第2.5話 【幕間】お手伝い


今の俺は行くところがない。

異世界に来たはいいけど、ひとりでうろちょろするような度胸も力もない。

まったく知らない場所に生身で放り出されたんなら、これくらいが普通の反応だと思う。


そんな俺にルゼルはこう言ってくれた。


『行くところがないようでしたら、私のお仕事手伝ってくれませんか?』


って。

初めてだった。


こんなこと言われたのは。

俺はこんな見た目だから、誰かになにかを誘われたことは無かった。


薄汚れた……同人誌に出てくるような不潔な太った男。

それが俺なんだから。


まず、川にやってきてた。

それで、そこらにあった木の桶を取るとその桶で川の水を入れてた。


なんか、テレビとかで見たことがある光景だ


ハダシの子供が水を汲むっていうのは。


「これ、持っていただけますか?」


そうして俺に水の入った桶を渡してくる。


俺に面倒なことを押し付けたわけじゃないんだろう。

その後もルゼルは別の桶で水を汲んでたし。


でもさ、いいんだろうか。


「俺、こんな体汚いのに、水の入ったものなんて持たせていいの?」

「私も汚いですよ?」


そう言ってくるルゼル。

たしかに、服はボロボロで泥とかも付きまくってて汚れてるし、なんか変なニオイするのはたしかなんだけど。


でもそう思わせないんだ。この子は。

それくらい笑顔が素敵だから。


入浴道具をその場に置いた。


この中にはシャンプーが入ってる。

俺が3日に1度くらいの風呂で使うだけのシャンプー。


シャンプーだけで俺は変わらない。

こんな醜い豚は変わらない。


だけど、彼女は変われる。

多少は変われると思う。


「髪、洗ってみない?」


だから、そう提案してみた。


「髪、ですか?」


俺は頷いてルゼルを呼び付けると。

シャンプーのノズルの液体が出てくるところの下に手を置かせて。


ポン、と。

シャンプーのボトルを押してみた。


すると、薬液が出てきて、


「わっ!魔法ですか?!これ!」


驚いてた。


と、その前に。


髪を濡らさないとだめか。


そもそも彼女は服を着てるし、立ったまま洗えないな。

あー、もうダメだ。


先に考えないとじゃん。

悪いけどなんも考えてなかったや。

俺は濡れないようにズボンを脱いで、その場に座り込んだ。


で、


「太ももに頭載せてよ。それで髪の毛洗うからさ」


そう言ってみるとルゼルは頷いて頭を乗せてきた。

それで、小さな頃にとこやのおっちゃんにやってもらった記憶を思い出しながら、髪を洗っていく。


今はもう、ここ数年散髪なんて行ってない。

長くなったら適当にはさみで切ってる。


(めっちゃギトギトだなぁ)


女の子の体に触るのなんて初めてで最初はビビってたけど。


ルゼルは嫌な顔ひとつせず、髪を洗わせてくれた。


それで数分後。


「すっごい汚れだね」


今までの汚れが溜まってたのか、ルゼルの髪を洗い流したあと水の色がどす黒くなってた。


シャンプーは半分くらい残ってたはずなんだけど、全部使ってしまった。

だって洗っても洗っても汚れが出るんだもん。


「言いましたよね?私汚いって」


そう言いながら立ち上がるとルゼルは魔法を使ってた。


「【ドライ】」


そう呟くと髪の毛が乾いていく。

すると、そこにはさっきまでとは違った、別人のような少女が立ってて。


「このしゃんぷぅというのは凄いですね。すごく、いい匂いがします」


ベタベタのギトギトの脂まみれの髪の毛が嘘だったようにふんわりした女の子っぽい髪になってた。


髪だけ。


体は……洗えてないから汚いけど、でもすごくかわいくなった。


で、つい口が開いてしまった。


「か、かわいいよ」


そう言うとルゼルは顔を輝かせた。


「ほ、ほんとですか!」

「う、うん。すっごいかわいい」


そう言うと


「嬉しいです!」


そう言って俺に飛びついてきた。

そのときに


(くさっ……!)


ぷーん。

ってすごい、すっぱいようなニオイがしてきた。


顔も見た目もかわいいのにニオイがほんとにキツイな、この子。


「げほっ……ごめん。体は何日洗ってないの?」


そう聞いてみると。


「体を洗うってなんですか?川に入ることですか?月に1回くらいですよ?」


首をかしげてそう聞いてきた。

どうやら毎日体を洗う習慣が異世界にはないらしい。


(そりゃ、くさいよな)


体も洗ってあげようかと思ったけど。


彼女は沈んでいく太陽を見て呟いた。


「そろそろ帰らないと、ご主人様に怒られます」


そう言ってルゼルは桶を持って帰っていこうとしていた、ので俺もそれについて行く。

その帰り道でいろんな話をした。


「私、近々買われるみたいなんです」


ってうれしそーに話してた。


「買われる?」

「はい。私は奴隷なので持ち主が変わるんです」


なるほど、そういう事だったのか。


「次のご主人様は街の中に家を持ってるお金持ちらしくて、楽しみなんですよね。街にはどんなものがあるんだろうなー」


話を聞く限り現在いる場所は地図にも乗っていないような辺境だそうだ。

で、街の中に行く、ということは奴隷からしたら待遇がよくなる、ということらしい。


そうして楽しそうにしているルゼルを見るのはつらかった。


だって、俺はこの子しか知り合いがいないのに、置いていかれるようだったから。


でも、今より待遇が良くなりそうだし、俺としても喜んであげた方がいいのかもしれない。


「おめでとう、良かったね」

「はい」


そう言って俺は心の中で思ってた。


こんな子がさ、彼女になってくれたら俺の人生楽しいんだろうなぁ、とかって。


でも、この子が俺なんかの彼女になっても不幸になるだけ。


だから願望を思うだけなんだ。


いつだって俺は心の中で思うだけ。

欲しいものなんてなにも手に入らないんだから。


落ち込みそうになって気分につられて、自然と視線が下がった。

そのときさっきからチラチラと視界に入っていたルゼルの足首のものについて聞く。


今にもすり切れそうになってる輪っかが足首についてる。


「その足首についてるのってなに?」

「ミサンガですよ」


そう言って彼女はこう続けてきた。


「込めた願いは『幸せになりたい』です」


街に行く時にでも擦り切れたら、すごく感動的だよね。

そう思う。


でも俺は彼女の幸せを願いつつも、そのミサンガが切れないことをいつまでも願うんだ。


切れた時こそ、彼女との別れになってしまうような気がして。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る