第13話 俺の顔忘れちゃった?

俺の生活がガラッと変わってから数日が経過した。

始業式の当日がやってきた。


俺はこの数日間のことを思い出していた。


俺は春休みの間エルーシャたちを連れていろんな場所に行った。


今までずっとひとりでゲームしてたのが嘘のようだった。


映画を見に行ったりもしたし、遊園地に行ったりもした。

小さな頃から溜めてたお年玉を解放して二人のために使ったんだ。


高安たちとは違って俺に金を使わせたらふたりは謝ってきた。

別に謝らなくていいのに、俺が使いたいから使ってるお金なんだし。

やってることは他人のためにお金を使ってただけなのにすごく心地が良かった。


俺は生まれて初めて心から楽しいと思える時間を過ごせていた。


だから、それだけに


「行きたくないなぁ……学校」


部屋の隅で縮こまっていた。


部屋の中にいたエルーシャが口を開く。


「行かなくてはいけないのか?その学校というものは」

「そうだね」


学生に課された義務ってやつ。


はぁ……ため息を吐きながら俺は学生服に手を伸ばした。


スルっ。

足をズボンに入れて履いてみたけど。


ストッ。


俺は自分の足元を見た。

ズボンが落ちてる……。


で、気付いた。


「うわぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


俺の叫び声に驚いたらしいエルーシャ達、だったがそのとき。


廊下の方から声が聞こえてきた。


「うっせぇんだよ!豚ぁぁぁぁ!!!!寝てんだよ俺は!朝っぱらからなんじゃぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!また殴られてぇかぁぁぁぁぁぁぁ?!!!!」


バタン!

俺の部屋を開けてきたのはクソ兄貴だった。


顔にはイカリの表情を浮かべていた。


寝てるところを俺に起こされたせいで怒ってるんだろうけど、その表情はすぐに青ざめてく。


「え?えーっと、どちらさま?」


まず、つま先からてっぺんまで俺を見てきて、それからルゼルとエルーシャに目をやるクソ兄貴……名前はあきら


「この部屋はワタクシこと二木 明の弟であるクソ豚の吹雪のお部屋ですが、泥棒の人でしょうか?申し訳ございませんがウチには何も盗むものはございません」


どうやら俺たちのことを見なかったことにしたかったようだ。


そう言って部屋の扉をそっと閉じようしている兄貴の腕を掴んだのはエルーシャ。


「今なんと言った?フブキ殿を豚と呼んだのか?貴様はよりによって豚と呼んだのか?」


ガッ。

首を掴んでエルーシャは明を空中に浮かべた。


「ぐ、ぐるじぃ〜」


そう言っている兄貴の顔がだんだん青くなっていく。

まずい、死ぬぞこれ!

俺はエルーシャに声をかける。


「手を離して。ほんとに死ぬ。君が悪くなるよ」


パッ。

エルーシャが手を離すと


「げほっ!げほっ!」


その場に座り込んで喉を抑えて激しく咳き込む兄貴。


相当苦しかったのかそのまましばらく部屋の入口で下を向きながらずっと咳き込んでいた。

そんな兄貴に近付いて見下ろしながら話しかける。


「ねぇ、兄貴」

「お、お前、」


顔を上げる兄貴。


その顔はワナワナと震えていた。


「ま、まさか吹雪なのか?1週間くらい見ない間になんでそんな痩せてんだよ」


俺の体重は100キロあったけど、今は60前半になっていた。


それだけ変われば本当に別人に見えるんだろうな。


「お、おめぇらまとめて警察に突き出してやるぞ」

「へぇ、まだそんなこと言うの?」


俺はスマホを取り出してこれまで家で受けてきた数々の暴力行為の動画を見せつけた。

そこには俺を殴って蹴り飛ばす兄貴の姿。


あらかじめ家の中に仕込んで隠し撮りしてたのだ。


「俺もこれ見せるよ?警察に。どっちに味方するかなぁ?それに兄貴は就職したんでしょ?これをばらまいたらどうなるかなぁ」


こんなものばらまけばこいつは終わる。


一生暴力野郎というレッテルを貼られてそれがついて回る人生になるだろう。


「黙ってた方がいいよ?このこと。それとさ」


今までの威勢は消えていく。


「なんでしょうか、吹雪様。あ、あはは」


完全に立場が逆転していた。

動画の件もあるし、俺のうしろにはエルーシャが立っていた。


よっぽど首を掴まれたことがトラウマなのかさっきからチラチラエルーシャを見ていた。


「兄貴、ズボン貸してよ」

「あ?」

「見ての通り。痩せちゃってさ、前の制服が合わないんだよね」


兄貴とは学校が違うけど、ズボンに関しては黒の無地ならなんでもいいというのが校則。


だから兄貴のでも問題ない。


「早く持ってきてよ、ね?」

「は、はいぃぃぃぃ!!!!」


兄貴はダッシュでズボンを持ってきた。


それを履いてみる。


「おー。ほぼぴったりー?」


おおむね問題ないくらいのサイズだった。


シャツとブレザーはちょっとブカブカだけど。まぁ履けるし問題は無い。


「ご苦労さん」


そう言いながら俺は兄貴の横を通ると、ルゼルたちも着いてきた。


で、俺はエルーシャを見ながら漏らしてる兄貴を見ながら俺は口を開いた。


「あ、ふたりがいるのは黙ってた方がいいよ?両親にもね」

「は、はい。黙ってるでありんす」

「そっか。それと俺とはもう関わらないでくれる?今まで通り無視しといてよ」

「は、はい。吹雪様」


兄貴にさらに言う。


「あの動画持ってるの俺だけじゃないから。ふたりも持ってるし。いつでも公開できるから、もう俺には関わらない方がいいよ?お互いのために、ね?生かされたこと、アダで返さないでね?」

「は、はい。今まで申し訳ございませんでした」


はったりだけど、最後のひと押しには十分だろう。


これでもう兄貴が俺に絡んでくることは無い。絡むメリットもないし。


外に出るとふたりはまだついてきてた。


ふたりは学校とかないはずだけど。


「なにか、用事でもあるの?」

「今日からはオーカマー殿に仕事を手伝うように頼まれてる。手伝うとすまほをくれるそうだ」


エルーシャがそう答えて、次に俺はルゼルに目を向けると


「私もです。なんか、アイドル関係?の仕事を手伝え、とのことらしくて」


ちょっと前に近況報告してくれたんだけど、オーカマーさんはプロデューサー?みたいな仕事をしてるらしい。

ほんと、すごいよあの人。


「頑張ってね」

「はい!」


そうして駅まで着くと2人はコンビニの前に移動して待ってた。


「ここにむかえに来るそうだ。では、我々はここで」

「頑張ってくださいね。フブキさん」


見送られて俺は駅のホームの方に向かっていく。

待っていると電車がやってきたので乗り込む。


混んでて奥まで行けなくてドアの近くになっちゃったけど仕方ないよね?

ドアを見るようにして立つ。


ちなみに目の前には女の子が立ってるんだけど。


窓ガラスに目を向けた時窓ガラスに映る女の子の目が反射して俺を見てる気がした。


窓ガラスを通して目が合った。


(ま、そういう時もあるよな)


そうして特に気にせず乗ってると次の駅でも客が乗り込んできた。


(満員だなぁ……)


朝の時間だから仕方ないけど、俺と女の子の間に中年の男が割り込んでくる。


並びとしては扉、女の子、俺だったのに、俺と女の子の間におっさんが増えたのだ。


(なんでここだよ……うっとうしいな)


そう思いながらもおっさんがうっとうしいのでスペースを作ってやる。


それから電車が動き出す。


で、その時に見えてしまった。


(痴漢?)


窓ガラスの女の子の顔が不快そうになってたから。


で、よく見てみるとおっさんの右手がうねうね動いてたので。


うしろからおっさんの右手の手首くらいを掴んで小声で話しかける。


「なぁ、この手いる?」


俺の握力は鉄球を砕けるレベルになってる。


「簡単に砕けるよ?こんな腕」


ミシッ……


(あ、ごめん。変な音鳴った)


ヒビくらいは入ったかもしれない。


「ご、ごめんなさぃぃ」


おっさんは小声でそう言って俺の前から消えていった。


脅しのつもりだったんだけど、ヒビが入ったかもしれない。


まぁいいか。空間的な余裕ができてちょっと快適だ。


窓ガラスに目をやると女の子が俺を見てた。

気にすることなくそのまま乗り続けてると、目的の駅に着いたから降りる。


「あ、あの」


女の子も降りてきて声をかけてきた。


「あ、ありがとうございました。お礼がしたいので連絡先を教えてくれませんか?」


頭を下げてきたけど。


「いいよ気にしないで。これからは気をつけてね」


さて、目指すは学校だ。



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