第2話 すれ違いの雨の日

 数分前。如月きさらぎ彩人あやとは部活が終わったため帰っていた。

 帰宅部の兄と比べて帰りが遅くなるが、兄は今年で受験生。


「だから、今は忙しい時期……だと、いいな」


 今年が始まってからか、両親と兄の空気は悪くなる一方だった。

 今年になって中学に入ったのもあり、多少は成長している……と思っていた。

 

「流石に、あの空気には耐えられないよ……」


 特に父親の方が普段から声が大きいのもあり、怒鳴り声に聞こえることもしばしあった。

 唯一部外者の自分だけは逃げることが出来るが、リビングから離れてもその声は聞こえる。

 自分だったらすぐに泣き出しそうな状況なのに、たった1人の兄はそれを受け止めていた。


(やっぱり、兄さんは凄いな……)


 帰り道の関係上、今日も1人で学校から帰っていた。

 その時だった。

 

 バン!!


 あと数メートルという場所で、家から誰かが飛び出した。

 白い制服に金色の装飾。それにあの赤いパーカーは間違いなく、自分の兄だった。

 

「に、兄さん?」


 突然のことに小さくなってしまった。

 何があったのかと玄関を覗くと、廊下には兄のカバンが雑に置かれていた。

 置き方からして、わざと落としたようにも見える。


「父さん、母さん。何があったの?」

彩人あやと?」

「そ、そうだけ……ど?」


 今さっきまで何が起きていたのか分かっていない。

 しかし、両親の顔色からして只事では無いのは分かる。


彩人あやと、今すぐたくみを追って‼‼」

「え、え?」

「いいから、お願い!」

「待って、状況を説明してから


  「たくみが家出した!」


 その低い声ながらも、耳を抑えたくなるような大声で言ったのは父親だった。

 ようやくここではっとする。

 同時に母親も正気に戻ったのか、父親の腕からするりと落ちていき廊下に座った。


「……ど、どこに行ったとかは?」

「分からない。走ってから少ししか経ってないが、たくみの足の速さは舐めちゃまずい。とにかく街中を探すしかない」


 ちゃんと目を合わせて話しているが、その表情は暗かった。

 今の空よりも、遥かに黒に近い灰色に見えた。

 

 ゴクリ、と唾を飲みこむ。

 今がどんな状況なのか、ようやく理解することが出来た。

 どれ程の緊急事態なのかを、頭に叩き込むかのように。

 

 普段なら濡れないようにと気にして避ける水たまりも、今日だけは踏んでいた。

 そして廊下に持っていたカバンを置くと、もう一度母親の顔を見る。

 心配性過ぎる一面もあるが、根はとても優しい母親だ。

 目を合わせて、一息つくと立ち上がる。


「それじゃ、行ってくる」


 その日、如月きさらぎ彩人あやとは走って行った。

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