なかよしシェアデスク。
誰も知らないが、戸塚オサムは改造人間である。
研究所では三号と呼ばれていたせいか、三という数字に異常なまでのこだわり持っている。
狭い部屋のあちこちに毛筆で「三」と書いた紙がベタベタと貼られており、友達などが訪れた場合は薄気味悪いと感じるだろう。
だが、幸いなことに、彼には友達がいなかった。
ともあれ、独りで暮らすオサムの朝は規則正しく始まる。
六畳一間、畳部屋のちゃぶ台の上に朝食が並んでいた。
大盛りご飯、インスタント味噌汁、目玉焼き、納豆。
きっちりと手を合わせてから食す。
「ごちそうさまでした」
何かに向かって頭を下げた。
彼にしか見えない存在がいるのかもしれない。
◇
いつもより早く登校した双葉アヤメは、少しばかり緊張しながら教室に入る。
――おしっこが漏れそうだわ。
彼女は緊張すると尿意が近くなるのだ。
昨日、彼女がオサムから告白を受けた事は、クラス全員が知っていた。
六限目終了後に、まっしぐらにオサムは彼女の席にやって来て告げたからだ。
――話がある。ここでもいいが――どうする?
公衆の面前で学校一の嫌われ者から告白されるのは処刑である。
どうにか、場を屋上へ移したのだが、周囲から見れば丸分かりだろう。
なお、このクラスに限って言えば、彼女が最初に告白された事になる。
最初の犠牲者――というわけだ。
黒板に妙な事が書かれていないと確認して、まずは安心する。
自席も普段とは変わりなく、机の中もガサゴソと漁ってみたが、不審物は入っていなかった。
SNSも秒で確認しており、こちらも異常無し。
「――助かった」
安堵をしたアヤメは、思わず独り言を呟いて席に座った。
一学期早々からターゲットにされては困る。
クラス委員という防護服を手に入れたが、昨日のイベントは彼女のプランを崩壊させかねないインパクトがあった。
「ねね」
隣に座っているだけの、距離感の微妙な女子から声がかかる。
相手のニヤニヤ笑いを見れば、話の内容は読めた。
――ま、また――おしっこに――。
「どうだったの?BJは?」
――くッ……。
昨日、ベッドの中で幾つかシミュレートは行っている。
クラス委員としての体面は保ちつつ、かといってオサムに肩入れし過ぎないポジション取りが必須なのだ。
「まあ、想像通りだよ」
困ったものよねホントに――という苦笑いの表情を浮かべる。
――か、完璧よッ!
何度か鏡の前で練習もしてきた。
「わわ、やっぱり。ホントにBJってクソだよね」
「あは」
肯定も否定もせず、薄く笑って流すべきポイントだった。
友達にすると確定していない相手とは、当たり障りのない範囲のやり取りに止めるべきなのだ。
――このコは、モブっぽいしね。
双葉アヤメは、打算的な女である。
「――あ、来たよ――双葉さん」
「え?」
ガラガラと引き戸を開け、戸塚オサムが教室に入って来た。
「おはよう」
毎朝、彼は、教壇に立ち全員に向かって朝の挨拶をする。
聞けば、一年生の時も同じだったらしい。
誰も返事をしないのだが、オサムはうんうんと頷いて自席へ向かう。
「くすくす」
隣のモブ女子が笑っている。
アヤメは、そこでようやく気付いたのだが、オサムの机は大変な事になっていた。
――というか、無いッ!?
彼の机と椅子が在ったはずの場所に、ぽっかりとした空間が出来ている。
代わりに置かれているのはゴミ箱であった。
さすがに度が過ぎているとアヤメは感じたが、取るべき行動がとっさには浮かばない。
良い子ちゃんでありつつ、かといってチームBJ認定されずに済む方法は――。
「せ、先生に――」
と、言いかけたところで、全てをぶち壊した男がいる。
「奴らか」
ゴミ箱の前に立ち、オサムが呟いた。
――何なの?犯人を知っているという事なのかしら!?
アヤメは、大人しめのモブ面子が揃うクラスに、ここまでのイジメをする人間がいるとは思えなかった。
せいぜいが、ハブにして、SNSや影であざ笑う程度のはずだ。
「仕方がないな――双葉さん――いや、委員長」
「は、はい!?」
突然の流れ弾が、アヤメに襲い掛かる。
「済まないのだが――」
ゴミ箱を抱えた戸塚オサムが、すたすたとアヤメの許へやって来た。
「――今日は机を共有させてくれ」
アヤメが座る椅子の隣にゴミ箱を置き、尻は痛いがどうにかなりそうだ――などと言いながらオサムが腰かける。
カバンから黒ペンを取り出し、定規で引いたように真っすぐな線を机に引く。
「申し訳ないので、1/3にしておいた」
静まり返った教室に、オサムがそそくさと教科書を取り出す音が響く。
彼は真面目に勉強をする男なのだ。
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