各自の思惑。
「これはこれは万丈目先生、お待ちしておりました!」
赤坂にある高級中華店を訪れた万丈目が案内された卓には、先客となる四人の男達が待ち受けていた。
「今は先生などと呼ばれても困りますよ、フフフ」
区議として三期目を迎えた万丈目大介は、来たる都議会議員補欠選挙に立候補したため自動失職となっている。
「何をおっしゃいますやら。一週間後には西新宿の大先生でしょう」
追従めいた口調で校長が言った。
なお、西新宿とは、都庁や都議会議事堂を有するオフィス街である。
「まあ、それには──」
万丈目は向かい側に座る小男へと視線を向けた。
「──福々ランド様のご協力があると思うと実に心強いですな」
「お任せ下さい、先生」
そう答える男は、高齢者向けの健康食品を販売する福々ランドを経営している。
各テナントで若い男女スタッフが異様な親密さで接客し、定期開催される講演会は客同士の連帯意識を高めることに主眼を置いていた。
端的に言えば、老人向けの催眠商法である。
「選挙区には福々グループのテナントが10箇所以上ありますからな。先生の偉大な業績を広めさせて頂きますぞ!」
投票率の高くない地方選挙の補選で勝つには、老人票を押さえるのが基本となる。
「全くもってかたじけない」
万丈目は深々と頭を下げた。
「いやいや、私の方こそ球技大会の件ではご尽力頂き──」
事の発端は、昨年に起きた野球部の不祥事である。
男は福々ランドを経営する傍ら、大麻解禁に備え栃木県の奥地に先行投資していた。
表向きは麻薬成分のない無毒性品種の栽培だったのだが、密かに通常の大麻も栽培していたのである。
その一部が、彼の息子を通じ野球部にまで流通してしまったのだ。
自身の関与が露見することを恐れた男は、当時の部員達を金の力で丸め込み、さらには廃部することで速やかな沈静化を図ったのである。
仮想通貨への投資で破産寸前だった校長も大いに協力をした。
「が、今さら脅迫してくるとは──全くどこのどいつでしょうな」
不満顔でぼやく彼のもとに脅迫メールが届いたのは修学旅行直後のことだ。
<< 年内に野球部を再建しろ。でなければ……。 〜草の入手元を知る者より〜 >>
「野球部の卒業生あたりでしょう。弱小高で野球をするようなバカばかりですが、誰かに入れ知恵でもされたのかもしれませんな」
と、したり顔で校長が言った。
「ふむ、ま、生意気な犯人を探す前に、まずは黙らせることでしょう」
状況を知って以降、万丈目の動きは早かった。
同校のPTA会長を務める弟に用意させた副賞と校長の介入で、球技大会実行委員会を動かして競技種目を野球にさせたのである。
さらに、姪っ子が野球部のマネージャーだったという偶然も天の配剤と思えた。
「望みを叶えてやるほかありますまい」
とはいえ、昨年末に不祥事を起こしたばかりの野球部を再建するなど時期尚早──と、難色を示すOBや保護者は多いだろう。
また、何の理由もなく唐突に再建してしまっては、再び事件の経緯を探ろうとするメディアが現れる可能性もあった。
小煩い外野を黙らせるストーリーが必要なのだ。
SDGsを名目に競技が野球となった球技大会で、元野球部員達が懸命な努力の末に優勝を果たす。
そんな彼等の姿に感銘を受けた学校側が復活に向けて──というシナリオである。
「まずは優勝して頂きましょう」
脅迫者を黙らせることで福々ランドは当面の安全を確保する。
見返りの選挙協力を得た万丈目は都議となり政治家の格を上げる。
福々ランドから校長はさらなる報酬を得る。
そして──、元野球部員達は野球部復活とスキーツアーという勲章を得るのだ。
今回のスキームは、まさにWinWinWinWinと言えた。
「それなんですが、先生。一つ心配事がありましてね──」
校長が報酬を受取るには、全てがシナリオ通り運ぶ必要がある。
ところが、番狂わせとなりなかねない要素が出現していた。
「ああ、例の男のことですな」
球速150キロを投げる生徒がいる──。
話を聞いてまさかとは思ったが、送られてきた動画を見て万丈目は驚愕し、なおかつ確信をしたのだ。
──うちのヘボ野球部の面々では、とても打てんだろう……。
交通事故にでも巻き込まれてほしいところだったが、物理的な妨害は選挙を間近に控えた身の上ではリスクが高すぎる。
そこで──、
「大丈夫だよ、兄さん。彼の高い身体能力については、以前から楓子に聞いていた」
これまで静かに紹興酒を飲んでいた男が初めて口を開いた。
メガネの奥にある眼差しはどこまでも昏い。自身の弟ながら底冷えのする恐怖を感じ、幼少期から続く苦手意識を未だに拭えなかった。
政治家となった自分に代わり、先代から続く観光バス会社を経営している。
もっとも会社については、完全に人任せとなっていた。
実のところ彼の本業は──、
「呪法を強めた。彼はもう投げられないよ」
呪禁道の流れを汲む陰陽師である。
◇
こうして迎えた球技大会当日は、抜けるような青空が広がる好天に恵まれていた。
「いいのかな」
教室では黒板を前にした水島が、クラスメイト達に状況別の説明をしている。
主には守備の動きについての話なので、一朝一夕にどうなるものでもないが、頭の片隅に有るだけでも違うと考えたのだろう。
珍しく真剣なサッカー部男子の姿を遠目に眺めながら、白鳥ミカは隣に立つオサムに小声で尋ねた。
「何がだ?」
「──やっぱ、野球やりたいのかなって」
三年A組が優勝することで、理由は不明ながら野球部が再建される。
だから協力してくれ──と頭を下げられたアヤメとミカの報告を受けたオサムは、表情を変えずに「そうか」と頷いただけだった。
ゆえに、他の連中には話していない。
そんなことはつゆ知らず、水島充は久しぶりの野球に燃えていたのだ。
「いいかどうかは分からんが──」
オサムの目的は単純明快である。
「ボク達は優勝する」
そして、ゲレンデで恋をするのだ。
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