西船ランチェスター。

 カウンターの中に立つ双葉アヤメなのだが――、


「え!?アヤメちゃんってJK?」

「やっぱ、JKのノースリは最高だよね」

「うんうん、可愛い!あ、ドリンクどう?」

「お酒は駄目だから、ほらカルピスにしよっかぁ」


 エロそうなオッサンたちに、モテまくっていたのだッ!!


 ――うう、クラス委員の私が、こんなバイトしてていいのかしら……。

 ――そ、それに……。


 接客の素人で、なおかつキョドリ気味の双葉アヤメは、完全無欠な天然ものであり、この業界における希少性が高い。

 大間産のクロマグロに等しい付加価値が発生していた。


 おまけにノースリJKの巨乳である。


 腕の上げ下げで、胸をばるんばるんさせるためにも、エロなオッサンたちは、どんどんどんとアヤメのドリンクを頼んでいた。


 店内チェキ同様に、ドリンクを奢られるのも接客行為に当たるため、本当はちょっとヤバいのだが――ともあれ、今の問題はそこではない。


 ――ま、まずいわ――このままじゃ――。


 売上がえがく上昇カーブと共に彼女の尿意も急上昇しており、先ほどから下半身をモジモジとさせて、どうにか誤魔化している状態である。


 ――あふぅ、でも、後二十分で終わりだし――うう――我慢――我慢しなきゃ。


 根本的に真面目なアヤメは、退勤までの残り僅かな時間に、トイレ休憩を取ることを躊躇っていたのだ。


 ――うう、後少しよぅ――後――。


「アヤメちゃ~ん」

「は、はい」


 オッサンが下手くそなウインクをしながら、空のグラスを振った。


「俺、同じのもう一杯ね。あと、アヤメちゃんにもお代わり上げちゃう」


 ◇


 白鳥ミカも、初日としては上出来だったろう。


 何と言っても白ギャルは、夜の業界では根強い需要がある。


 だが、弱気なアヤメとは異なり、きっちりと断れる性格のため、ドリンク飲みすぎで漏れそうという事態にはなっていない。


「今度、クラブいこーぜ」

「うっせ、ばーか」

「ドリンク奢るからさぁ」

「いらねーって」


 という具合である。


 ミカの距離感の取り方が上手いため、言われた客も不快そうな様子は見せていない。


 非常に嘆かわしいことなのだが、白ギャル現役JKから、ぞんざいに扱われたいというM気質な男が一定数以上いるのだ。


 ――あ~あ、でもつまんないなぁ。

 ――オサムと、もっと話せっかなって思っただけなんだけど……。


 ミカは世間体を考え、口ではBJと呼んでいるが、既に心の中ではオサムと呼んでいる。


 ――ビョーキも早く治してあげたいし。


 百人に告白するなど、ミカには病気としか思えなかった。

 病気ならば、命を救ってくれたオサムを、今度は自分が助けたい……。


 ――そしたら――もしかして――。


 フロア内で目立たないようしているが、てきぱきと仕事をこなすオサムを、チラチラと盗み見つつミカは秘かに乙女していた。


 ――黒服も、何か似合ってるしぃ……。


 ◇


「レベル高すぎ。マジやばいって」

「てか、キララちゃんいるとか、おかしいでしょっ」

「ああん、お客さん、取られちゃうぅ、うう」


 アドヴァンスドモードとなる九時に備え、八時に出勤してきたキャバ嬢組は、バックヤードで焦りまくっていた。


 彼女たちがオサムに聞かされていたのは以下の三点だ。


 1.コンカフェにするが、九時以降のテーブル接客は従来通り。

 2.ドレスを廃止して、私服っぽくすること。ただしノースリーブ着用のこと。

 3.時給を一律アップする。


 だが、時給アップなら正直何でもいいかと思っていたキャバ嬢組は、カウンターに立っている三人を見て愕然としてしまったのだ。


 レベちな巨乳、元アイドル、マジもんの白ギャルが入店するとは聞いていない。


「これは、無理っしょ」


 自分たちのような西船クラスのキャバ嬢が、とても太刀打ちできる相手とは思えなかった。


 そこへ――、


「ちーす」


 彼女たちより早く出勤していたクラリスが、フロアから戻って来る。


「そろそろ――ん――どしたの?」


 バックヤードにこもる、どんよりとしたオーラに気付き尋ねた。


「――クラちゃんはいいよね」

「病気っぽいから、その呼び方やめろって」

「武器あるし」


 癒し系のユウナは、身体のラインを強調したノースリーブニットの胸元をジト目で睨んだ。


「え?いや、ユウナもあるじゃん」


 ユウナの胸とて、オサムの標的になっている。


「でもでもぉ、アイツらには勝てそうにないよぉ。うぇ~ん」


 泣き言を漏らしながら、フロアを指差した。


「つってもJKだから十時には上がるし。テーブルにも来ないってさ」


 当然ながら女子高生が、テーブル接客などすれば一発アウトである。


「だから、指名客取られる心配はないでしょ」


 と、言いつつ、クラリスも内心では焦っていた。


 ――指名客はどうでもいいけど、BJの連れってのが困るのよね。


 クラリスは、オサムを落とすつもりでいたのだ。


 相手が、自分の胸に興味を示していることは気付いているので、押せばどうにかなるだろうと思っていた。

 ところが、オサムにはとんでもない知人がいたのである。


 ――やっぱ、邪魔者は消さないとなぁ……。


 彼女にとって、店の売り上げなどどうでも良い。狙った男を落とす方が、よほど重要なのだった。


 ――もう失敗は繰り返したくないんだ――あたしは――。


「けどさ、みんなが不安に思う気持ちも分かるよね」


 そう言って組んだクラリスの両腕に、たゆゆんと巨乳が乗った。


「こういう時は――いちばん弱そうな奴から責めるのがいいんじゃない?」


 西船橋にランチェスターが誕生した瞬間である。

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