キャバクラ黒服編

面接。

 モノトーン系の色調で統一されたオフィスだ。


 いかつい黒人が、黒いレザーチェアに尻を預け、マガボニー製のデスクに足を乗せている。


 そんな彼の前に立つのは、学生服を着た高校生だった。


「――二度と会わねぇって――言ったよな?」


 いかつい黒人――ジョンは、オサムが死んだ戦友リカルドとの約束を忘れ、ロリコン東洋人に成り果てたと思っていた。


 天王寺キララから、一方的に抱き着かれていただけなのだが――。


「知ってるだろう。ボクはそういうジョークが嫌いなんだ」


 一方のオサムは、ジョンの言う「二度と会わない」を、理解に苦しむアメリカンジョークの一種だろうと解釈している。


「ともあれ――」


 女だらけのバイト先を探そうと決意したオサムは、頼りになる男の存在を思い出したのだ。


「お前が関わっている店で働かせてくれないだろうか」

「ん――む――え?」


 意外過ぎるオサムの申し出に、本気で驚いたジョンは思わず言葉に詰まる。


 彼が知る限り、オサムには十分な資産が有った。


 さらに、特技を活かした「バイト」もしており、サラリーマンでは決して得られないような収入を得ているのだ。


「多量の女性を雇い、酔客をさらに酔わせる奇妙な商売をしていたはずだ」

「――なるほど――分かったぞ」


 ジョンは怒りに震えた。


女衒ピンプに堕ちた俺を笑いに来た訳だな」


 組織に身を捧げ全てを犠牲にした男が、今では極東の島国で酔っ払いの金を掠め取るビジネスを生業としている。


 だが、ここに至るには、誰にも語れない苦労と事情があったのだ。


「確かに、お前から見ればお笑い草だろうさ。けどな、外人の俺が、船橋のキャバクラ王にまでなるのは――」

「そうそう、それだ。キャバクラだ」

「あん?」

「ボクを、どうかキャバクラで雇って欲しい」


 話が噛み合っていないような気がして、ジョンは目をパチパチとしてから、アイコスにフレーバーをセットした。


「給仕役なり、厨房係なり、男の働き口も有るのだろう?」

「ようは、黒服ってことだが、まあ有るな」

「そうか!」


 男は採用しない可能性を心配していたオサムは、嬉しそうに返事をする。

 あとは、誠心誠意、昔からの知人に頼むほかないと考えた。


「勝手な話で申し訳ないのだが、アルバイトとして雇って貰えないだろうか」


 オサムとしては無給でも良かった。

 ただ、そう伝えては、労使関係に歪みが生じると考え口にはしていない。


「ほう――」


 ジョンは確信した。

 完全に、自分を馬鹿にするために訪れたのだと――。


 ――俺が頷くわけがないと思っているからこそ、ムカつく戯言たわごとで遊んでるってことだな。

 ――ぶん殴って――ん――いや、待てよ。


 人知れず、ジョンはニヤリと笑んだ。


 ――水商売の厳しさってのを、舐めたコイツに教えてやろう。


 アルバイト身分の黒服とは、キャバクラヒエラルキーにおける最底辺なのだ。


 社員店長にどやされ、キャスト女性にアゴで使われ、酔ったサラリーマンから説教までされる。


「いいぜ、オサム」


 要領が良く、女性の話を聞けて、全てを笑って流せる男であれば天職となるだろう。


 だが、ジョンの知る限り、戸塚オサムはその対極に位置する。


「そういや、俺の持ってる店で、最近になって黒服がひとり飛んだ所があったよ。船橋というか、まあ西船なんだが」


 黒服が飛ぶ――とは、悪い指標のひとつだ。


 幹部連中からも、問題店舗のひとつとして報告が上がっていた。


 店長とキャストの仲も険悪となっており、それに比例して、売り上げもグループ最低だったのである。


 自ら店の改革に乗り出すつもりでいたが――。


「そこなら押し込めると思うぞ。どうだ?」


 ――クックッ。腐った店で、腐れ仕事をやらされ、夜の泥水をすすってみるがいい、オサム。俺が通って来た道の険しさを思い知るだろうぜ。


「ジョン――」


 表情にこそ出していないが、何と頼りになる男だろうかと、オサムは感動していた。


「この借りは――いや、前回学校まで送ってくれた分も含めて忘れることはない。まずは、真面目に働いて、お前のビジネスに全力で貢献する」


 なお、これまでのオサムとジョンの会話は英語である。


 ◇


 男子高校生が、キャバクラで働けるのだろうか?


 答えは――Yesだ。


 オサムは身許を偽装するし、実のところ成人もしている。


「き、キララちゃん――この駅、何か怖いよ」

「夜だから」

「てかさ、千葉じゃん」

「そうね」


 夜の西船橋駅北口に、三人の美少女が舞い降りた。


 ロータリーに降りたところで、天王寺キララは、文句ばかり並べる能無しどもを振り返った。


「じゃ、帰れば?」


 そもそも彼女は独りで来るつもりだったのだ。 


「私は行くけどね。だって――」


 では、女子高校生が、キャバクラで働けるのだろうか?


「――オサムきゅんが居るんだもん💕」


 答えは――Noだ。


 だが、それでも、何とかするのがストーカー魂というものだろう。


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