第56話 お見舞い返し

 ここは僕の部屋。


 ピピッ、ピピピピピピ


 ん、38.7℃……

 結構ある。


「はあ……」


 せっかくの土日なのに、開幕これだよ。

 風邪を引いたんだ、土曜の朝に。


 僕、知ってる。

 このパターンはどうせ、2日後に治るヤツ。

 月曜日には治って、容赦なく学校に行かされるヤツだって。


 はあ、こんなのってないよ……


 そもそも、なんでこうなったのかって言うと、原因は篠宮さんにあるんだ。

 まあ僕のせいでもあるっちゃあるんだけど


 単刀直入に言って、風邪を移された。


 2日前、風邪で学校を休んだ篠宮さんに宿題を届けに行った。

 お見舞いも兼ねてね。

 それでちょっと色々やってて、それでまんまと……


 う~ん、流石にオデコをくっつけるのは不味かったか。

 背中を拭いてあげたりもしたし。

 そのあとも、お薬を飲ませるために……


 反省はしてるよ。


 でもさ、風邪で弱ってる篠宮さん、なんか妙に……

 だからつい色々……


 あっちもあっちで悪いと思う。

 だって風邪を口実にすごい甘えてくるんだ

 

 お薬も苦いからイヤだって駄々をこねて、帰ろうとしてたらすごい寂しそうにするし。

 

 それで……


 まあ、この話はいいや。


 それよりも、キツい。

 もうキツくてキツくて、頭がずっとクラクラする。

 ダルさのあまり動けないし、ひどい寒気だってある。


 昨日までなんの兆候もなかったのに、朝起きたら完全に出来上がってた。

 全身が震えるようなこの熱い感覚は……風邪だって。

 すぐに分かったよ。


 幸いにも、のどの痛みとかはない。

 風邪の症状で一番嫌いだからね、のどの痛み。

 アレは本当に辛いから、それがないのは唯一の救いだよ。


 はあ、キツ……

 篠宮さんもこんな感じだったのかな。

 辛そうにはしていたけど、まさかこんなに辛かったなんて……


 風邪ひいてる時ってさ。

 なんだか変な笑いが出てこない?

 くすぐったいって言うか、力のこもってない声で、ははは……って。

 僕だけ?


 あとさ、頭の中がグルグルする。

 なんていうか、思考の沼にハマるっていうか。

 まさにさっきまでずっとそうで、ゲームのことを考えててグチャグチャになってた。


 アレしないと。

 でもアレはクリアできないから、先にこっちを。

 でもアレを覚醒させたいから、それにはアレを強化しないと。

 でもアレをやるには……って、思考の無限ループ。


 そもそもアレは自分のペースでやってるから、そう焦ることでもない。

 冷静になって考えてみると割とどうでもいいことだし。

 こんなに頭を悩ませる必要はないんだ。

 

 たぶんうなされてたんだと思う。

 ゲームのやりすぎで。


 ごめん。

 さっきから意味が分からないよね。

 僕もよく分からない。

 誰にも分からないから、これは風邪のせい


 うん……


 コンコン、


 ドアを2回ノックする音。


「──冬木くん、入るよ」


 この声は、篠宮さん……

 たしか来るって言ってたね。

 

 ドアが開いて、入ってきた。


 スッ……


 僕が寝てるベッドの前に腰を下ろす。

 壁側に身体を向けてるから分からないけど、音と気配的にそうだと思う。


「寝てるのかな?」

「……起きてるよ」


 キツすぎて眠れないんだ。


「はあ、やっぱり移ってたね」


 まあ、あれだけ色々やれば、ね。

 僕も覚悟の上だよ。


「ごめんよ、やっぱり辛いよね?」

「篠宮さんこそ、風邪はもういいの?」


 一昨日、結構辛そうにしてたけど……


「うん、冬木くんが帰ったあとにね、ひと眠りしたら熱が引いたんだ。念のためもう一日休んで、それでもうすっかり元気だよ」


 そっか、よかった。


「冬木くんの看病のおかげだね」


 だといいけど。


「だからお返しに、今日は一日、私が冬木くんの看病をするよ」

「いや、何もそこまでしなくても……」

「ううん、冬木くんがこうなったのは私のせいなんだから、その責任を取るべきだと思うんだ」


 いや、責任って……


「でも篠宮さん、今日は塾があるんじゃ……」


 僕に構ってる暇なんて、一ミリも……


「いいよ。今日は休むから。珍しくお母さんも許してくれたよ」

「そうなんだ……」

 

 でもそれじゃ、せっかくの土日が僕の看病で……


「そんな顔しないでよ。冬木くんがこんなに辛そうにしてるのに、私だけ休日を満喫できないよ。それにね、これは私がやりたくてやるんだから、素直にそうさせて欲しいかな」


 篠宮さん……


「冬木くんともいられるし。ねっ? そうしようよ」

「なんだか今日の篠宮さん、優しいね」


 いつもそうだけど、今日は特に。


「そうかな? ただこの前のお返しなだけだけど……あっ、ちょっと待っててね」


 ガラッ


「はいこれ、おかゆ。お姉さんが作ってくれたよ。ちょっと味見したけど、すごい美味しかったよ」

「……食欲ない」


 出来ればゼリーとかがいい。

 あとサイダーとか無性に飲みたい気分。


「ダメだよ。風邪ひいてる時はちゃんと食べないと。冬木くんたださえ身体細いんだから」


 お母さんみたいなこと言わないでよ。


「それじゃあ冬木くん、はい、あーん」

「……ん」

「あーん……」


 パクッ


「美味しい?」


 うん……


「そっか。ゆっくりでいいからね。次行くよ、あーん……」


 パクッ



 ──そして、


「うん! よく頑張りました~」


 完食、ハナマル~◎


 なにそれ?

 僕をお子さま扱いしないでくれる?


「あっ、そうだ! 冬木くん、汗かいてないかな? 良かったら身体拭いてあげるよ」

「いや、まだお昼だから」

 

 気が早いよ。


「あとそれくらい自分で出来るから」

「ふ~ん、私の身体は見たくせに、冬木くんは見せてくれないんだ」

「言い方……」


 見たのは背中だけ。

 それも篠宮さんから頼んできたくせに。


「フフッ、冗談だよ。食べたら寝ないとね」


 そうだね。


 ゴソゴソ


 篠宮さんが僕を横にしてくれる。


 ヨシヨシ


 んっ、なんで僕の頭を撫でるのさ。


「篠宮さんは?」

「リビングにいるよ。お姉さんにゲームしようって誘われてるんだ〜」


 また姉さんと、へえ……


「でもたまに様子見にくるから、ちゃんと良い子に寝てるんだよ」

「分かってる」


 バタンッ


 ……篠宮さん、出ていったか。

 アレは完全に子ども扱いされてた。

 まあ、今に限ったことじゃないけど。


 はあ、篠宮さんのああいうところ、何とかならないのかな。

 彼氏として悩ましいよ。


 それに、篠宮さんと話したからかな……


 なんだか、眠くなって……







「──ん……うん……」


 寝てた。


 周りは薄っすらと暗くなってる。

 結構寝てたみたい。


 ──スー、スー


「ん?」


 この横から聞こえる音は……


 篠宮さんだ。

 背中に毛布が掛けられてる。


 スー、スー


 ……そっか。


「冬木、くん……」



 ありがとう、篠宮さん。

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