第55話 キス魔だってさ

 とある休日。

 僕の家。

 今は篠宮さんと一緒に宿題をしてる。


 ……という体でのお家デート。


 それで僕たち、ベッドに座って


「えへへ~」


 ギュッ~!


 妙にくっついてくる。

 最近の篠宮さん、誰もいないところで2人になると、こうやって僕に抱き着いて甘えてくる。

 それも結構強めに。


「冬木く~ん」


 スリスリ、スリスリスリ


 ……この子、ちょっと僕のこと好き過ぎない?

 いや、別にいいんだけどさ。

 好きだからこういうことするんだよね?

 なら悪い気はしないし、彼氏である僕に存分に甘えるといいよ。


 だけど、


「……篠宮さん」

「ん~? なにかな?」

「これじゃ宿題がいつまでも終わらないよ。篠宮さんもまだでしょ?」


 もうかれこれ30分はこうしてる。

 ずっとこうしていたいのは分かるけど、そろそろ離れてよ。


「それにこういうのは、宿題が終わってからでも……」

「ん~? そう言う冬木くんだって、2人っきりの時はよくキスしてくるよね」

「それは……」


 まあ、そうだけど……


「冬木くんの方こそ人のこと言えないと思うんだ。っていうかこういうの関しては、冬木くんの方が酷いと思う」

「そうかな? そんなことないと思うけど……」

「そうだよ。冬木くんが私のことだ~い好きなのはよく分かるんだけど、ちょっと頻度が多すぎるんじゃないかって私は思うよ。」


 ……多いかな。


「うん。それにさっきもしてきたし、キス魔だよ」


 僕が、キス魔……?


「そんなことないよ」


 僕たちは付き合ってるんだから、登校は基本、できれば昼休み、下校の時は絶対。

 最低でも一日3回はしないと。

 恋人なんだからさ。

 

「篠宮さんだって嫌じゃないよね」


 僕とキスするの。


 だから、


「だから私もこうやって~、冬木くんに抱き着いてるんだよ~」


 ギュッ~!


「もう、篠宮さんは……」

「えへへ~」


 仕方ないな。

 もうちょっとだけだよ。


 はあ、僕ってホント篠宮さんに──


 スー、スー


 ……って、

 

「あっ、ちょっと篠宮さん、またそうやって……」


 どさくさに紛れて何やってるのさ。

 そうやって僕の身体に直接顔を埋めないでよ。


「え~? でも冬木くんからいい匂いするよ?」

「それやめてって何度も言ってるよね。匂いを嗅がれていい気はしないよ」


 例えがそれが彼女相手でもね。

 抱き着くだけならまだしも、匂いを嗅ぐのはアウト。

 うん、完全にアウト。

 レギュレーション違反だよ。


「篠宮さんだって嫌でしょ? 僕に匂いを嗅がれたら」

「ううん、べっつに~。私はイヤじゃないかな~」

「……あんまり酷いようだと、それも禁止にするから」


 抱き着くの禁止令、背中に貼るよ。ピタッ


「え~、じゃあキスも禁止だね」

「へっ? いや、それはちょっと……」


 お預け?

 えっ、そんなの普通に堪えられない……


「フフッ、じゃあ私も続けるね」


 ギュッ~!


 ……篠宮さん。

 なんだか毛布の件以来、僕に一切遠慮がないような、明らかに一線を越えきてる。

 漫画の件でさらに加速してるような……


 これは、リミッターが外れてる? 

 これが素?

 親といる時もこんな感じなの?


 おかしいな。

 初期の頃はもっとおしとやかで、節度ある距離感だった気が……

 いや、意外とこんな感じだった?


「はあ、こうしてる時が一番幸せだよ~」


 まあ、これはこれで僕は構わないけど。

 ありのままで接してくれるってことは、それだけ信頼されてるってことだからね。

 うん、悪い気はしないよ。


 それにしても、


「はあ、篠宮さんってホント僕のこと好きだよね」


 好き過ぎ。

 彼氏として悩みが尽きないよ。


「そうかな~? 冬木くんの方が絶対そうだよ。私のこと大好きだよね?」


 ずっとくっついてる子がそれを言う?

 しかも人のベッドの上で。

 説得力皆無だよ。


「そんな、篠宮さんには負けるよ」

「え~、冬木くんには勝てないよ」

「いいや、篠宮さんの方」

「ううん、冬木くんの方」

「篠宮さん」

「冬木くん」


 ……これは、少しお仕置きが必要かも。

 うん、お姫さまの刑。


 篠宮さんの身体をゆっくり倒す。

 さりげなく。


「中々強情だね、篠宮さん」


 僕が上で、じ〜っ、見つめる。


「冬木くんこそ、いい加減負けを認めなよ」


 意地っ張り。

 でも可愛い。


「目を閉じて、篠宮さん」

「んっ……」


 スッ……


「良い子だね。それじゃ、するよ」


 顔をゆっくり近づけて、


 篠宮さんと──


「フンッ!」


 バッ! ゴロンッ!


「……あれ?」


 なんで篠宮さんが上に?


 目を閉じた瞬間、急に視界が反転して……

 今、一体何が起こって……


「フフフ、油断したね、冬木くん」


 こ、今度は僕が両腕を抑えつけれて、う、動けない……

 そんな、あの態勢からひっくり返してくるなんて……


「あれれ~? お仕置きするんじゃなかったのかな~?」

「くっ……」

「フフフッ、あっさりと返されちゃったね。やっぱり冬木くんって可愛いね」


 グググ……


「ほらっ、今わたし、また可愛いって言ったよ? どうかな? こう言われると嫌なんだよね? 嫌なら私をどかしてみなよ」

「っ! このっ!」


 うぎぎぎ、ぜ、全然動かない……

 篠宮さんの力が強すぎてビクともしない。


「おかしいな~。冬木くんは男の子なんだから、私くらい簡単にどかして見せないと」


 この態勢、どうあがいても無理そうなんだけど……

 なのに、篠宮さんはどうやって……


「いいのかな~? このままだとまた私にされちゃうよ? 嗅ぎ放題だよ~」

「フッ! フンッ!」


 だ、ダメだ……


「頑張っても無駄なのに。いい加減に負けを認めなよ。冬木くんじゃ私に勝てないよ」


 だ、誰がそんなこと……


「強情だね。あっ、そうだ。たまには私からするっていうのも悪くないかな」


 な、何を言って……


「それがいいかも。うん! そうしようかな!」


 うぎぎぎぎぎ……


「じゃ冬木くん。目、閉じよっか?」


 くっ……


「大人しくしなよ」

「し、篠宮さん……」

「う~ん?」

「い、痛い……っ」

「あっ」


 バッ!


 解放された。

 

 はあ、腕が痛い。


「ごめんね……やり過ぎちゃった」

「んっ、いいよ。僕の方もちょっと強引だったね」


 悪ふざけはお互い様。


「でも跡がはっきりと……」

「いいんだ。やっぱりちゃんと筋トレしないとね」


 いざって時に彼女を押し倒せないなんて、お話にならないよ。


「そうだね……うん! 次は期待してるよ」


 うん、とりあえずそういう方針で。


「じゃあ、気を取り直して……するよ、篠宮さん」


 続き。


「うん……いいよ」


 とりあえず今はこれで。


「ん……」


 篠宮さんが目を閉じた。


 で、僕も。


 ゆっくり、顔を近づけて……


 ──バンッ!


「篠宮さんいるー? この前貸したマンガの続きを……って、あっ」

「あっ……」


 ね、姉さん……


 シーン……


「さ、最近の子って……その、進んでるのね……」

 

 姉さん……

 ホント何とかしてよ。

 そういうところだよ、ホント。






 ──そして、


「どうしたの? 篠宮さん」


 何やら神妙な感じで自分のお手てに目をやってさ。


「冬木くん、私……ううん、なんでもない」

 

 僕の方を見たと思ったら、またすぐに視線を元に戻す。

 まるで何か迷ってるみたいに。


「篠宮さん?」


 なに?

 その、不安そうに僕を見る目は、

 

 ……違うかも。


 これは……


 ゴゴゴゴゴゴ……



 篠宮さん、なんか怖いんだけど……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る