」


「そうならないためにもわたくしは頑張っているのです!」



セレニティとスティーブンの会話はいつも大体こんな感じである。

スティーブンはセレニティに甘いというよりは常に心配している。


そしてセレニティの口から出る錚々たるメンバーの名前を聞いてか、令嬢達はすっかり震えて口を閉じてしまった。

しかしジェシーだけはスティーブンとセレニティの会話が聞き取れないようで少しずつこちらに近づいてくる。

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