やっかい客。
コンカフェ『の~すり~ぶ@かじゅある』を出た京極は、下の階にある牛丼屋で、スパイシーカレーを食していた。
なお、牛丼にしなかった理由は、カレーの方が安いからである。
「あぅ――す、すみません」
肩を叩かれ振り返ると、いかついスーツ姿の男が怖い顔をしていたので、すかさず謝ってから、あたふたと荷物を取って足元に置いた。
ぺこぺこと頭を下げる京極など忘れたかのように、いかつい男はドカリと席に座ると、牛丼特盛を注文している。
完全無欠に、そのスジの人間と思われたが、今さら席移動すると却って刺激してしまうと考えた京極は、身を縮めて食事を続けることにした。
「――さてと、どうすっかな」
気にしていない風を装おうとするあまり、思わず大きな声で独り言を呟いてしまう。
――やべやべ。心の中で集中しねーと。
天王寺キララから、クラリスを調べるよう頼まれていた。
別に応じる必要もないのだが、やはりレジェンドアイドルの好感度ポイントは稼いでおきたいと考えたのだ。
別に彼女を狙っているわけではなく、キララがオサムのカノジョに収まる可能性を考慮に入れてのことである。
どんな世界であれ、ボスの女からは良く思われた奴が勝ち残るのだ。
まだクラスメイト達は気付いていないが、二学期以降の勢力図は大幅に変化すると京極は睨んでいた。
イケメン氷室とサッカー部男子の凋落――。
そうして出来た権力の空白を埋めるのは、勃興する神聖オサム帝国だろう。
なぜなら、反グレ疑惑という暴力の匂いだけでなく、オサムのバックには、双葉アヤメ、白鳥ミカ、下級生といえども天王寺キララまでがつくからである。
――変わるぜぇ。世界が――いや二年C組が変わるっ!!
となれば、オサム帝国の軍師――は畏れ多いにしても、切り込み隊長ぐらいのポジションは得ておかねばならない。
なぜなら――、
――脱!!童貞ッッ!!!
を、する為である。
中心勢力の主要メンバーとして食い込めば、例えクソ雑魚メンでも、何らかのチャンスが巡ってくるのだ。
高校、そして大学とは、そういう場所なのである。
ゆえに、今回のミッションは何とかクリアしておきたい――。
「ん?」
ちょうどスパイシーカレーを食べ終わったところで、京極は画面をスワイプする指を止めた。
「――まじかよ」
彼が調査の手始めとして見ていたのは、キャバクラの口コミサイトである。
都道府県ごと、なおかつ店舗ごとに掲示板が用意されており、そこに無名の暇人たちが適当なことを書き連ねているのだ。
京極が見たのは、『クラブ プレリュード』時代の書き込みである。
――ク〇リスってさ、超ヤバい奴と付き合ってた女だよ。
――詳しく。
それから日を置いた返信があり、日付を見ると先週だった。
――益田興業の三代目だよ。なんか来週あたりムショから出て来るみたい!
――反社は全員死ねばいいのに。
プルルルル。
「ひぃ」
隣席から唐突に響いたスマホの音色に、思わず京極はビビってしまった。
「――おう」
いかついスーツ姿の男が、やたらと厚い胸元からiPhoneを取り出した。
「益田だけど」
◇
勤務時間を終えた双葉アヤメは、ようやくバックヤードに戻った。
天王寺キララと白鳥ミカは十時までバイトをするのだが、アヤメは家の門限的に九時が限界だったのである。
――はぅぅ――これで、やっとトイレに行けるわ!
ところが――、
「ちょっと、話があるんだけどさ」
いきなりキャバ嬢のおねぇ様方に囲まれてしまった。
「え、あの、その――はいぃい――?」
思わず裏声で返事をしてしまう。
さほどの年齢差があるわけではないが、やはり高二女子から見れば、相手は十分に大人である。
「あんたらってさ、BJの知り合いらしいじゃん?」
クラリスが、まずはジャブとなる質問をする。
考えてみると、クラリスはオサムの身許を何も知らないのである。
倉田ゲンジなんとかという妙な名前を、腐れ店長から聞かされたことはあったのだが――。
「は、はい」
――つうか、さっさとフロアに行きなさいよおおっ!
――アンタらの出番なんでしょうがっ!!!
そう心の中で叫んでいたのだが、表面上は曖昧な笑みを浮かべている。
「ふうん。で、どんな知り合いなわけ?」
「ええと――」
――もう、早く行ってよぉぉぉ。
アヤメとしては、トイレで思う存分に放尿をしたいだけなのだ。どうでも良さげな質問をしてくる相手に苛立ちが募ってくる。
「と、ともだ――いえいえ――単なるクラスメイトなんですっ。キララちゃんは後輩というか――遭難仲間というか」
「は?クラス?後輩?」
待て待て待て、とクラリスは頭を抱える。
――コイツ等とクラスメイトってことは――え――ウソ――マジ?
「まさかだけど、BJって――」
高校生かよ、とクラリスが問おうとした時のことである。
「おらあああああああっ!!!」
フロアから、怒号が響いた。
「クラリス、出てこんかあああああいっ!!!!」
その直後に、グラスの割れる音と客たちの悲鳴が続いた。
「やっば。コウちゃんじゃないの?」
「出て来たんだ」
「チッ、あのバカが――行くよ。あ、また後でね」
クラリスは、固まった状態となっているアヤメの肩を叩きフロアに向かった。
「――あれ?――なんか変な匂いしない?」
「――それどこじゃないってば」
バックヤードには、石像のように動かないアヤメが独り残されたのだった――。
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