第15話 バイトと急な話

 オーカマーさんに指定された場所までくると。


「助かったわー。フブキちゃん。やっぱり持つべきものはフブキちゃんよね」

「は、はぁ」


 そう答えると


「はい。電車賃」


 と3万円渡してきた。


(パネェ……まじっすか)


 ぽんと渡されるには多すぎる額に面食らう。

 普通この額をポンと渡せるかなぁ?


「こ、こんなにいいの?」


 ここまで400円くらいだった気がするけど。


「いいのよいいのよ。バイト代も含まれてるからね」

「で、そのバイトってのは何するの?」


 この人がこの世界でやってる仕事ってたしか美容師だっけ?だからなんか、照明でも当てとけ、とかそんなもんだと思って来たんだけど。


 オーカマーは俺の質問に答えずに俺の背後に目をやると急に手を振り出した。


「来たわね、主役が」


 そう言って大声で俺の後ろに向かって手を振っていた。


「こっちよーカリンちゃーん♡」

「す、すいません。遅れてしまいました」


 俺は邪魔かと思って横にズレて、女の子の顔を見ると。


「あ、あれ?」


 俺の顔を見て驚く女の子。

 女の子が持っていたカバンを下に落として、俺に一歩二歩と近付いてきた。


 その顔を見て俺も思い出していた。

 今朝電車の中で痴漢されていた子だった。


「け、今朝はありがとうございました」


 もう一度頭を下げてくる。

 そのままヒートアップしたように俺に話しかけてくるカリンと呼ばれた女の子。


 今朝の感謝をこれでもかというくらいに伝えてくる。


「うぅん!!」


 そこで咳払いをしたオーカマー。


「ご、ごめんなさい、王さん」


 謝るカリン、そのあとにオーカマーに質問していた。


「ところで、リュウジくんは?」

「あのアホならドタキャンよ。連絡が付かないのよ。学生でもないのに、個別の撮影もあるから早めに来いって言ったのに来ないの。そうやって担当のプロデューサーが言ってたわ」


 そう言って俺を見てくるオーカマー。


 話の流れが分からないけど。


「そこでカリンちゃんの撮影はそこのカレ、フブキちゃんに代役をお願いすることにしたわ」

「えーっと、流れがわからないんだけど?」


 それでやっと説明してくるオーカマー。


 どうやらこのカリンという女の子はモデルみたいで、今からドラマのワンシーンの撮影をするらしい。


 そのドラマで彼氏役が必要らしく、その彼氏役が来そうにないからって


「お、俺にやらせるわけ?シロウトの?」


 俺は自身なさげに自分の顔を指さした。


 だが、逆にオーカマーさんは自信満々でビシッと指さしてきた。


「そう、あなたよ!フブキちゃんしかいないの!」


 む、むちゃくちゃすぎない?

 俺演技なんて分かんないよ?


 って思いながらもどうしてもお願いって頼まれてバイトだしと思って了承した。


 まぁ、なんでも経験って言うしね。


 そうして控え室に入ると中にはルゼルとエルーシャがいた。


 俺がオーカマーさんに言われて椅子に座るとルゼルが寄ってきて。


「キティちゃんあなたがフブキちゃんの化粧をするのよ!」

「は、はいっ!」


 どうやらルゼルが俺の化粧をしてくれるようになったらしいけど、男に化粧ってどうなんだろうかな?



 撮影を終えた。

 内容は夜の明かりが消えた街の中で一本の街灯の下であの子を後ろから抱きしめる、みたいなそんなもの。


(ドラマってことはこれが放送されたりするんだろうか?まぁ顔は薄暗くてあんまり見えそうにないからいいけど)


 ベンチに座っているオーカマーさんに近付いて話しかける。


「あんなもんでよかった?」


 俺ほとんどなにも喋ってないけど。

 セリフとしては


『君のことが好きなんだ』


 くらいしかなかった。


「バッチリよ!むしろ!100点!これは日本ドラマの模範解答になるレベルだったわよ?!」


 そう言ってくるオーカマーさん。

 それはなによりだ。とは思うけど言いすぎじゃないかな?まぁでも褒められて悪い気はしない。


 役に立てたのなら俺としても嬉しい限りだし。


 それにしても普段やらないことをやって疲れた。


「もう、帰っていい?」

「いいわよ。今日はありがとね!」


 そうして、帰ろうとしたその時、


「あ、あの。今日は本当にいろいろありがとうございました」


 カリンが話しかけてきた。


「いいっていいって。ほんと気にしなくていいから」


 そう言って帰ろうとしたその時。


 ザッザッ。

 一人分の足音。


「ちーっす」


 そうして声をかけてきたのは金髪の男だった。


 街灯で照らされててよく目立つ。


 そいつはカリンに話しかけてた。


「よう、カリン、いい女になったな。しばらく見ねぇ間によ」


 カリンの右手を掴んだ。


 よく絡まれるよな。あの子も。

 そう思いながらカリンが俺に目を向けてきたので、助けてやることにする。


 どうやらカリンはオーカマーさんの担当らしいし。


「あんた。その子が嫌がってるけど」


 と言うと舌打ちして俺を見てきた男。


「王さん、こいつ誰っすか?」

「フブキちゃんよ。私の最高傑作。あなたと違って、ね。リュウジ」


 そう言われて俺を見てくるリュウジと呼ばれた男。


「こいつが?はっ」


 笑って俺の方に歩いてくる。


 そして


「シッ!」


 右手でジャブ。

 その拳を掴んで。


「なに?俺とやろうって?」


 遅いんだよ。


 異世界でウルフとやり合ってきた俺にそんなノロいパンチが通じると思ってるのかな。


「ば、馬鹿な。俺のジャブを?!」


 掴んだ拳をどんどん握りしめていく。


「あ、あだだだただだただだだ!!!わ、悪かったって!!!!!」


 手を離す。


 俺から目を離してオーカマーに詰め寄るリュウジ。


「王さん、撮影は?」

「フブキちゃんにやってもらったわよ、あなたみたいな売れないホストみたいなのよりはいい演技してくれたわよ?」

「こ、この!オカマがふざけやがって!」

「オカマ舐めんじゃないわよ!」


 リュウジは股間を蹴りあげられていた。


(いたそー)


 俺がそう思った時。


 笑い声が聞こえてきた。


「ちょ、ちょっとwwwあの子って元ボクサーじゃなかった?」

「今日代役してたあの子シロウトじゃないの?シロウトに負けて、王さんにも負けるって」

「受けるー」


 俺たちの撮影を見ていた野次馬達が笑い始めた。

 その嘲笑の対象はもちろんリュウジで。


 そのリュウジは、と言うと。


「く、くそ!」


 走って逃げていった。

 高安みたいに。


 よっぽどこの場にいられなくなったんだろう。


 それを見てスカッとしながら俺はカリンに目をやると、彼女はこう聞いてきた。


「急ですが、制服を見た感じ通われてるのは公立高校ですよね?」

「そうだね」


 俺の高校は悪い意味で有名だったりする。あんまり生徒のマナーがよくないからだ。だから制服ですぐにわかったんだろう。


「二木さんは転校とか興味はありませんか?」

「転校?なくはないけど予算がね、、転校も簡単なことじゃないからね」


 そう答えた時だった。


「フブキ殿、そろそろ帰りましょう。おなかすいた。今日はハンバーグがいい」


 うしろからエルーシャにそう声をかけられた。


 転校はしたいけど、そう簡単にできることじゃないしなぁ。

 とりあえず、今日はカリンに謝ってから帰ることにする。


「今日はもう帰るよ。お疲れ様ー。また会えるいいね」


 もう会うことはなさそうだけどね。

 良くも悪くも住む世界が違うし。


「お疲れ様です」


 カリンの返事を聞いて俺は先に家に帰ることにした。

 それにしても転校かー、できるならいいんだけどなぁ。

 今の学校は居心地最悪だしねぇ。


 それにしても、あー今日はほんとに疲れたー。


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