第3話 俺だけの可能性

「家って、ここ?」

「はい」


笑顔で答えてくるルゼル。


俺はルゼルに彼女が暮らしてるという家に案内してもらった。

のだけど、案内してもらった先はとうてい家と呼べるようなものではなく。


「牛小屋……?」


って言えばいいんだろうか?

モーモーって牛が泣いてる小屋に案内された。


右に左に、牛が10頭くらい並んでる。一頭ずつ1メートルくらいの壁で仕切られててケンカとかは起きなさそう。


その右側の1番奥に歩いていくルゼル。


1番奥だけは牛がいなくて。


「ここが、私の部屋なのです」


そう言って他の牛と同じように個室に入るルゼル。


まさか、こんなところに案内されると思わなかった。


「あまりいいところではありませんが、行くところがないようでしたらゆっくりしていってくださいね」


ルゼルにそう言われた。

笑顔で。


この子はどうして俺にこんな屈託のない笑顔を向けることが出来るんだろう。


俺は……あんなにきつく当たってしまったのに。


「どうして。君はそうやって俺に接してくれるんだ?」


だから、聞いてしまった。


そうすると不思議そうな顔を俺に向けてくる。


「俺のこと気持ち悪く思わないの?太っててさ、顔もニキビだらけ。不衛生、気持ち悪いって思わないの?」


そう聞くと相変わらず不思議そうな顔をしている。


「なにがですか?別に太っててもニキビがあって何がダメなのですか?それが気持ち悪いのですか?」

「き、気持ち悪いでしょ?」


首を横に振るルゼル。


「別にそうは思いませんよ。太ってる方なんて沢山いますし肌が荒れてる方もたくさんいます。それがどうしたのでしょう?それに太ってると防御力が上がるんですよね?」


イヤミとかじゃなくてほんとにそう思ってるような顔を向けてくる彼女。


「別になんとも思いませんよ?」


そう言って彼女は俺にはなしかけてくる。


「フブキさんはどこから来たのですか?見ない格好をしていますが」


ニコニコした笑顔で俺に話しかけてくる。


どうやら俺の姿を見て、興味を持ってくれてるらしい。


(こんな笑顔向けられたの初めてだ)


俺に向けられる顔なんて、いつもこんなものじゃない。


俺を侮蔑するような、汚いものを見るような目、それがいつも俺に向けられる顔。


死ね、死ね、死ね。


視線で。


声で。


表情で。


みんながそう訴えかけてくるのに。


この子だけは違った。

ルゼルの顔を見ているとなんだか、癒されるような。


いつも吹雪いてた俺の心に一筋の光が当たるような、そんな感覚でいられるんだ。


で、俺はこの時初めて知ったんだ。


ツーッ。


目から涙がこぼれる。


「ど、どうしたんですか?ボアに蹴られたところが痛みますか?」


そう言って俺の肩に手を置いてくれるルゼル。


「ち、違う……痛くなんてないんだ」


これは。

心が揺れ動かされて出てきたもの。


人の温かさ。温もりに触れて自然と流れ出てたもの。


だからこそ


「もう、やめてよ……」


彼女から離れた。


分かってるんだよこんなの。

初めだけ優しくしてさ。


俺が心を開いたらそんときにもっと大きな絶望がくることくらい。


俺をいじめてきた奴らの手口と同じだ。


でも、なんだろう。


心のどこかで俺はルゼルを信じたがっていた。


「どうしたんですか?私なにか嫌がるようなことしましたか?」


おろおろしているルゼルに口を開く。


「俺の事気持ち悪くないってほんとに思ってるの?」

「はい」


最悪だ。


俺は最悪だ。


最悪なのを理解していて俺は口を開く。


「じゃあ、服脱いでよ」

「え?」


口を開くルゼル。


最悪なのは理解してる。


こんなの卑怯だ。


でも俺は……さっきの言葉を証明してほしい、ってそう思ってた。


「俺が気持ち悪くない、って本当に思ってるなら脱げるでしょ」


そう言っても彼女は笑顔を崩さなかった。


「私は奴隷ですよ?そんな低俗な人間でも良ければ……」


そう言ってルゼルは服に手をかけ始めた。


「ごめん、もういい」

「え?」


とまどうルゼルに続けた。


もう俺はこの子を信じることにした。


こんなにあっさり脱ごうとするなんて、本当に俺の事を気持ち悪くないと思ってるんだろう。


でも、俺は気持ち悪い!


はっきりとそう思う。


「ごめん」


そう呟いて俺はルゼルの横を通り過ぎた。


「ど、どこへ?」


俺はルゼルに振り返って口を開いた。


そんなの決まってる。


「君に似合う男になってくる」


後先なんて考えてない。

考えるだけの精神状態じゃない。

何をすればいいかなんて分からないし。


率直に言ってさ。


俺はこの子を好きになってしまったんだと思う。


だから、こんな卑怯な手じゃなくて。


次は、この子と釣り合う男になって、そういう関係になってから頼んでみたい。


(こんな気持ちになったのは初めてだ。俺はこの子のためなら……きっと変われる)


「だからさ、待っててよ」


俺がそう言って牛小屋を後にしようとしたそのとき。


牛小屋の扉が開いたのが見えて俺は反射的に近くの牛の個室に隠れた。


(なんで、こんなとこに……隠れたんだ)


自分でもなんで隠れたのか分からなかったけどたぶん人目を避けようと思ったのだろう。

実際、人が入ってきたから。


その男は帽子を被って首にタオルを巻いて農民のような姿をしていた。

それで、ルゼルのいる奥の部屋まで歩いていった。


俺のいる個室を見もせずに。


それで、その部屋の前で立って口を開いていた。


俺は物音を立てないように動いて、壁に体を張りつけて通路側に頭だけ出してルゼルたちの方を覗くようにして見る。


「おい、奴隷」

「は、はい。なんでしょうか」


ルゼルの声。

ちょっとこわばっているような、緊張を感じさせるような声。


これが主人なんだろうけど、あんまりいい関係じゃないように見える。


「お前が明日街に行くことが決定した。前に話したよな?新しい飼い主が現れたって。明日迎えにくるってさ」

「ほ、ほんとですか」


嬉しそうなルゼルの声。

でも、どこか寂しそうって感じるのは俺の願望なんだろうか。


(もう、行くのか……?)


俺は肩を落としそうになったけど。


そこで男は口を歪めた。


「お前が新しく行くのは娼館だ。つまり男を満足させる仕事をすることになる」


会話の意味は分かる。


ルゼルは不特定多数の男にヤラれる……。


(なんで、その子なんだよ)


他にいるだろ……って思ってたけど。



男の顔がひどく歪んでた。

それは高安が俺をいじめる時によく浮かべていたような顔。


あぁ、違うって分かってるのにこいつが高安に見えて仕方が無くなる。


「奴隷のお前ならどんなハードなプレイでもこなせるだろ?虫……獣、特殊オプションも扱う店だとよ。だが、この先マトモな男を知らんのはあまりに酷だろう?」


カチャカチャ。

ズボンのベルトに手をかけ始めた。


そのとき


「や、やめてください」


ルゼルはそう叫んでた。


「あ?」


それに対して男は首を傾げてるようだった。


「わ、私は……あなたのような人とは……」

「うるせぇよ」


バキッ!


人を殴る音が聞こえた。


何度も聞き慣れた音。

それでルゼルは黙ってしまった。


俺には分かるんだ。

殴られると今度は殴られないように黙り込む。


「奴隷のお前を今から女にしてやるんだ、感謝しろよメスブタが」


男は躊躇なくルゼルを殴ってた。

たぶん、あの子は日常的にこうして殴られてる……娼館なんかに送られてみろ……もっと酷い目に会う。


声が聞こえてきた。


「まさか、その目は助けを期待してるのか?この近くには俺とお前のだけしかいねぇよ?」


(あの男は俺に気付いてない)


「それに奴隷のお前を誰が助けるんだよ?俺は元Sランク冒険者だぞ?完全な奇襲じゃないと俺は殺せねぇ!」


(完全な奇襲……か)


そばにあった農機具に目をやった。

三又のクワ。


手に取って音を立てないように立ち上がった。

得意なんだ。

足音を殺して歩くのも、気配を殺して歩くのも。


癖になってるって言ってもいいだろう。


100キロの体格を持っていても、気配を殺すのだけは誰よりも上手いつもりだ。


それが俺があの家で生き残るために必要なものだったから。

家族に存在を悟られたらみんな俺にひどいことをしてくるから。


だから、こうやって隠れてても俺は男に気付かれなかった。


「へへ……黙りやがって。奴隷なんざ汚いもん普通は触らんが……」


そう言いながら男がルゼルの部屋に入っていく。


俺も無言でかつ、なるべく早足で男に近寄っていく。


そうして


男の背中が見える。

ルゼルと目があったけど、彼女は気付かないフリをしてくれた。


男が寝転がったルゼルに覆いかぶさろうとしたところで。


「あがっ……」


クワの尖った部分を男に向けて突き刺す。倒れていく男の体。


男は一度ビクンと跳ねてから、動かくなった。


血塗れになった自分の手を見た。

なにも思わなかった。


それどころか殺してやった事に高揚感すらあった。


【レベルが上がりました】

【称号を入手しました】


名前:二木 吹雪

レベル:6



名前:二木 吹雪

レベル:125

称号:暗殺者、異郷からの来訪者、言語マスター




ステータスウィンドウに触れると解けるようにして消えていく。

称号とかあるみたいだけど、今はそれどころじゃない。

この死体が見つかるのも時間の問題だろう。


ルゼルに目をやる。


「逃げよう、ここから」

「は、はい!」


俺はルゼルの手を引いて逃げた。

走ることなんて慣れてないからすぐに息が上がったけど、それでも森の中くらいまで逃げることができた。


後先考えずにあの男を殺した。

普段ならこんなこと絶対にしないんだけどさ。

そもそも普段なら人なんて殺さないんだけど。


でも、そうやって衝動的になるくらい俺はルゼルの事が好きになってしまっていた。


こんなところで別れたくないし、離れたくない。

やっと、俺を認めてくれる人に会えたんだから。


(これからどうしよう)


今の時刻は夕方くらい。

これからもっと暗くなると思う。


そうなればモンスターが出てきて危ないかもしれない。

そう考えて思い出した。安全なあの場所を。


(くそ……日本に帰れたらいいんだけど……自分の部屋だ。あそこなら……ここよりはマシだ)


俺がそう思った時だった。


コォォォォォォォォォォォ。


ここに来る時に通ってきた黒い穴が突然目の前に開いた。


「な、なんですか?この穴は」


それを見たルゼルが驚いていた。


無理もないか。こんな穴が突然できたんだから、俺はルゼルに説明する。


「この穴は俺が通ってきた穴」


そう言って俺はルゼルを見た。


この子がこの穴を通れるのかは分からない。


でもなんとなく通れるんじゃないかって思って口を開いた。

来るときに俺はスマホとか入浴道具を持ってこれたし、この穴には可能性を感じずにはいられない。


俺だけの可能性を。


「俺と一緒に通ってくれないか?この穴を」

「は、はい」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る