第53話 お手製弁当

 学校、お昼休み。


「し、篠宮さん、これは……」


 お、おお……


「見て分からないのかな? お弁当だよ」


 机に広がる、惨劇。

 これは篠宮さん作のお弁当、らしい。


 彼女のお手製弁当。

 そういうのすごい憧れる。

 って言ったら、篠宮さんがわざわざ作ってくれた。


 僕のために、なんていい彼女なんだ。

 それはいいんだけど……


「なんて言うか、その、個性的だね……」


 こういうパターンだったか。


「ち、違うんだよ! 本当はもっと良い感じにできるはずだったんだよ! ただちょっと火の加減が難しくて……」


 ボ、ボロ……


 これは、玉子焼き?

 また随分とこんがりで、いい焼き具合。


「うぅ、こんなはずじゃ……」

「誰だって初めはこんなモノだよ。姉さんも最初はかなり酷かったから」

「慰めとかいらないよ」

「いや、そうじゃなくて本当に。初期の頃の姉さんに比べたら、篠宮さんの方が全然いい」


 卵もロクに割れない僕からしたら、ここまでやれる篠宮さんは十分すごいと思う


「むぅー、褒められてる気がしない」


 ごめん、ちょっと上からだったね。


「それに、ほらっ、見栄えはアレだけど、味はしっかりついてる」


 ちゃんと食べられる。


 ガリッ……


 うん、うん。


「いや、無理してるよね。明らかに無理やり詰め込んでるよね」

「そんなことないよ。うん、美味しいよ」

「その割には冬木くん、全然美味しそうに見えないんだけど……はあ、別に無理して食べなくてもいいよ」


 いいや、せっかく作ってくれたんだから全部食べるよ。

 勿体ないし。


「うぅ、惨めだよ……」


 篠宮さん、あからさまに落ち込んでる。

 僕としては、篠宮さんの手料理が食べられる。

 それだけで十分嬉しい。


 それに、こういうのって完成度よりも、気持ちの方が大事だと思うんだ。

 愛情が入ってるって言うの?

 僕のために作ってくれたんだから、不味いはずがないよ。


 でも……


「はあ、やっぱりお姉さんみたいにはいかないよ……」


 ごめん、上手く伝えられなかったね。







 ──そして、2日後。

 学校が終わって、帰宅。


 ふう~、今日は日直だったから、いつもより遅くなっちゃった。

 ペアの女子が仕事を全部僕に丸投げしてさ


 帰宅部だからあとはやって当然だよね?

 っていう雰囲気を前面に押し出してきてさ


 気持ちは分からなくもないよ。

 でもちょっと露骨すぎない?

 もっとこう、なにかあると思うんだ。


 ちょっとモヤるところもあるけど……

 これはある種の、そう、帰宅する者の宿命


 こっちは時間に余裕があるワケだから、大人しく黙っておくよ。

 

 それにしても篠宮さん。

 まさか僕を置いて先に帰るなんて……

 てっきり校門で待ってるモノかと思ってたけど、いなかったんだ。


 あの件以来、僕たち、ギクシャクしてる。


 お弁当の件で嫌な思いさせちゃった。

 たしかに見た目はアレだったけど、ちゃんと食べられるのに。


 なにより、篠宮さんに手料理ってだけで嬉しかったのに。

 でもあの様子じゃ、流石にもう作ってくれないよね……


「はあ……」


 ガチャッ


「ただいま~」


 ん? 靴が一つ多い。

 玄関に見慣れない靴が置いてある。

 これは、ローファー?


 はっ⁉ まさか、姉さんの友だち⁉


 だとしたらまずい。

 早く逃げないと。

 また襲撃される……


 いや、違う。

 この靴、やけに見覚えがある。

 まるでいつも見ているかのような親近感がある。


 この靴って、たしか……


「──あっ、ゆう! おかえり!」


 姉さんがリビングからチラッと顔を出してきた。

 ん? エプロンを着てる。

 こんな微妙な時間になにか作ってる?


 それになんかニヤニヤしてる。

 気持ち悪いよ姉さん。


 ……って、


「あれ? 篠宮さん?」


 なんで僕の家に……

 なんで家のキッチンに篠宮さんが……


 邪魔にならないよう髪を一つに縛って、制服の上からエプロン姿。

 まるで家庭科の時みたいな。


 篠宮さん……

 僕を置き去りにしたと思ったら、僕の家にいる。

 しかも姉さんと一緒に。


 一体、なにをして……


「フンッ」


 あれ? 無視された。

 僕を一瞬だけで見て、すぐに首を戻された。

 そっか、やっぱり怒ってるのか……

 そうだよね。


 僕なんて気にも留めてない。

 エプロンを着た篠宮さん、その後ろ姿……


 いや、ポケッと眺めてる場合じゃない。

 早く謝らないと。


「篠宮さん、ごめ──」

「次こそは美味しいって、冬木くんを絶対見返してやるんだから」

「えっ?」

「私は冬木くんの彼女なんだから、あのまま終わるなんて許されないよ」


 カチャカチャカチャ


 卵をといてる。


「篠宮さ──」

「はい、そう言うワケだから。アンタは2階に行ってなさい。邪魔よ邪魔」


 シッ! シッ!


「あっ、ちょっと姉さん──」


 バタンッ


 僕の部屋。


 ……あっ、そういうこと。

 またリベンジする的な。

 てっきり姉さんに僕のことを愚痴ってるのかとばかり……


 よかった、また作ってくれるのか。


 それにしても篠宮さん、まさか姉さんに弟子入りするとは……

 たしかに姉さん料理は上手だけどさ。

 だからって普通、彼氏の姉に教わりにいく?


 篠宮さんってさ、大人しそうに見えるけど結構大胆だよね。

 行動力が謎に高い時がある。

 斜め上に。


 まあ、いいや。

 この件に関して僕にできることは何もない


 姉さんに任せるしかなさそう。

 あの場に僕がいても邪魔だろうから、言われた通り大人しく待っていよう。


 ゲームの電源、ポチッ


 ピピッ、ピピピピピ


 うん、応援してるよ。

 



 ──それから1週間、篠宮さんのお料理特訓は続いた。


「うえ~ん! 目が染みるよ~!」

「篠宮さん諦めないで! 諦めたらそこで試合終了よ! 最後まで斬り続けるの!」


 姉さんいわく、すごく頑張ってるそう。

 失敗しても諦めないで、何度もリトライ。

 姉さんの過酷なスパルタに挫折することなく、日々、料理の腕を磨いてる。


「今よ、篠宮さん! そこで思いっきりひっくり返して!」

「はい!」


 クルンッ、バチャッ!


「ああっ⁉ また失敗⁉」

「あー、もう滅茶苦茶ね」

「うえ~ん! 全然上手くいかないよ~!」


 雨の日も、風の日も、塾の日も。

 姉さんによる血のにじむような特訓が続いた。


「篠宮さん、いい? 料理前は必ず精神統一するの。こうやって座禅を組んで、気持ちを落ち着かせることが大事なの」

「はい!」


 ……あの、篠宮さん。

 その、お料理もいいんだけどさ、たまには僕にも構ってくれないかな。

 最近はもう学校でしか一緒にいないし。


 放課後、お家、休日。

 恋人なんだから色々あるよね。

 だけど当の篠宮さんは、彼氏をずっと放置してお料理に夢中。


 僕は一切立ち入り禁止だし。

 なんか姉さんに取られた気分……

 すごいモヤモヤするんだけど……

 


 

 ──そして、お昼休み。


「冬木くん、はい」


 コトッ


 僕に差し出された、お弁当。

 完全に一人で作ったらしい。


「開けるよ」


 パカッ


 うん、見た目はちょっとアレだけど、前回よりはだいぶ良い感じ。

 品数も多いし、姉さんにも引けを取ってない。


 ゴクリ……


 それで、肝心のお味の方は……


「……いただきます」


 パクッ


 ピキーン!


 ん! これは……


「うん、美味しいよ、篠宮さん」


 ◎ ピロピロン♪


「ホントかな?」

「上手くは言えないけど、バランスって言うの? 濃すぎず、かと言って薄すぎず良い感じ。前回は色々バラバラだったから」


 この卵焼きとか甘くて、ダシ? もよく取れてる。

 卵焼きだけじゃない。

 全体的に僕好みの味になってる。


「これなら毎日食べたいくらいだよ」


 篠宮さんのお手製弁当。

 紛れもなく美味しい。

 僕的にはもう大満足、カンストしてる。


 ……ホッ


「良かった〜。また微妙な反応されたどうしようかな~って。でも正直自信はあったんだよね」

「ホントにすごく良くなってる。頑張ったんだね。篠宮さん」

「え〜、そうかな〜」


 篠宮さんの頬が緩んで、嬉しそう。

 やっぱりこの笑顔が僕にとっては一番。


「えへへ〜」



 うん、可愛い。

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