第50話 食べてもいいよ

「はあ……はあ……っ」

「大丈夫? 篠宮さん」


 だいぶ息が上がってるようだけど……


「だ、大丈夫……まだいけるよ……っ」


 ホントかな?

 そんなに飛ばさなくても。

 自分のペースでいいのに。

 

「そろそろ休憩しよう。無理してもアレだし」


 これ以上は逆効果だから。


「……う、うん」

 

 今日は日曜日で、学校はお休み。


 それで、今は篠宮さんと一緒にいて、2人で河川敷を走ってる。

 週3でやるランニングの最中なんだ。


「はあ~、疲れたよ~」


 僕は斜めの芝生に、ポスンッ、座る。


 一方の篠宮さんは、ゴロンッ、豪快に寝っ転がってる。

 もうヘトヘトだね。


 そもそも、なんで彼女同伴で走ってるのかって言うと、


「……そろそろ落ちたかな」


 篠宮さん、体重が……

 最近、体重が増えてるのが気になってるらしいんだ。


「こんなに走ったんだから、ちょっとくらい……」

「いや、一日じゃ変わらないと思うよ」


 こういうのは継続していかないと意味ないからね。


「そっか、そうだよね……やっぱりそんなに甘くないよね……」


 あの、篠宮さん……

 別に太ってないと思うんだ。

 ただ成長期なだけだと思うんだ。


 たぶん、夕食後の一時的な増加で勘違いしてるんだと思う。

 この子は良く食べるからね。

 良く食べる篠宮さん、僕は好きだよ。


「シュッ! シュッ! シュッ、シュッ、シュッ!」

「それはしなくていいから」


 シャドーボクシング。

 うん、僕の真似ごと。


「え〜、でもこれ結構身体にくるから、痩せられそうだよ?」

「いや、ホントにいいから」


 はあ、まったく……

 人の黒歴史を掘り返さないでよ。


 篠宮さんだって、よく授業中に描いてる絵について言及されたくないよね?

 それと同じ。


 あとなんかよく知らないけど、子どもがダイエットするのは良くないらしい。

 成長が阻害されるとか何とか。

 姉さんが夜中にお菓子を爆食いしながら言ってた。


 そもそもダイエット自体、やり方によっては健康が悪くなる。

 それじゃ本末転倒。

 彼氏としてはぜひ防ぎたい事案。


 だから、とりあえず食事制限とかは止めさせて、運動させる方向にって。


 一応、ダイエットっていう名目ではあるんだけど、その実、ただ運動させてるだけ。

 食事は今まで通りちゃんと取るように言ってある。


 現状維持。

 痩せたいところ悪いけど、痩せさせないよ。


 普段運動を全くしない篠宮さんにとって、案外いい機会なのかもしれない。

 適度な運動は健康にも良いって言うからね


 走ることによって謎の自信も生まれてくるし、とにかく良いことだと思う。


 だから、うん。

 いっぱい食べていいんだよ、篠宮さん。


「はあ~、冬木くんはすごいね。こんな過酷なことを毎日やってるなんて」

「いや、毎日じゃないよ」


 週3。


「それでもだよ。はあ、私も頑張らないとだね。なんたって私は冬木くんの彼女なんだから、それに相応しい理想のスタイルを手に入れないと!」


 聞いた? 今の。

 そっか、篠宮さん、僕のために……

 そうだったのか……


「よし! 冬木くんっ! 私がんばるよ!」


 ハチマキ、ギュッ!


 そんな……僕の彼女、なんて良い子なんだ……

 これは開いた口を手で押さえることしかできないよ。


「それは嬉しいけど、でも僕としては別に、ありのままの篠宮さんでも……」


 ちょっとくらい丸くなっても。

 たとえ丸宮さんになっても、僕は気にしない。

 可愛いし。


「イヤだよ。彼氏より体重おもい彼女なんておかしいよ。そもそもなんで私の方が重いのかな? 私と冬木くん、身長ほとんど変わらないのに」

「それは、まあ……男女差?」

「違うよ、冬木くんが痩せすぎなんだよ。ちゃんとおかわりしてる?」

「おかわり? なにそれ?」


 してるよ。

 これでも夕飯は結構食べてる方なんだ。

 爆食いしてる姉さんの隣でね。


 でも、たぶん僕って太らないタイプなんだと思う。

 姉さんがそうだからね。


「この前なんてさ、食べたのに逆に体重が減……って、どうしたの? 篠宮さん」


 プルプルプル……


「……篠宮さん?」

「うぅ〜~っ! ずるいよっ! 冬木くんだけ!」


 クワッ!


「うわっ⁉」

 

 ドサッ!







 ──そして、


「ごめん、冬木くん」

「いや、僕は構わないよ」


 いま僕は、篠宮さんをおんぶしてる。

 僕の背中に乗っけてる。


 篠宮さん、足をやってしまってね。

 僕に襲い掛かった勢いで、そのままくじいてしまった。

 足場が悪いところでじゃれつこうとするからだよ。


 だからちょっと早いけど、今日はもう終わり。

 篠宮さんを家までお届けしてる。


「ごめんね。ちょっと捻っただけだから、すぐ歩けるようになると思う」


 じゃあ、それまでは僕に任せて。


「……ねえ、冬木くん」

「なに?」

「その、私、やっぱり重いよね……」

「ううん、そんなことないよ」

「ホントかな?」

「うん、篠宮さんに誓うよ」

「そっか、良かった」


 ……ちょっとギリギリかも。

 いや、これは別に、篠宮さんのせいじゃない。

 篠宮さんが僕より重いからとか、そんなんじゃない。


 僕の問題だ。

 非力な僕が悪いんだ。

 力が、僕にもっと力があれば……


 だから、色々悲しいけど、篠宮さんのためなら全然平気。

 うん、平気……


「やっぱり冬木くんは優しいね」


 スッ


 あっ、この感覚……

 篠宮さんが、僕の背中に顔を埋めてきた。


「ありがとね、冬木くん」

「別に。いいよこれくらい」


 彼氏なんだから当然。


「篠宮さんが僕のために頑張ってくれてるんだ。僕としてはそれだけで十分嬉しいから」

「うん」

「それに、こう言うのは無理して続けるのは返って逆効果だからさ」


 自分のペースで、動きたい時に動くくらいがちょうどいい。


「だから急がなくていいんだよ、篠宮さん」

「……うん」


 まだ始めたばかりだから。


「今日はいっぱい頑張ったし、帰ったらゆっくり休んだらいいよ」

 

 そう、明日に備えて──


 スー、スー


 ……って、


「ちょっと、篠宮さん」


 もう、またそうやって僕の……


 スー、スー


 ……いや、違う。

 これは、寝てる。

 

 篠宮さん、寝てるね。

 僕の背中でぐっすりしてる。

 可愛いらしい寝音が背中から。


 そっか、疲れたんだね。

 まあ、あんなに頑張ってたんだから無理もないか。


 いいよ。

 僕の背中でいいなら。

 いくらでも使うといい。


 家にもちゃんと送り届けるからさ。


 だから、


 スー、スー



 おやすみ、篠宮さん。

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