第13話
マリアナがパンケーキを取りに向かっている間、ずっと閉じていたカーテンを開けた。
陽の光が眩しくて目を細めながらもセレニティは窓を開いてから身を乗り出した。
冷たい風が吹いて驚いて息を吸ってしまう。
反射的に胸を押さえてその場に座り込んだ。
しかしいくら待っても肺を締め付けるような息苦しさがない。
(本当にこれがわたくしの体なんて信じられないわ!急に動いても全く苦しくないなんてっ!)
マリアナがいない間、セレニティが喜びいっぱいに部屋を駆け回っている音で人が集まってくる。
「ついに頭が……」
「どうしちゃったのかしら」
「セレニティお嬢様が狂ってしまった」
しかしそんな声が聞こえないくらいセレニティの頭は喜びで溢れていた。
(息が切れない!走れるっ!何度、跳ねても平気なんてすごいわ!夢みたいだわ……!)
結局、マリアナにパンケーキを持ってきてもらうまでセレニティの大暴走という名の検証は続いたのだった。
それを見たマリアナはワナワナと震えながら「セレニティお嬢様、何をしているのですか!?」と叫んだ。
セレニティはマリアナの後ろにあるワゴンの上、これでもかと生クリームが載ったパンケーキを見て動きを止めた。
目を輝かせながら大人しく椅子に腰掛ける。
マリアナがセレニティの前にクリームがこれでもかと盛られたパンケーキを置いた。
セレニティは隣にあった蜂蜜をたっぷりとパンケーキにかけてからフォークとナイフを握った。
「───いただきます!!!!」
口いっぱいに頬張るパンケーキと頭がおかしくなってしまいそうな糖分。
暫くは放心状態だったセレニティは「んんー!」という声を出しながら、夢中になってパンケーキを食べていた。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
パンケーキをあっという間に完食したセレニティは、いつもなら迫り来る吐き気や胃痛に体を固くしていた。
はちきれそうなほどいっぱいになったお腹を摩る。
そして
何もないことを確かめてから目を閉じた。
満腹感にフーッと息を吐き出して、興奮から赤くなった頬を押さえてポツリと呟いた。
「ああ…………なんて素晴らしいの」
うっとりしていたセレニティは、マリアナにお礼を言ってから空っぽになった皿を見つめていた。
マリアナが皿を片付けている間、足を動かしてみたり、手を上げてみたり、ジャンプしていたセレニティ。
その奇行を見ていたマリアナに「怪我が悪化してしまいますよ!」と注意されて、仕方なくベッドに戻る。
食べすぎてポッコリと出たお腹を摩っていると、ノックと共に白衣を着た男性が部屋に入る。
医師だと気付いたのはセレニティの記憶からだ。
どうやらセレニティの怪我の包帯を替えるためにやってきたようだ。
「セレニティ様、具合はいかがですか?」
真っ暗だったセレニティの部屋のカーテンが開いて、明るい陽射しが差し込んでいる。
そして俯いてベッドで寝てばかりいたセレニティは何故か嬉しそうとなれば、医師のこの反応もわかるような気がした。
医師は首を傾げながらもセレニティのベッドの椅子に腰掛けた。
(たしか……名前はドルフ医師、だったかしら)
それと同時にスティーブンの気遣いを感じ取っていた。
小説の知識からこの医師もネルバー公爵家の常駐医でスティーブンが手配してくれた医師だとわかる。
当時のセレニティはそれも知らなかった……というよりは知ろうとしなかった。
ドルフ医師が何を言っても、セレニティは悲しみから暴れていて聞く耳を持つことはなかった。
ドルフ医師がセレニティを気遣うように声を掛ける。
「セレニティお嬢様、いかがでしょうか」
「はい。今日は人生で一番、最高の日ですわ……!」
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