自他ともに認める得意分野。

 どんな人間にも闇がある。


 いや、言い換えよう──、どんな女にも深く昏い闇がある。


 売れない子役として、さらには中学時代に爆絶人気アイドルとして、有象無象の大人たちに囲まれ育った天王寺キララには確信があった。


 だが、その女は──、


「おはよう、Guys!」


 毎朝一点の曇りも無い笑顔で挨拶をし、金色の髪をなびかせながら教室に入ってくる。


 彼女の使う適度に非ネイティブなアクセントの日本語は周囲の警戒心を下げ、誰もが理解できる外国語が織り交ぜられることでおのずと注目も集まった。


「おはよっ」「アリアちゃん!」「一ノ瀬さん、朝から可愛い〜」


 多数の生徒達が彼女の傍へ近付き口々に話しかける。


「おはよございます」「なんですか?」「ども、ありがとね」


 それらに対して丁寧に受け答えをする人当たりの良さもポイントが高い。

 

 なおかつ、性別、陰キャ、モブを問わず別け隔てなく接するのだ。


「アリアっちの歌みた配信最高だったよぅ」

「だよね」「うん、まじ上手いって」「これ生歌でしょ、超やばくない?」


 ひとりの男子生徒が見せたスマホのスクリーンでは、とあるアイドルのコスプレをした金髪極上美少女が振り付きで歌っていた。


 転校直後から校内ヒエラルキーを駆け上がった理由は、彼女が気さくな帰国子女だったことだけが原因ではない。


 動画系SNSに突如降臨した、黒船系インフルエンサーだったのである。


「わぁ、うれしいです〜」


 胸の前で両手を合わせ、一ノ瀬アリア・フォースは屈託なく喜びを表現した。


「頑張って歌いましたのっ! My favorite──私の大好きな日本の曲──」


 そう言ってアリアは、窓際に座る不機嫌そうな表情の天王寺キララへ目を向けた。


「『鬼ツンのち☆ぷちでれっくす』」


 天王寺キララが謎にヒットさせたデビュー曲である。

 

 当時のトレンドに真っ向から逆らうピンアイドルとしての躍進は、総再生数一億PVを超えるこの曲から始まったのだ。


「まじ、リスペクトでぇ⤴︎す」


 完璧な「まじ」の用法を使いこなしつつ、故意かと思われるほど語尾に欧米訛りを乗せたアリアが窓際に座るキララの席へと近付いていく。


「キララ様ご本人と同じクラスなんて、アリアは嬉しすぎま⤴︎す」


 にこにこ、きらきら──と、輝く笑顔でキララの前に立った。


「──あ゛?」


 他方のキララは不機嫌マックスなオーラを放ち、頬杖をつきながら目を細め相手を見上げた。


 そんな二人の様子を見て、クラス内ではひそひそと囁き声が広がっていく。


 ──な、なんか天王寺さんって怖くない?

 ──やっぱり、ほら人気が……。

 ──つか、アリアちゃんは、歌も本家より上手いし……。

 ──聞こえるってば、くすくす。


 とっくに聞こえてるわよっ、とキララは苛々と思った。


 現状では、憎き敵であるアリアの評判を落とすどころか、日毎に天王寺キララの評価が相対的に下がっているのだ。


 無論、彼女にとってクラス内での人気など何の価値も興味も無かったのだが、これがオサムへ波及することを恐れていた。


 今のところ具体的な動きを見せていないとはいえ、いつアリアが「お兄様」攻撃を発動して、学校内において二人の関係性を既成事実化するか分かったものではない。


 ──不味いわね……。

 ──このクソあまってば、胸もバカみたいに大きいし。


 実際にはバカみたいに大きくはないが、キララのロリ胸より大きいことは確かだった。


 ──オサムきゅんが胸を気にしてるのは私だって分かる……。


 彼女が気付いたその事実は、いつも心に暗い影を落とす。


 とはいえ、単純にエロ目的ではなさそうという点に、キララは希望を見出していた。


 ──だからこそ、こんなとこで引き下がれないのよっ!

 ──なんとかしないと、なんとかしないと、なんとか──、

 ──なんとかしてコイツを……。


 おとしめる!

 

 双葉アヤメの方針に賛同はしたものの、生粋のパワー系ストーカーであるキララは、誰かの評価を下げる寝技は苦手分野なのだと気付かされていた。


 ──あああん、なんも、思いつかないぃぃぃぃ。


 鬼気迫る表情で頭をかきむる天王寺キララの姿は、クラスメイトの目には大いに不気味に映った。


 ◇


「──と、いうわけよ。分かった?」


 学校が終わり、出勤前の巨乳キャバ嬢クラリスをスタバに呼び出している。


「例の二人に相談すりゃいいじゃん。あいつら性格悪いし、なんか思いつくっしょ」


 クラリスはLINE営業しつつ答えた。


「球技大会の準備で忙しいとかで付き合いが悪いのよ。オサムきゅんまで帰りが遅いし──」

「へえ、球技大会って響き、なんかぐっと来んだけど」

「はあ? あんたなんて鬼ギャルだったろうし、関係なかったでしょ」

「いや、意外と頑張ったし。地元は徳島だからさ──」


 首都圏のギャルとは生態系が微妙に異なると言いたいのだろう。


「その話はもういいってば」


 キララは球技大会になぞ一切の興味がない。


 放課後にポジション決めと軽い練習をすると聞かされていたが、全てをガン無視して西船くんだりまで東西線で駆けつけているのだ。


「これって、あんたみたいなキャバ嬢の得意分野でしょうが」

「はあ?」

「他キャストの太客を奪うために権謀術策の限りを──」

「あはははは、ばっかじゃねーの。んなこと歌舞伎でもやんないよ。ドラマだけだって」

「え、そんな──」


 キャバ嬢の悪どい手管を参考にすれば良いのでは──、という名案を思いつき、わざわざ面直で打ち合わせに来たキララは珍しく気落ちした様子を見せた。


「じゃあ、私どうすれば……」

「──ふう」


 消沈するキララを前に、クラリスは一つため息を吐いた。


 ──なんか調子が狂うってばよ……。


 祇園のポストにしがみついて吠える少女は迷惑だったが、猪突猛進に「好き」へ突き進む姿はクラリスの目に眩しくも映る。


 きっと、それはいつか失われてしまう火花で、ゆえにこそ美しい。


「あのさ、何を企むにしろ──まずは情報が必要じゃん?」


 つまりは、一ノ瀬アリア・フォースの情報である。


 彼女たちは、アリアについて何も知らない。


 帰国子女、金髪、極上美少女、新進インフルエンサー、そしてあの日になぜか基地に居合わせたうえオサムを「お兄様」と呼んだ──。


「うん、そう──ね。知らない」

「でしょ。んで、あんたが得意なことって何だっけ?」

「私は──」


 固く結ばれていたキララの口元が、徐々にほころび始める。


 そう、彼女の得意分野は──、


「ストーカー」


 自他ともに認める犯罪者である。

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