マカロフ使用説明。

 ――最後の来店は二年前のクリスマスイブに実施されたコスプレイベント。

 ――会計時に起こしたトラブルで警察沙汰となる。

 ――執行猶予中のため、あえなく実刑、か。


 過去二年に及ぶ客の素性を調べ上げているオサムは、益田コウ――通称、三代目コウちゃんが入店した時から警戒レベルを上げていた。


 そんなオサムの意表を衝いたのは、ただ一点のみである。


「た、助けてぇ~」


 益田の剛腕にガシリと首を挟まれた京極が、弱々しい声で助けを求めている。

 

 自身の脳天に銃口まで突き付けられているのだから当然だろう。


「おらあああっ、クラリス出せやああああ!!」


 などと叫ばずとも、普通に入店すれば出てくるのだが――、


「クソガキが、嘘だったらテメェ殺すぞ」

「ほ、ほんとですってば!お、俺はここの関係者で――」


 正確性を期すならば、従業員のクラスメイトであり、なおかつ店舗リニューアル時のアドヴァイザーということになる。


「アイツは、田舎に帰るって言ってたんだよ」

「は、はい?」

「クラリスは――アイツは――店を辞めて徳島に帰るってよおおお」


 誰に聞かせたいのかは不明ながら、益田は店中に響く声で喚いていた。


「ぐすっ、なのに店に居たら――テメェを殺すっ!!」

「ひぃぃぃぃ」


 クラリスが居ても居なくても、憐れな京極の殺害は決定された。

 やはり、神など存在しないのだろう。


 そこへ――、


「コウッ!!」

「三代目」

「コウちゃん」


 クラリス率いるキャバ嬢軍団がフロアに現れる。


「あぁあ――クラリスぅぅ!?」


 調子の外れた声音で益田が言った。


「て、てんめぇ――」


 益田は首をふるふるとさせて、京極とクラリスの顔を交互に睨んだ。


「辞めたって、田舎帰るって――ウソ――だったのかよ?」


 店内の客たちは、完全に恐怖で動けない。やくぶーつをヤメロっ系動画に出て来る風体の男が真贋不明の銃を持ち、おまけに挙動不審なのである。


 カウンターで立つ白鳥ミカに至っては、顔面蒼白状態で震えていた。


 バックヤードにまで響いたグラスの割れる音は、彼女が床に飲みかけのグラスを落とした為である。

 彼女の足下にジュースの水たまりが出来ていく。


 他方の天王寺キララは、なぜか落ち着き払っていた。

 カウンターに頬杖をついて、つまらなそうに成行を見守っている。


「ウソってか――気が変わったっていうか――さ」


 銃を持った男を刺激しては不味いと考えたクラリスは、当たり障りのない言葉を探していた。


 実際には、ストーカー気質の反社益田が怖くなり、田舎に帰るというウソで店から遠ざけようとしたのだ。


 ――たまの指名で彼氏づらされても困るんだよね……。


 そんなアホ客が、刑務所にぶち込まれたと聞いて安心していたのだが、思ったよりも早く出て来てしまった。


「つまりは、ウソじゃねえええかよおおおおっ!!」


 益田が吠える。


「ガキから殺したらあっ」

「ひぃ」

「や、止めなって、アンタ――」


 血走った目の益田が、銃の引き金に掛けた指に力を入れようとした時のことだ。


「――お客様――ではないな。お前は」


 音も無く接近したオサムは、益田が持つ拳銃のバレル部分を掴んだ。

 撃たれると思った京極が、脂汗を流しながら瞳を閉じる。


「マカロフの――」

「いでっ」


 オサムが掴んだバレルを力一杯に引き上げると、手首を痛めた益田が顔をしかめて呻いた。


「――使用手順が異なっている」

「え、あ、あれ――?」


 いつのまにか拳銃――マカロフは、益田からオサムの手元に移っていた。


「ソヴィエト製はな――」


 オサムは後の段取りのことを考え、奪ったマカロフを人差し指でクルリと一回転させるという演出を加えておく。


「セフティが、西側銃器と逆なのだ」


 セフティレバーを押し下げる。


「おまけにマカロフはセフティ中にスライドも出来ない。つまり、お前は初弾すら装填していないことになる」


 ガチャッという子気味の良い音を響かせ、オサムは手慣れた様子でスライドをさせた。


「ふむん――」


 狼狽えたままの益田の股間に銃口を当てた。


「――これで撃てる」


 ◇


「西船ウェスタンショウ――すごかったよね☆」


 天王寺キララが、店内の客たちにアイドル時代の愛嬌を振り撒いている。


「そ、そうだよね。ショウだよねっ」

「いやあ、びっくりしたよ~」

「クルっと拳銃回すのとか、カッコ良かったもんねぇ」


 正常性バイアスとは恐ろしい。


「アハハ~☆」

「じゃ、景気付けに、飲んじゃおおぜえ」

「JKが何言ってんのよぉ」

「今日はいいじゃん。ぜーんぶジュースだってば」


 JK組とキャバ嬢組は、オサムの意向を汲んで緊急協力体制を敷いていた。


 警察沙汰にするのを避けたのだ。ジョンに迷惑を掛けたくなかったし、オサム自身も探られると困る腹がある――。


 劇団オサム――益田と京極は、バックヤードに連れ込まれていた。


「え?――な、なに、戸塚君――きゃぁ」


 フロアでの騒ぎをよそに、お漏らしの証拠隠滅を一心不乱に図っていた双葉アヤメだが、反社益田を見て思わず悲鳴を上げる。


「大丈夫だ。ボクのトモダチ――」


 ――いや、まだ違うな。


 二度と店で悪さをしないよう仕込む必要があるし、大事な従業員であるクラリスに近付かないよう納得させねばならない。


「――に、これからなるんだ」


 そのための時間が、高校生にはたっぷりとある。


 楽しい夏休みなのだから――。

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