第52話 理解のある彼君

 ピンポーン


 ……ガチャッ!


「いらっしゃい冬木くん! ささっ、早く入ってよ!」


 ここは彼女の家、もとい篠宮さんの家。

 徒歩で来た。

 一緒に宿題をやろうねって、約束してたんだ。


「お、お邪魔します……」


 リビングでテレビを見てる篠宮さんのお母さんに、ペコリ。


「ジュースとお菓子持ってくるから、ちょっと待っててね」

「うん」


 へえ~、ここが篠宮さんの部屋か。

 思ってたより普通。

 なんて言うか、姉さんみたいにピンク塗れじゃなくて、全体的にクラシック感?


 なんだろう、大学生みたいな部屋だ。

 知らないけど。


 僕が来るから掃除とかしたのかな。

 女の子だから、てっきり可愛いモノで埋め尽くされていると思ってたんだけど……

 

 あっ、あの可愛いクマさん。

 ベッドにいるヤツ。

 僕が篠宮さんにあげたぬいぐるみだ。

 UFOキャッチャーで一発だったアレ。


 そっか。

 あれから僕だと思って大事にしてくれてるのか。

 毎日抱いて寝たりするのかな。


「お前、ずっとここにいるのか。ふん、羨ましいよ」


 ペシッ


 僕と変わってよ。

 うん、クマさんに嫉妬。


 気になるモノは、あと……


 チラッ


 この本棚。

 漫画がいっぱい置いてあるね。

 少年、少女、青年、ぱっとみ色々なジャンルがある。


 でも少し気になることあって、それは本棚は2つがあること。

 一つは半分くらいしか埋まってない。

 で、もう一つの方にいたっては3割くらいしか本がない。


 これなら本棚は2つもいらないはずなんだけど……ふむ、妙だね。

 最近、ジオにでも売り払ったのかな?

 それか、春風さんにあげたとか?


 コト


「お待たせ、冬木くん」

「うん」

「ど、どうしたのかな?」

「いや、別に。ただ篠宮さんって、漫画いっぱい持ってるなって」 

「そ、そうかな?……なんだったら休憩の時に読んでもいいよ」


 なんだろう、この違和感……

 まっ、いいか。


「じゃ、さっそく始めよっか。宿題」

「そうだね。そのために来たんだし」

 

 バサッ 


 僕ら各自、テーブルの上に宿題を広げる。

 ちょっと今から篠宮さんと集中するから、しーっ、静かに。


 カキカキ、カキカキカキ


「冬木くん」

「ん?」

「ちょっとここ分かるかな?」


 これ? あー……


「これはこうして、こうすればいいと思うよ」

「なるほど……じゃあ、ここはこうすればいいのかな?」

「そうだね。それでいいと思う」

「そっか、ありがとう」


 篠宮さんとのお勉強。

 うん、篠宮さんといられるってのもあるけど、普通に楽しいよ。


 最近では、僕の方が教えてる方が多かったりする。

 このために勉強してるっていうのもあるんだけど、初期の頃の僕とは想像もつかない変貌っぷり。

 ちょっと進化しすぎ?


 こういうって何だかいいよね。

 頼れる良い彼氏っぽくて。

 だからどんどん頼ってよ、篠宮さん。


「じゃあ冬木くん、ここはどうすればいいのかな?」

「うん……あっ、それはちょっと……」


 ごめん、分からない。



 カキカキ、カキカキカキ


 と、まあ、こんな感じで。

 しばらくの間は2人で宿題を進めてた。


 途中、篠宮さんのお母さんがジュースとお菓子を追加で差し入れてくれたんだけど、篠宮さん、なんか迷惑そうにしてた。


 まあ、気持ちは分かるよ。

 僕もそうだから。

 でも見る分には微笑ましい。



 そして、40分くらいして、


 ──しのぶちゃんっ! しのぶちゃーん!


 ピクッ


 ──しのぶちゃんっ! ちょっと降りてきてー!


 ピクピクッ


 ──聞こえてるー?


 バンッ!


「もうっ! ちょっと行ってくる!」


 ガラッ!


 ──なにお母さん! いま冬木くんと勉強してるのが分からないのかな!


 ──それよりも……さんに……をとどけ……だい


 ──なんでよりにもよって今なのかな! アレかな! お母さんはバカなのかな!


 ガタッ


「冬木くんごめん! ちょっとお隣さんに回覧板届けてくるよ」

「僕は構わないよ。行っておいで」

「すぐに帰ってくるからね!」

「うん」

 

 いってらっしゃい。


「……あっ、私がいない間、部屋を物色したりしないでよね」

「しないよ別に」

「本当かな」


 ジ~ッ


 疑いの視線。

 なに? 僕ってそんなに信用ない?


「はあ、誰かさんと一緒にしないでよ。なにも人の私物を嗅ぐような変態じゃないんだからさ」

「んなっ⁉ あ、あれは……」

「まったく、びっくりしたよ。この前、部屋に戻ったら、誰かさんが僕のベッドに寝っ転がってて、しかも大事な毛布を嗅いでたんだからね」


 そう、このまえ篠宮さんが、ハムスターを見に僕の家にやって来た時のこと。

 この子、ちょっと目を離したスキに僕のベッドで……


 あの後、匂いが付いてて大変だったんだ。

 なかなか取れないし。

 あれじゃ落ち着かないし、眠れなかった。


 そうだよ。

 僕の彼女、困ったことに変態さんなんだ。


「うぅ、ごめんよ……つい間が差しちゃって」

「ホントだよ、今度あんなことしたら出禁にするから」

「で、出禁⁉ そこまでする⁉ わたし一応彼女だよ⁉」

「まあ、それは冗談だけど、ああいうのはちょっと慎んでほしい」


 まあ、許すけど。

 篠宮さんだから特別。


 はあ、最近思うんだ。

 僕ってホント篠宮さんに甘々だよね。


「それよりさ、早く回覧板届けなくていいの? 親に言われてるんでしょ?」


 早くしないと明日のおやつ抜きだって。


「あっ! そうだった。行ってくるよ!」


 クルッ


「ちゃんと良い子にしてるんだよ!」


 バタンッ!


 シーン……


 ……行ったか、やれやれ。

 騒がしい子だ。


 さてと、僕は宿題の続きを、


 チラッ


 篠宮さんがいつも使ってるベッド……

 枕とぬいぐるみ、それにふわふわで暖かそうな毛布。

 そうか、篠宮さんはいつもここで……


 いや、何もしないよ。

 ただ見てただけ。

 角度的に偶然目に入っただけだから。


 篠宮さんとは違うからね。

 

 まあ、どうせすぐ帰ってくるだろうから、大人しく宿題を進めるとするよ。


 言われた通り、良い子にして──


 ガタッ


 ん? この音はなに?

 僕じゃないよ。


 今のは、あのクローゼットの中からだ。

 ちょっと確認。

 

 うーん?

 近寄ってみた感じ、何ともない。


 ガタッ

 

 ……まただ。

 何か崩れたみたいな音がした。


 ひょっとして誰かいる?

 今までずっとクローゼットの中に?

 サプライズ的な、無駄な労力すぎない?


 それに、なんだか並々ならぬ邪気を感じるような……春風さん?


 うーん……


 はっ! まさかこれは……心霊現象!


 ガタッ

 

 そ、そんな……

 だ、だとしたら、僕はどうすれば……

 

 なんてね、残念。

 昼間だからあいにく全然怖くない。

 脅かそうとしても無駄だよ。


 映画じゃないんだから、


 バッ!

 

 開ける!


「えっ……?」


 これは、書物の山?


 グラッ……


「わっ⁉」


 ドババババババ! ドサッ!


「いたた……」


 うぅ、頭がクラクラする……

 一体なにが……


「……本?」


 本だ。

 クローゼットを開けたら本の山があって、それが崩壊してなだれ込んできた。


 篠宮さん、なんでクローゼットにこんなにたくさん……


 ん? これは……よく見たらマンガ?

 全体的にどれもピンク色が多め。


 ん、僕の頭に乗っかってるのを、ちょっと拝借。


 ペラッ


 これは……


『俺を見てくれ。お前は俺の中心にいて、埋まり切れないほど満ちている』


 ……男同士が見つめ合ってる。

 なんて言うか、少女漫画みたいな背景。

 ただならぬ雰囲気。


『ああ、俺もだ』


 で、次のコマでは、


 ペラッ


 うん、がっつり行ってるね。

 はっきり言うと、男同士でキスしてる。

 お互い合意の上で、完全にそういうシーン。

 

 っていうことは、この周りに散らばってる本たち。

 これって全部……


 ガラッ


「──冬木くん! 今すごい音がしたけど大丈……あっ」


 おかえり、篠宮さん。


「ごめん篠宮さん。その、散らかしちゃって」


 僕としたことがうっかりしてたよ。


「それで、これは?」


 やけにいっぱいあるけど。

 人間が一人埋まるくらいには大量。


「ち、違うんだよ! これは、その……とにかく違くて!」


 アワアワ、アワアワアワ


 すごい焦ってる。


「これはその、全部友ちゃんから借りたモノで……うっ、うぅ……」

「篠宮さん?」

 

 うつむいて、一体どうし──


「うえ~ん! なんで開けたんだよ~!」


 あっ……


「うえ〜ん! 冬木くんのバカ〜!」

「ごめん篠宮さん、その、そんなつもりじゃなくて……」

「ええ~ん!」


 ど、どうしよう……


 


 そして、

 

「ん、やっと止まった」

「……うん」


 グスン……


 篠宮さん、ようやく泣き止んでくれた。

 僕のハンカチがもうすごいことになってる


「うぅ、どうしよう……冬木くんにBL読んでるのバレちゃった……私、もう生きていけないよ」

「それは流石に大げさなんじゃ……」

「ううん、しかも友だちまで言い訳に使って、ホント最低だよ……彼女がBL読み漁ってるなんて、幻滅したよね」

「別にしてないよ」

「ウソ、絶対してるよ。気持ち悪いって、内心絶対思ってるよ」


 しつこいな。

 ホントに思ってないのに。


「表面上ではそう言ってるけど冬木くん、だんだん私のことを避けるようになって、それで……うえ〜ん!」


 ブワッ!


「あー、また……」


 もう、せっかく泣き止んだのに。

 仕方ないな……


「大丈夫だよ篠宮さん。僕はこれくらいで別れを切り出したりしないから」


 そんなことくらい言わなくて分かるよね。


「だからさ、ほらっ」


 人差し指で、涙をスッと。


 そのままぬぐってあげる。


 ギュッ、ギュッっと。


「これでよしっと」

「んっ」

「はい、これで元の可愛い篠宮さんだ」


 大丈夫だよ。

 篠宮さんがこういうの見てるって薄々知ってたし。


「まあ、ここまでとは思わなかったけど」

「うぅ……」

「でも趣味は人それぞれだし、僕は気にしないよ」


 他人の趣味趣向にとやかく言ったりしない。

 僕はそんな心の狭い人間じゃない。


「実際、僕もギャルゲーとかに興味あったりするから」

「ふ、冬木くん……」


 あっ、またウルウルなってる。

 これじゃキリがないよ。


「それにこういうの、BL? 姉さんも読んでるよ」

「えっ、お姉さんが? まさか同士なのかな?」

「同士かは知らないけど、たまに読んでるのを見かけるよ」


 リビングで堂々と読んでる。

 ちょっと覗いてみると、男同士がなんか色々やってた。


 ためしになに読んでるか聞いてみたら、アンタも読む? だってさ。

 いや、読まないよ。


「しかも母さんなんて、子どもがいる前でそういうドラマ見てるし」


 おじさんず何とかってヤツ。


 僕がいてもお構いなし。

 耳が遠いのか、音量もちょっと大きいし。

 せめてイヤホンか何かしてよ。


 僕の家族ってそういうところがあって。

 気を使わないっていうか、全く気にしない。

 2人とも父さんが家にいないからって、やりたい放題なんだ。


「だから別にこれくらい……って、篠宮さん?」

「よかった〜、冬木くんが理解のある彼くんでホントよかったよ」

 

 理解のある? なにそれ?


「はあ、なんだかホッとしちゃった。あっ、ちなみこれ、私のオススメなんだけど……」

「い、いや、僕は……」


 男同士はちょっと……


「あとこれとかも面白くて……あっ、初心者にはこっちがいいかも!」



 でも良かった。

 篠宮さん、元気になってくれた。

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