万全を期す男と、不退転の女。
林間学校、当日の朝は好天に恵まれている。
参加する一二年の生徒と引率教師達は、学校の校庭に集まっていた。
まだ自由時間だったが、クラス別の整列を緩く済ませ、二年C組の先頭にはクラス委員の双葉アヤメが立っている。
――ええと、先生とBJ以外は揃ったわね。
員数確認をしたアヤメは、戸塚オサムが未だ来てないことを気にしていた。
林間学校に誰よりも前のめりとなっており、遅刻防止のためクラス全員で校庭にキャンプを張ろうなどと言っていたのである。
――みんなで無視したから傷付いちゃったのかな……。
なるべく目を合わせないようにした自分も悪いような気がして、胸の奥がズキンと痛んだ。
彼女が大きな胸を悩ませているところへ、爽やかな声が響く。
「みんな、おはよう。私が引率するよ」
女子から歓声が上がる。
「ええっ、先生が引率なんですか?」
嬉しさ半分、驚き半分の思いで、双葉アヤメは目の前に立つ長身のイケメン教師を見上げた。
「そうなんだ。担任の――誰だっけな――ともかく担任の先生が急病で倒れてしまってね。私は代役というわけさ」
天王寺キララのストーカーである
「というわけで、みんなよろしく!」
誰しもが、地味なオッサン担任教師より、よほど良いと思っていた。
「で、でも――」
いきなり倒れたという担任教師の病状をアヤメが尋ねようとした時、唐突に
「ひぃ」
臆病なアヤメは、思わず小さな悲鳴を上げたが、影の正体は松葉杖をつくゴリラだった。
ゴリラは怯えるアヤメに気付き、すぐにイヤらしい目付きとなる。
黒人の乗るSUVに二度も轢かれ右脚を骨折しているが、林間学校に参加するほど元気なのだ。
人類の至宝といえる名山を拝み、より一層パワー充填しただろう。
ゴリラは口の端をベロリと舐めてから、ようやくアヤメから視線を離した。
「なあ、先生」
どうやら、
「ん?――ああ、ゴリ――伊集院くんか」
ゴリラこと伊集院は、他のクラスの男子生徒で柔道部に所属していた。なお、数多くの雑魚メンが、彼の暴力に屈している。
「言われた通り――」
「ああっと、キミキミ、あちらへ行こうか。じゃ、双葉さん後はよろしく~」
幾分か慌てた様子で
何なのかしら、とアヤメは不審に思ったが、エロ暴力ゴリラが立ち去ったことに安堵する。
もう少しで尿意マックスに至るところだったのだ。
そこへ――、
「諸君、おはよう」
「あ――」
ボッチフツメン問題児が、ようやく登場した。
――ふぅ、良かった。ちゃんと来たわね――ん、よ、良かった?
アヤメが何かを打ち消すかのように頭を振ると、同時にミサイル乳もぷるぷると揺れた。
「遅くなって申し訳ない。随分と待っただろう」
恐らくアヤメ以外は誰も待っていなかったのだが、それを敢えて指摘するのは余りに酷と言うものである。
いや、それ以前に、ツッコミどころが多すぎたのだ。
「と、戸塚くん、いったい――?」
学生服は着ているが、頭部はライト付きのバイザーメット、足元はいかつい登山靴で決めていた。
さらに、やたらと大きな登山リュックを背負い、二つのキャリケースを引いている。
旅のしおりに記載された学校指定を、完全に無視した出で立ちだった。
「ああ、これか」
オサムが、したり顔で頷く。
「心許なく感じた委員長の気持ちは分かる。だが、手荷物ではこれが限界だったのだ」
「だが、安心してほしい」
キャリケースを右手で、パンパンと叩く。
「別便で多量の食料と水を現地送付済みだ。遭難生活が一年に及んだとて問題は無いだろう」
◇
オサムが持ち込んだ異常な手荷物によって、ちょっとした騒動が起きていた頃――。
天王寺キララは双眼鏡を使い、その様子を眺めていた。
彼女が属する一年A組は端列となるため、オサムまでの距離が遠い。
――ちょ、あのクソデカ乳女、オサムきゅんに近すぎない?
――ぜって殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころすコロス……。
「て、天王寺さん?」
殺気を放つキララの背に、クラスメイトの女子が声を掛けた。
「コロ――ん――あら」
キララは慌てて声音を作った。
「なあに?」
千年に一度のロリ美少女が微笑む。
「うん――あのね――ホントに良かったの?」
相手の少女は、申し訳なさそうな表情だった。
「何のこと?」
意味が分からず、キララはきょとんした様子で答える。
「な、何のって――えっと、チューターのことだよ」
本校の林間学校は、一年、二年が合同で参加する。入学式後の初行事となる一年生は、ここで高校生活のイロハを学ぶという建前があった。
二年生がチューター役となり、各人がひとりの後輩を受け持つ。
組み合わせは学校側で決めるのだが、生徒同士が合意し、なおかつ学校側が許可すればトレードも可能だった。
「ああ、そのことね」
「
二年C組のイケメン
元々、キララのチューター役は彼だったのである。
「――交換したの戸塚先輩なんだよ?」
他方の戸塚オサムは、
半グレ襲来時のキララ抱き着き事件は、恐怖による錯乱状態だったのだという解釈で、多くの生徒は自分を納得させている。
「もちろん良いのよ」
チューターとは班行動を共にし、ホテルの部屋も近くなる。また、食事も同じグループになるのだ。
――オサムきゅんをエキスで捕獲できなくなった以上、この機会を逃すつもりはないの……。
キララは不退転の決意を抱き、今回の林間学校に参加している。
――必ず、私の虜にしてみせるわ。
そのためならば、犯罪行為だろうが何だろうがやるつもりだ。
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