店長と、三代目コウちゃん。
夏休みも残すところ一週間となった。
「団体客がああ――店長おおお」
「ねね、店長。キララちゃんテーブル呼んじゃっていい?やっぱ、駄目かぁ――」
「ぴ、ピンドン入りましたよ、店長おお、西船にピンドン来ましたあ!」
「体入希望の連絡が――」
「店長!」「店長ぉ」「店長っ」
バックヤードの机に座り、ノートPCをカチャカチャとしていたオサムが、従業員たちの声を受けて椅子からスクリと立ち上がった。
「――代理だ」
黒服兼店長代理のバイトとなったオサムは忙しい。
『の~すり~ぶ@かじゅある』の来店数及び売り上げは記録的な伸びを示しており、グループトップのみならず船橋地区におけるナイト業界の覇権を取りそうな勢いである。
要因としては、コンセプト的に同地区内ではブルーオーシャンであったことや、天王寺キララというキラーコンテンツがあった点も大きいだろう。
そして何より――、
「おら、エロおやじ、アヤメちゃんは上がりだってばよ」
「JKなめんなよ、ぎゃはは」
「大丈夫だよ~。ほいお疲れぇ」
懸念されていたような足の引っ張り合いは無く、キャスト同士の雰囲気もすこぶる良くなっていた。
あわや銃乱射という益田事件が、彼女達に妙な一体感を与えたのかもしれない。
「す、すみません――失礼しまぁす」
門限都合で九時上がりの双葉アヤメが、ぺこりと頭を下げてバックヤードに戻って来た。
オサムが机の脇にあるカーテンを閉じようとすると――、
「あ、だ、大丈夫。今日は、このまま帰るから――」
キャミワンピ姿のアヤメが、手を振り言った。
「ほう、そうか?」
普段の彼女ならば、必ず着替えるか、薄手のアウターを羽織って帰る。
「うん。ちょっと、こういうの馴れて来た――のかな」
ほぼ毎日、露出多めのコーデで、人前に出て接客をしているのだ。
巨乳で虐められたトラウマから、それを隠そうとした時期もあるアヤメだったが、ようやく脱却しつつあるのかもしれない。
いや、正確には脱却どころではなかった。
――ハッキリ言って、すんごい武器だったのね……。
キャミワンピの広いデコルテから覗く自身の谷間を見下ろす。
――なら――もっと利用しないと駄目だわ。
客たちの寄せる熱い視線が、彼女にとてつもない自信と、さらには野心までも与えてしまっていた。
――二学期になったら、もっと変わるのよ、私。もっと、もぉっと――。
――そうしたら、きっと――また――。
ちらりと横目でオサムを見る。
既に彼はノートPCに視線を戻し、何かをカチャカチャしていた。非常に仕事熱心な男である。
――なんか、カッコいいなぁ……。
見慣れたせいか否か、オサムの頬に入った大きな傷など気にならない。
だが、残念ことに、オサムは巨乳女子の熱い視線には気付いていなかった。向けられたものが、殺意であれば気付いたのだろう。
「じゃ、お先に失礼しまぁす」
アヤメは胸をぷるるんと揺らし、そして退勤した。
◇
――殺しますかっ?(コウ)
アヤメの居なくなったバックヤードに、フロアの喧騒とキーボードの打鍵音が響いていた。
――理由と状況による。(オサム)
先ほどからのオサムは、正確には仕事をしていたわけではない。
テレグラムのシークレットチャットを、三代目コウちゃん――益田と行っていたのである。
サーバーを介さず暗号化されるため、実に秘匿性の高い通信手段なのだ。
――糞店長、なかなか吐かないですっ。。。(コウ)
――言われた通りの方法は、ぜんぶ試しましたっ(コウ)
アホの益田は、語尾に必ず促音「っ」を入れる。理由も分からないし苛々とさせられるのだが、指示通り動いている点は由とした。
トモダチにした甲斐があったというものである。
「ふむん」
オサムは腕を組み、椅子に背を預けた。
彼が知りたいのは、店長が出勤して来ない理由である。
勤労意欲の低さについても、そろそろ明確にしたいと考えていた。
オサムがバイトを続けられる残り僅かな期間に、万全の引継ぎを店長へ行う必要があるのだ。
――あっ(コウ)
――どうした?(オサム)
――すみませんっ😭(コウ)
続きを待つ間に、机の引き出しにある益田から取り上げたマカロフを胸元にしまい込んだ。
――逃げられましたっ(コウ)
半ば予想していたメッセージが届く。
――おれ殺されますかっ???(コウ)
「それはな、益田」
呟きながら時計を見る。
閉店まで、まだ数時間残っているが、土下座して頼まれバイトとして雇った京極が何とかしてくれるだろう。
お調子者なところはあれど、それなりに使えるトモダチだった。
――理由と状況による。(オサム)
舐めた理由であれば、当然報いは受けてもらう。
――😭😭😭😭😭(コウ)
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