第54話



「そう言われましても、聞かれませんでしたから」 


「なっ……!」



周りの令嬢達も異変に気づき出したのか、会話の内容が聞こえたのかコソコソと耳打ちしている。

焦った令嬢は「わ、わたくしはスティーブン様に挨拶をするつもりだったのよ!」と言い訳している。

自慢の仕方がジェシーと同じだと思ったのと同時に、あることに気がついた。

ハーモニーやスティーブン、トリシャやナイジェルからこの令嬢のことを一度も聞いたことがない。


(そもそもあのパーティーにいないという時点で、推察できますわね……)


そして先程からコツコツと聞こえる音の先、爪を噛みながら貧乏揺すりをしているジェシーの姿があった。

スティーブンが離れたため、セレニティを問い詰めるタイミングを狙っているのだろう。

このままスティーブンが帰ってこなければ間違いなくこちらにやってくる。

前に後ろにと挟まれてセレニティはどうするべきか考えていた。


(そうですわねぇ……ここは一先ず逃げましょうか)


ハーモニーを探すために動こうと決めたセレニティは、スティーブンのことについて、ひたすら言い訳している令嬢に声をかける。



「仰いたいことはわかりましたわ。もうよろしいでしょうか?」


「ダメに決まってるじゃない。それにその傷……上手く隠しているみたいだけど、その顔でスティーブン様の隣に並ぶなんて恥ずかしいと思わないの!?」


「いえ、全く」


「……っ!ふん、隠したってバレバレなのよ!あーあ、可哀想に」



クスクスと笑いながらセレニティの傷を馬鹿にしている令嬢達に対して、セレニティは微塵もダメージを受けることなくニコニコと笑っていた。

すると令嬢達はセレニティの態度に逆にたじろいでいる。


(恥ずかしがったり、悲しんだりすれば相手を付け上がらせるだけ。逆に余裕たっぷりに微笑んでいれば自信がなかったり、嘘をついている方から崩れたりしていく……ブレンダお姉様の言う通りね)


それからセレニティが声を掛ける暇もなく令嬢達の攻撃は続く。



「そ、そのドレス……あなたに似合っていないわ。なんだが古臭くない?」


「その通りね。見ていられない」


「ああ、確かに田舎くさいわ」


「……このドレスはわたくしの大切な人が選んでくれたのです。馬鹿にしないでください」



低くなる声……反応を変えたセレニティに令嬢達はニヤリと唇を歪めた。

焦茶色の髪をキツく巻いている令嬢はバサリと髪を掻き上げた。



「大切な人?スティーブン様ではないでしょうね」


「こんな剣を振るう芋臭い子がスティーブン様にドレスを選んでもらえるわけないじゃない!」


「…………違いますわ。撤回してくださいませ」


「ふふっ、子爵令嬢が頑張って買ったドレスですもの」


「まぁ、そうですわよねぇ」



ブレンダとトリシャに選んでもらったドレスを馬鹿にされることは許せなかった。


(困りましたわね。戦いたくともお名前がわからない……わたくし、まだまだ勉強不足でしたわ。やはり興味がなくとも、貴族のお名前は全員把握しておいた方がよさそうですね。帰ったらすぐに勉強いたしましょう)


最近では剣の訓練ばかりで貴族の令嬢としての役割りをおざなりにした部分もあった。


(まずは心を静めましょう。それから、もっと外に目を向けていろんな方達と話してみないとダメですわね)


まずは自己紹介をするところからだと、セレニティは令嬢達に問いかける。



「申し訳ございませんが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「は……?」


「わたくし達、まだ自己紹介もしておりませんから」


「……………は?」



後ろからプッと吹き出す声が聞こえて、赤い瞳を歪め確かに令嬢がブルブルと肩を震わせている。



「──このっ!」



怒りからか手を振り上げた令嬢を見て、攻撃を避けようとしたが横からその手を捻り上げる腕を見てセレニティは目を見開いた。

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