それぞれの放課後。

 球技大会当日までの一ヶ月間、放課後の校庭は練習用に開放されている。


 とはいえ、全クラスが一気に利用できるほどの面積は無いため、曜日と時間で各クラスの割当てが決まっていた。


 校庭の割当て時間以外についても、隙間スペースを使ってキャッチボールをしたり、学校周辺をランニングする熱心なクラスもある。


 前代未聞となる副賞のスキーツアーが、それなりのバフを発揮したのだろう。


 だが、その効果も昨日までのことだった──。


「なんか今日、みんな遅れてんの?」


 校庭に出てきた白鳥ミカは、連れ立った隣の双葉アヤメに尋ねた。


「──ていうか、誰もいないじゃん」


 三クラスまで同時に校庭を利用可能なのだが、二年C組の面子が揃っていないどころか他クラスの生徒達まで姿が無かった。


「う、うん──誰も来ないね。やっぱり──」

「遅れて済まない」


 ノートPCを抱えたオサムが普段通りの表情で現れた。


「オサムくん、ここでいいかい?」

「うむ」

「分かった」


 後ろに続いていたイケメン氷室は素直に頷くと、野球の用具類が積まれたケースを地面に降ろした。


 底辺に落とされクラスの腫れ物扱いとなり孤立していた氷室は、修学旅行に行って以降オサムにだけは心を開くようになっていたのだ。


 彼の中でいかなる心理的変遷があったのかは誰にも分からないが──。


「オサムさ〜ん!!」


 神聖オサム帝国切り込み隊長を自称するお調子者の京極が、元気にテニスコート方面から走ってきた。

 練習時間までは女子テニス部のあれやこれやを飽きもせず眺めていたのだろう。


「ん──また、あんただけなの?」


 そう言ってミカは眉をひそめた。


 近頃ではいつ見ても京極と行動を共にしているサッカー部男子の姿がない。


 なお、ゴリラ伊集院はクラスが異なる。


「ああ、水島は部活行ったぜ」


 練習か部活かの選択は、当人とクラス内の調整に任されていた。


「はあ? あのバカが、うちで唯一の野球経験者なんだけど」

「──いや、俺に言われてもさ。ってか、他の連中もいないじゃん」


 本日、放課後の練習に残ったのは、いつぞやの遭難メンバーのみである。戸塚オサムの恐怖を知る者だけが残ったとも言えるだろう。


「ま、そりゃそうか。昨日はエラいもん見せられちゃったしね……ふぅ」


 ミカが一つため息をつくと、アヤメ達も悄然とした表情を浮かべた。


 そこへ──、


「ハハハ、みんな見ろよ!」


 体操着ではなくユニフォーム姿の一団が、高笑いと雑談をしながら校庭に出てきた。


「おお、誰もいねぇ。やっぱ俺等に恐れをなしたか」

「ふひ、こりゃ練習し放題だな」

「──あん?」


 オサム達と野球用具の存在に気付き、彼等は威嚇するかのような視線を送ってきた。


「まだ、諦めてないバカがいるのか」

「おいおい二年ども。頑張っても無駄だ」

「そうだそうだ。俺等、三年A組には逆立ちしたって勝てねーぞ」

「いや、逆立ちしたら余計に勝てないだろ、ギャハハ」


 などとのたまう三年A組は、元野球部に所属していた人間が最も多いクラスである。


 球速130キロオーバーのエースピッチャーと幼馴染のキャッチャー、地区大会レベルであれば長打を期待できる打者、そして何より堅守を誇る内野手が揃っていたのだ。


 ゆえに当初から優勝候補と言われていたが、彼等の練習風景を見たクラスメイトや他の生徒達は、すっかり球技大会を諦めてしまったのである。


 優勝の望みがないならば、勉強、部活、遊びを優先するのが当然だろう。


「ま、俺達にかかれば──」

「皆さん、余計なことは言わないで下さい」


 高笑いをする彼等の背後から、メガネをかけた少女が進み出てきた。


「ん、敏腕マネージャー。いや、俺は冷たい現実を下級生どもにだな──」

「雄弁は銀、沈黙は金──なのです」


 そう言って彼女は、ショートボブのサイドを耳上にかきあげる。


 口調は丁寧なのだが、聞く者に冷たい印象を抱かせた。


「去年、それを学ばなかったのですか?」

「う──そ、それは──」


 と、途端に元野球部員達がしおらしい態度になったのは、両者の力関係に拠るものか、あるいは過去の因縁なのか──周囲には分からなかった。


「そもそも優勝できるかどうか──私はとっても不安なのです」


 彼等の様子を黙って見詰めていたオサムの元へ、三年A組のマネージャーがゆっくりと歩み寄っていく。


「だって──」


 メガネの奥でまたたいた彼女の瞳には、好奇心と警戒心が同時に宿っていた。


「要注意人物がいますから、ね」


 ◇


「なんで、あたしまで付き合わされてんの」


 サングラスを掛けたキララとクラリスが、人混みの中を歩いている。


「夜の池袋にキララみたいな美少女がいたら危ないもんっ」

「危ないもんっ──、じゃねぇっての。ったく」


 シフトの入っていない水曜日、岩盤浴に行くはずだったクラリスは、予定をキャンセルさせられた上に池袋東口からサンシャイン60方向へと歩いていた。


 油断すると見失いそうになるが、十数メートル前方には金髪極上美少女の背中がある。


「あいつ、どこに行く気なのかしら?」

「さあ──あたしだって池袋とか来ないし」


 池袋は二人にとって、あまり縁の無い街だったのだ。


 他方のアリアは、迷いのない足取りで横断歩道を渡ると、車のショウルーム傍にあるコンビニから裏通りへ入っていく。


 そこは──、


「妙な雰囲気ね」

「えっと、アニメイト、オトメイト──執事?」


 腐女子の聖地、乙女ロードである。

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