コンカフェにしちゃう。
戸塚オサムには、十分な資産と行動力がある。何より、ジョンへの恩義から店舗発展への情熱がみなぎっていた。
そして、彼を指導するべき立場にある店長は、近頃では出勤すらしてこない。無断欠勤である。
以上のような状況で――、
オサムがロリコンになったと誤解しているジョンは、幹部からの報告を聞きながら額を指で揉んでいた。
「売上が、爆上がり――だと――」
「はいっ!このまま行けば、グループトップどころか、船橋ナンバーワン店舗が、魔境西船から生まれるかもしれませんっ!!」
誤解と偏見を怖れずに言えば、西船橋は魔境である。
「栄のジジイ連中もションベン漏らす勢いです――いや、漏らしてます」
栄――とは栄町を指すが、かつて千葉ではトップの歓楽街だった。
「全ては社長が採用した倉田ゲンジマルのお陰ですっ!」
「誰だよ、それ」
自分で名付けたオサムの偽名を、ジョンはすっかり忘れている。
「ともかく、バイト黒服のお陰ですっ!」
「――くっ――そうかよ」
水商売で、オサムに泥水をすすらせてやろうと考えていたジョンとしては、当然ながら面白くもなんともなかった。
――糞ロリコン野郎が……。
――いったい、どんなあくどい手を使って上手くやったんだろうか。
オサムから直接の連絡があったのは、そんなタイミングである。
「ジョン」
電話口で聞くオサムの声からは、売上爆増に浮かれる様子は微塵も感じられない。
実際、彼は全く浮かれてなどいないのだ。現状での営業スタイルでは、これ以上の成長が見込めないことに焦りすら感じている。
「てめぇ、水商売なんてチョロいとか思って――」
「ボクから、提案がある」
◇
黒服オサム生誕から三週間が過ぎ、夏休みは既に中盤となっている。
だが、西船橋では激震が発生していた。
震源地は牛丼屋の二階である。
「京極くんのアドヴァイスに従い――」
オサムは、『クラブ プレリュード』から、『の~すり~ぶ@かじゅある』となった真新しい看板を、牛丼屋前の歩道から見上げている。
「――全てを変えた」
僅か五日という突貫工事となった。
店内にカウンターを設けて、夕方五時から夜九時までは、一般的なコンカフェ方式で営業する。
九時以降はアドヴァンスドモードと称し、衣装コンセプトはそのままに、接客アリアリのキャバクラ店へと変貌させるのだ。
その時間帯までに、未成年の従業員は上がりとなる。
「オサムさん、最高っす」
お調子者の京極は、林間学校から戻って以来、ゴリラ伊集院と共にオサムの手下となっていた。
ふたりとも、「さん」付けでオサムを呼んでいる。
そんな二人に、オサムは駄目元で相談してみたのだが――、
「やっぱ、時代はコンカフェなんです!!」
高一にしてメイドカフェデビューを果たし、その魅力にはまった京極――。
そんな男を、さらなるドツボにハマらせたのが、コンカフェである。
京極は、怯えるゴリラの隣で熱く語った。
コンカフェ――コンセプトカフェの強みは、法のグレーゾーンを衝いた、絶妙ないかがわしさにある。
風営法に依らず、接客禁止ということにしておけば、未成年者も従業員として雇えてしまう。摘発のリスクは一定程度あるのだが――。
「コンセプトは、私服女子との触れ合い!データによると、西船は三十代独身男の比率が高かったんですよね。彼等が最も飢えてるのは、そこのはずなんです。メイドやドレスじゃないっす」
なぜ、ただの男子高校生に、三十男の気持ちが分かるのだろうか――という疑問はさておき、一定の合理性を見てとったオサムは京極の意見を採用したのだ。
「ふむ」
「とはいえ、やはりコンセプトが私服だけじゃ弱いので、キャストの皆さんには、ノースリーブ限定コーデにしてもらうわけですよ。ぐふふ」
京極は、たまらん――という表情で口許を拭った。
――ひょっとして、京極くんの趣味を実現したいだけなのだろうか……。
若干の疑念の湧いたオサムだったが、営業時間拡大と労働力の確保という目的は達成されるのだ。
◇
「さ、最高やぁ~」
京極は、カウンター席に座り、至福の笑みを浮かべている。新装開店となる今日だけは、オサムからのサービスで無料なのだ。
カウンターの奥には、アヤメ、キララ、そしてミカが立っていた。
――す、すげえ……乳、元アイドル、ギャルのノースリーブ姿なんざ、破壊力が半端ねぇぞッ!!
双葉アヤメに至っては、彼女が腕の上げ下げをするたびに、横乳チャンスを狙った客たちの視線が集まっている。
――バイトして通うぜえええ!!
イケメン氷室には知られないようにしようと決意する。
この素晴らしい光景を、クラスで知るのは自分ひとりで十分なのだ――と京極は考えていた。
「アンタって、ホントに気持ち悪いわね。で、どうすんの?」
ニヤつく京極の前にある空のグラスを、キララが指差した。
「――俺は客だぞ」
「はいはい。お代わりね」
「あ、ああ」
カフェセットに含まれるアイスコーヒーの場合、空になったグラスにキャストが注いでくれる。
「あのさ、ちょっと、京極に頼みがあるんだけど」
オサム以外の全存在を見下しているキララは、お調子者など当然ながら呼び捨てにする。
「――ごふっ――え、俺に?」
唐突な話に、思わず
「静かに」
声を落としたキララが顔を寄せてきたせいで、京極はドギマギとしていた。
「あの女――」
キララが厳しい眼差しを向けたのは、バックヤードからカウンターに入って来たクラリスである。
ノースリーブニットなトップスが、彼女の巨乳を引き立てていた。
クラリス達キャバ嬢組は、アドヴァンスドモード――ようはキャバクラメインのキャストなので、フロアに出るのは九時からだが、彼女は早めに出て来たのだろう。
「――ちょっと、調べてくれないかしら?」
天王寺キララの眼差しが、禍々しく光った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます