第42話
スティーブンから招待状をもらった日から「誰かいい人がいたら愛想よく振る舞いなさい」「チャンスがあったら掴みなさい」と耳にタコができるほどに言われていた。
セレニティは胸を押さえながら迎えの馬車を待っていた。
そしてシャリナ子爵が持つ馬車とは比べものにならないネルバー公爵家の豪華な馬車が到着する。
やはり爵位も子爵と公爵ほど違えば、ここまで差があるのだろう。
そう思うとスティーブンの親しみやすさには驚いてしまう。
中から出てきたのは騎士の格好をした女性であった。
キリリとした目元と上品で堂々とした立ち回りに目を奪われていた。
「セレニティを迎えにきた。ハーモニー・ネルバーだ。セレニティ、馬車の中で話をしよう!」
「ハ、ハーモニー様……!?」
「さぁ、行こうか。セレニティ」
ハーモニーがこちらに向けてそっと手を伸ばした。
セレニティがずっと憧れていた理想が具現化したような人が現れたと思った。
ハーモニーがキラキラと輝いて見えた。
赤髪を高く結っていて、少し吊り上がった濃い紫色の目と形のいい唇が弧を描いている。
快活そうなこの女性はスティーブンの姉で若くして白百合騎士団を率いるハーモニー・ネルバーである。
セレニティがハーモニーを見ていると、隣からジェシーが控え目に一歩を踏み出した。
「わ、わたしも……!」
「おや?君はセレニティの姉のジェシーだな。君も今からどこかのパーティーに呼ばれているのか?」
「いや、その違うんです!セレニティが心配で……」
「大丈夫だ。セレニティはアタシが責任を持ってお茶会の会場に連れて行こう」
「えっ……でもっ」
「これでも腕が立つんだ。任せてくれ!」
ハーモニーはセレニティの手を掴んで馬車にエスコートするように中に入る。
騒ぐジェシーの言葉を全く気にすることなくハーモニーは「出してくれ」と御者に声を掛ける。
唖然とするジェシーと両親を置いて、公爵家の馬車が出発した。
それを見たセレニティの気分はスッキリ爽快である。
窓からほんの少しだけ体を乗り出して満面の笑みを浮かべながら三人に手を振った。
まさかこんな形でジェシーを置き去りにすることができるとは思わなかった。
三人の姿が見えなくなってセレニティは馬車の椅子に腰掛ける。
「ハーモニー様、ありがとうございます」
「ああ、スティーブンにセレニティ嬢の立場を考えればこうした方がいいと言われてな。スティーブンに頼まれてアタシが出向いたというわけだ」
「……わたくしの立場を」
「表情には見えないが、スティーブンはああ見えて色々と考えている。まぁ、考えすぎな一面もあるがな」
どうやらジェシーの対応に困っていたスティーブンを見兼ねてセレニティを迎えに来てくれたようだ。
ハーモニーの洗練された雰囲気はスティーブンとよく似ているような気がした。
それに美しい立ち振る舞いを見ていると憧れを抱いてしまう。
「セレニティと話をしたくてね。話はスティーブンから色々と聞いている。その傷のこともだ」
「……はい」
「事故とはいえ、辛かっただろう。セレニティの気持ちはよくわかる」
「ハーモニー様……」
「それとスティーブンとの婚約の話を断ったと聞いたが……」
ハーモニーはそう言って目を細めた。
セレニティはにっこりと笑いながら答えた。
「スティーブン様は今でもわたくしのためにと、とてもよくしてくださいます。毎回、美味しいお菓子も持ってきてくださいますし、わたくしの話を最後まで聞いてくださいますし、それに今回の件もそうです。こうしてわたくしの心境を汲み取って動いてくださいます」
「…………そうか」
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