オサム

砂嶋真三

毒水と聖水編

キミで100人目だが――何か?

 放課後の屋上に少年と少女が、向かい合わせで立っていた。

 落ちかけの陽光が、周囲をオレンジ色に染めている。


「ごめん――B――い、いえ、戸塚君」


 風になびく横髪を抑えながら少女が言った。

 

 なお、巨乳である。

 紺ブレの上から、名山のような二つの膨らみがそびえ立っていた。


 いっぽうの謝罪を受けた少年――ようは告白を断られた戸塚オサムは、気にする様子もなく少女の胸をガン見している。


 ――やっぱり、ゴミクズね……。


 自分の胸に夢中になっている目の前のアホに、少女は心底からの嫌悪を感じた。


 中肉中背の平凡なルックス。

 それでいて、頬に残る大きな傷跡と荒々しい縫い痕は、彼のあだ名を決定付けてしまった。


 BJオサム――。


 彼の噂をする時、みんな薄笑いを浮かべてそう言った。


 そんな男が、入学早々、学校一の美少女と言われる先輩に告白するという暴挙に出たのだ。


 もちろん断られたのだが、その後も手当たり次第に告白を繰り返し、彼女無しのまま高校二年生となっている。


 状況的には彼女どころの話ではない。


 孤立した戸塚オサムは、イジメと近しい状況となっていた。

 端的に言って、嫌われ者である。


 だが、彼は


「あの、聞こえた――よね?」


 このまま犯される可能性に思い至り、じりじりと後ずさりながら言った。

 

 それほどにオサムが少女の胸に送る視線は、謎なパワーに満ちていたのだ。

 犯罪的な目力と言っても良いだろう。


「――え?」


 ようやくオサムが視線を、少女の顔に戻す。


「済まない。桜井さん――聞いてなかったようだ」

「いや、双葉なんだけど」


 双葉アヤメ。


 不承不承ながらオサムとはクラスメイトであり、彼女はクラス委員を務めていた。

 

 本来なら、こんな嫌われ者から告白されるだけでも迷惑なのだが、クラス委員としての世間体を考え、ここまでは付き合ってやったのだ。


 ところが、目の前に立つアホは、告白相手の名前すら間違えているッ!


 ――ど、どういう神経してんの?


「重ね重ね済まない。双葉さんの話をボクは聞いてなかったらしい。どうもキミのおっぱいはミサ――」

「だから、断るって言ったの」


 不気味なトークが始まる前に遮った。


「そうか」


 さして残念そうな様子も見せず、オサムはあっさりと頷く。


「じゃ」


 右手を上げ、場を立ち去るべく背を向けた。

 

 この淡泊過ぎる対応は、却って不気味である。

 結果として――、小心者で疑り深く、逞しい妄想癖を持つアヤメを不安にさせた。


 塾帰りの夜道で待ち伏せをされ、刃物で背をつつかれて廃工場へ連行される。

 恥ずかしい姿をたっぷりと撮影された後、SNSにアップするぞと脅すBJオサムのエロエロしい姿が脳裏にくっきりと浮かんだ。


 ――こ、怖いッ。


「あの――」


 屋上から校舎に戻ろうとするオサムの背に声を掛けた。


 何かフォローめいた事を言わねばと考える。

 とはいえ、勘違いや、おかしな希望を抱かせるようなフレーズは御法度だろう。


 美少女クラス委員として、さらなるカーストの高みへ登っていくべき自分と、ゴミ溜めに住む嫌われ者の関係は本日限りで終止符を打つ必要がある。


 ただし、安全に――だ。


「と、戸塚君なら、私なんかより――もっと良い人がいると思うんだ」


 恨まれないよう、自分下げの相手上げ。告白NG時において必須となる気遣いだった。


「なるほど――確かに、そうだな。双葉さんの言う通りだ」

「――はぁ?」


 とはいえ、全肯定されると腹が立つ。

 お前はいったい何様なのだ――という話である。


 ――ゴミクズの分際で、よくもまあ。


 双葉アヤメの中で、怒りが恐怖に打ち勝った。


「あくまで可能性の話だからねッ。で、えっと、というか戸塚君ってさ――」


 推計値は出ているが、二桁以上のはずである。

 無性に腹が立ってきたアヤメは、嫌味のつもりで質問をする事にした。


「――何人に告白したわけ?」


 入学してから、高校二年生の一学期に至るまで、戸塚オサムは無謀な告白をし続けている。


「ふむ。待ってくれ」


 人をイラつかせる「ふむ」などという相槌を打ち、胸元からスマートホンを取り出すと何事かを確認してから頷いた。


「どうやら」


 ピクルス抜きで――の口調で告げる。


「キミで100人目だが――何か?」


 戸塚オサムは、改造人間三号である。

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