林間学校、遭難編

班決め。

 季節は六月下旬となり、夏服となっていた。


 つまり、紺ブレではなく、白ワイのみを着用しているのだ。

 白ワイに臙脂えんじ色のリボンタイを付けた双葉アヤメが教壇に立っている。


「以上が、夏の林間学校のスケジュールでぇす」


 六限目のHRの時間を使い、一週間後に予定されている林間学校について話し合うことになっていた。

 ちなみに、林間学校は一二年生合同で実施される。


 最初に、スケジュールの説明を、クラス委員のアヤメがしていた。


 だが、ほとんどの男子生徒は、スケジュールなど聞いていない。


 ――す、すげぇ。

 ――揺れる、揺れてやがる……。

 ――ぷるんぷるんを動画にぃぃぃ。


 アヤメが何か動くたびに、スライムの如く絶妙にミサイル乳が揺れるのだから当然だろう。

 なお、夏服に変わった当日より、彼女の男子人気はうなぎ登りとなっていた。


 実は小学生の時に受けたイジメがトラウマで、長らく彼女はミサイル乳を隠して生きてきたのである。


 スマートブラで抑え込み、プール教室は仮病を使い、汗だくになりながらも紺ブレを絶対に脱がなかった。


 二年生となり、全てを変える決意をしたアヤメは、その至宝を全人類に解放したのだ。


「何か、スケジュールのことで質問ある人いますかぁ?」


 朝八時、校庭に集合。

 そこからバスで来栖岳に移動。

 山の散策――オリエンテーリングをした後、ホテルで宿泊。

 翌朝、近所の酒蔵見学をして――。


 というだけの話なので、誰も質問など無さそうである。


「えっと、では次に班決めを――」


 そう言いかけた時、教室を見回したアヤメの視線が一か所で止まった。

 

 戸塚オサムが、右手を天高く上げていたのだ。


 なお、キララの毒液による健康問題は、偶然飲み干した聖水によって解決している。何らかの耐性が出来たのか、キララエキスを摂取させられても倒れる事がなくなった。


「な、なあに?――戸塚くん」


 いっぽうでアヤメの方は、オサムに対して奇妙な感情が芽生え始めている。

 

 何しろ自分の尿を、旨そうにゴク飲みした男なのだ。

 申し訳ないという罪悪感と、ズキンと腹部の疼くような感覚もあった。


 ――だ、駄目よ――こんな底辺ゴミクズを意識しては――駄目ッ。


 反グレとの関連疑惑のあるオサムに対して、小さな嫌がらせは止んだものの、ハブられている点に変化はない。

 むしろ、これまで以上に誰も近付かなくなっている。


「ありがとう、委員長」

「え、な、何?」

「ボクに発言の機会を与えてくれた」


 礼を言われ、おしっこのおかわりが欲しいのだろうか――と思ってしまった自分の頭を心の中で打った。


「で、だ。プロトコールを見て思ったのだが――」


 旅のしおりと書かれたプリントを手で振りながらオサムが話し始めた。


「――登山にあたり、ビバークの準備が記載されていない点が気になった」


 ビバークとは、下山が叶わなかった際に緊急で野営することである。


「無線機も配布されないと担任教師から聞いている」


 来栖岳は標高千メートル程度なうえ、林間学校で行くのはハイキングコースのような場所だった。


「こんな有様では――」

  

 教室にいる生徒達は、唖然とした表情となっているがオサムはお構いなしである。


「――死ぬぞ!!」


 ◇


「よろしく頼む」


 ひと悶着あったものの、どうにか班決めまでを終え、現在は各班に別れて集まっていた。


 その場で、威風堂々とした様子で頭を下げるオサムに、同じ班となってしまった連中は苦り切った表情を浮かべている。


 仲が良い者同士が集まるという、ボッチ殺しシステムだったため、当然の如くオサムは余り物となったのだ。


「う、うん――よろしくね」


 誰も返事をしないので、仕方はなしにアヤメが代表して答えた。


「――ごめんねぇ。俺、ジャンケン弱くてさ」


 イケメン氷室ひむろが、同じ班の面子に対して爽やかに謝った。


氷室ひむろくんのせいじゃないってば」

「そうそう」


 ギャルっぽい女子と、アヤメの隣席に座るモブ女子が媚びた様子で言う。

 氷室ひむろの腰巾着となっているお調子者と、サッカー部の男も相槌を打った。


 オサムを含め、総勢七名である。


 クラス委員なのに余ったらどうしようとアヤメはドキドキしていたのだが、氷室ひむろが素早く誘ってくれたおかげで安堵していた。


 おまけに、二年C組においては高カーストな班である。


 氷室ひむろ、サッカー部男子、そしてギャルがいるのが大きい。

 モブ女子とお調子者は、刺身のツマみたいなものだろう。


 だが、この高カースト班に、とんでもない異物が紛れ込んでしまった。


「先ほどの話し合いでは流されてしまったが――」


 その名は、戸塚オサム。


「――せめて我々の班だけでもビバークの準備をしておこうじゃないか」


 氷室ひむろのジャンケン運によって、仲間になった男である。

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