夏休み最終日。

 こうして、オサムの夏休みは、あっという間に終わった。


 宿題も万全にこなし、ジョンから預かった店を、船橋――いや千葉県No1店舗へと成長させてもいる。


 夏休み最終日も、店のバックヤードで、オサムは閉店処理に追われていた。


 なお、宗教にはまった店長は解雇している。もちろん、ジョンに進言した結果だが、ジョン自身も首を切る気でいたので、あっさりと決まった。

 

 代わって、オサムへの恐怖により更生した益田コウを、店長代理兼黒服として雇うことになっている。


 ――い、生き続けるために、俺は――僕は――トモダチぃぃぃぃ!!


 と、言っているので、本人もやる気満々なのだろう。


 だが――、


「最終日だけど、今日も来なかったね」


 アヤメがぽつりと呟いた。


 アヤメ達JK組は、本日がバイト最終日となる。彼女達が抜けるのは痛手だが、分かっていた話しなので、京極の眼鏡に叶った女子を新たなキャストとして多数採用していた。


 ところが、その京極が三日前から店に姿を見せなくなってしまっている。


「BBQ終わった頃から、段々やる気無くなってたじゃん。お調子者だし、飽きたんでしょ」


 ミカは、お調子者に対して容赦がない。崖の上で京極に髪を引っ張られ、もう少しで転落死するところだったのである。


「――どうするの?オサムきゅん」


 この中で事情を把握しているのは、オサムとキララだけである。BBQの翌日、船橋駅南口で、ユウナと京極の行動を二人で追跡していたのだ。


「ふむ、当面は放置しておこう」


 追跡及び、事後調査で幾つか判明した事実がある。


 癒し系ユウナは、グレートリカバリ―教会の信者だったのだ。より正確に言うならば、幹部と言っても差し支えないだろう。


 同性であるキャストには触手を伸ばしていなかったが、客や店長、そして京極を、謎の癒し系パワーで取り込んでいき、怪しい教会へと導いていたのである。

 男を専門的に釣り上げる役割なのかもしれない。


 オサムとしては、ユウナの首も切ってしまいたかったのだが、京極問題の片を付けるまでは傍に置いておこうと考えている。


 客への被害を低減させるため、益田にはキャストの付け回しで配慮するよう厳命しておいた。


「二学期になっても状況に変化が無ければ――」


 オサムは考える様子を見せてから言葉を続けた。


「――根本的解決を図る」


 ◇


「んじゃ、最終日ってことでぇ」


 朝まで営業の居酒屋で、クラリスが音頭を取った。


「かんぱぁ~い」「乾杯ぃ」「おっつぅ」


 各人のグラスが打ちつけられる。

 

 店の営業が終わり、JK組の送別会が開かれていた。

 

 一部でオサムを巡ってのせめぎ合いがあるとはいえ、益田事件以来キャスト間の関係性は比較的良好である。


 前店長時代には考えられないほどに店の勢いがあり、各人の収入も増えていたので、心に余裕が出来ていたのだろう。


 魔界千葉の魔圏船橋の魔境西船とはいえ――No1なのである。全員が誇って良いはずだ。


「アンタらも続けりゃいいのに」

「さ、さすがに学校が始まると――」


 ビールの色って、何だかアレに似ているわ――などと思いながら、アヤメは当たり障りのない答えを返した。


「西船遠すぎるしさ」


 ミカが言う通り、夏休みでなければキツイ距離なのだ。


 ――そもそも、ガッコにバレたらヤバくね?


 遠く離れた魔境西船のためか、奇跡的に学校バレはしていなのだが、露見すれば色々と問題になりそうではある。


「ふうん。ま、あたしはBJが居ればいいんだけどさ」


 そう言いながらクラリスは、少しばかり挑発的な視線をキララに送った。


 普段は益田に店を任せるのだが、オサム自身も週末だけは出勤することになっている。


 ――もう少し、やってくれよ、オサム。(チッ、地獄を見るまで離さんぞ)

 ――お前が言うならそうしよう。(恩義を返しきれてないかもしれんな)


 ジョンとオサムの思惑が、表面上は一致した結果だった。ともあれ、二学期以降のオサムは非常に多忙な男となる。


「うっさいわね。こっちは学校で、ずううっっと一緒だから!」


 と、言い返すキララを、


 ――下級生で、クラス違うじゃん。


 白鳥ミカは生暖かい目で見ていた。


 ――とりあえず、二学期からが勝負だよね……。

 ――オサムの立ち位置が良くなるように、上手くフォローしないと。


 ミカは、学校内におけるオサムの立ち位置を改善しようと決めている。嫌われ者のボッチが相手では、自分自身も接近しにくいからだ。

 学校という狭い庭のヒエラルキーは、関係性が全てである。


「そ、そういえば、明日から学校だし、あんまり遅くまでは――」

「今さらっしょ。もう終電ねーし」


 閉店後の送別会のため、既に公共交通機関は動いていない。


「うう、寝坊したらどうしよう――クラス委員なのに――」

「何とかなるなるっ。ほら、かんぱぁ~い♪」


 再び互いのグラスを打ったところで、オサムが大きめの咳払いをした。


「少し――いいだろうか」


 ここに集う女子達とは顔見知り以上となり、会えば挨拶をし、仕事上とはいえ世間話的なこともしている。


 つまり、フェーズ4に至るならば、今だろうと判断したのだ。


「プライベートな話をしたいのだ」


 オサムは常に準備万端な男である。


「ただ、口頭では回答が難しい部分もあるかと考えてな」


 クリップで綴じられた冊子を、各人の前に置いていく。筆記用具を添えることも忘れない。

 冊子の表紙には「身上調査票」と、明朝体でプリントされていた。


「リラックスした気持ちで、記入して欲しい」


 そう言ってオサムは、珍しく笑みらしきものを浮かべた――。


 ともあれ、明日から二学期が始まる。

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