憑き物。

 早朝から益田やエロ教祖への指示に時間を取られ遅めの登校となったが、隣に住む少女は図ったようなタイミングで外へ飛び出してくる。


 無論、部屋中に監視カメラが仕掛けられていることはオサムも気が付いていた。

 

 それらを撤去するか否かの検討を重ねた結果、自分にも理由は判然としないまま放置することにしたのである。


 ゆえに、現在も二人で一緒に登校する日々が続いていた。


「肩こりじゃなくって、霊が取り憑いてる?」


 にわかには信じがたい話なうえ、マッサージにかこつけて肉体的接触を企んでいたキララにとって悲報である。


 ──クソ女について面白いことが分かったんだけど……。

 ──霊とか言い出して、なんだかオサムきゅんが心配よっ!


 そう考えたキララは、尾行を続けている一ノ瀬アリア・フォースの件は、とりあえず後回しにしようと決めた。


「病院長の話によれば──だが」

「ふうん、あいつか──」


 病院長とは、キララにも面識があった。


 ──まさか、オサムきゅんも知り合いだったなんて。

 ──ホントに節操の無いおっさんよね……。


 キララの毒液で倒れたオサムが運び込まれた病院であり、彼を手元に奪うために幾つかの取引をした際に会っていたのだ。


 自身と同じく腹黒い悪党だったが、つまらない嘘をつくタイプでもない。


「ほう、キミも病院長を知っているのか?」

「え、いや、あのその──ほら、美木多みきたのお見舞いに行った時に──」


 後で口裏を合わせておかねばと、キララは密かに冷や汗を流した。


「と、ともかくね。私は霊とか信じてないんだけど──オサムきゅんは?」

「分からん──ただ──」


 ふと、オサムは遠くを見る眼差しとなった。 


「──居るほうが良いと思う時はあった」


 そう呟くオサムの横顔に胸が高鳴ってしまうキララは、過去を全て知りたいという欲求に心中で身悶えていた。


 とはいえ、質問責めにするのは得策ではないと分かっている。


 ──ゆっくりとね。ゆっくりよ、キララ。


 毒液で捕獲し既成事実を作る計画が破綻した以上、正攻法で相手を絡め取るほかになかった。


「ってことはオサムきゅんが殺し──ああん、えっと、死んだ人が取り憑いてるわけね。キララのお祖母様なら凄い祈祷師を知ってるかもしれないんだけど──」


 芸能関係者には、やたらとスピリチュアルを有難がる人間が多い。運不運に大きく左右されるビジネスモデルだからだろう。


 とはいえキララ本人は霊など信じていないし、因縁の祖母相手に頭を下げて頼み事をするのは業腹だったがオサムのためとあれば仕方がないと考えた。


「いや、恐らく祈祷師は不要だ」

「へ?」

「ボクに取り憑いたのは死霊ではなく生霊らしい」


 生霊とは、生きた人間の霊魂が遊離した状態と定義されている。


 オサムに起きている症状を心霊現象と呼ぶか否かはともかくとして、人の抱く強烈な怨念や妄執が他者に対して何らかの作用を及ぼす可能性は十分にあるだろう。


 とはいえ、相手が死人でなければどうとでも出来るとオサムは考えていた。


「排除する」

「きゃっ、そうよねっ!」


 解決に向けて手段を問わず突き進むオサムの姿こそ、天王寺キララを疼かせ続ける源泉なのである。


「キララの手伝いが必要なら何でも言ってね! で、それはそうと、オサムきゅんっ。妹さんについて少しお話が──」

「ん、妹? いや、その前に──これは何だ?」


 そう言って急に立ち止まったオサムの横に、不自然な微笑を浮かべる男女の写真が何枚か掲示されている。


 << 東京都都議会議員 補欠選挙 ポスター掲示板 >>


 昨日までは無かったので、今日が告示日なのだろう。


「選挙──みたいね。私達には関係ないけど」


 仮に選挙権を得る年齢になったとしても、都議選などキララは何の関心も無かった。


「──オサムきゅん?」


 黙り込んだオサムの刺すような視線を辿っていくと、その先には右拳を胸の前に掲げて微笑む男の姿があった。


 << 区議10年、区政から都政へ熱血投球! 万丈目まんじょうめ 大介 >>


 ◇


「恥という概念を知らないのですか?」


 三年A組の教室では、敏腕マネージャーが座る机の前に、元野球部の面々が直立不動の姿勢で立ち並んでいた。


 その光景から、単なる同級生とは思えない力関係が見て取れる。


「後輩を尾行して、あまつさえ泣き落としだなんて──。信じられません」

「で、でもよ──」


 昨夜、ミカとアヤメに対して、真っ先に頭を下げた大柄な生徒が口を開いた。


「あんな化け物投手がいるんじゃ、他に方法が無いだろ」


 球速150キロを投げ、なおかつ制球力のある投手は超高校生級と言える。強豪高で野球をしていたならプロから上位指名された可能性も高いだろう。


 是が非でも勝たねばならない彼等としては、事情を説明して手を抜いてもらうほかないと判断したのだ。


「浅はかですね」

「で、でも、あいつら考えるって言ってたぜ」

「暗い夜道でむさ苦しい皆さんに囲まれたのです。か弱い後輩少女達としては、そう答えるほかないでしょう」


 か弱くは見えなかったけどな、と大柄の生徒は思ったが口答えせずにおいた。


「ふぅ──いいですか、みなさん」


 敏腕マネージャーはため息を一つ吐くと、自席から立ち上がった。


「弱小野球部の復活など誰も興味が無いでしょうし、不祥事を起こした私達に同情するはずもありません」


 だが、彼等は残したかった──。


 もちろん今さら復活したところで、既に部活動を出来る時期ではなかったのだが、次の代に繋ぎたいという執念に似た思いがあったのだ。


「じゃあ、どうすんだよ。マネージャー」

「練習でどうこう出来る相手じゃないぜ」

「だよな。──そもそも、万丈目まんじょうめに名案が有るのかよ?」


 ボブカットの敏腕マネージャー、万丈目楓子のメガネが妖しく光った。


「ええ、有ります」

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