第46話 本当は
それから、僕と篠宮さんは今、公園にいる
奥にあるベンチに座ってる。
すでに辺りは真っ暗。
ちょうど間横にある消灯が薄っすらと照らしてる。
……えっと、
チラッ
篠宮さん、何も話さない。
ここに来てから無言。
送ってる途中、ここに寄りたいって言うから寄ったのに。
話したいことがあるんじゃなかったの?
それとも、やっぱり疲れてる?
その、篠宮さんは僕と違って、今日もしっかりと学校があったワケで。
さらにその後に、先生に言われて僕に課題を届けに来てる。
流石に疲れがたまるよね。
……やっぱりまだ怒ってるのかな。
そうだよね。
謝罪中のところを保健室の先生に中断されたワケだし。
まだ僕の罪は一ミリも軽くなってない。
でもさ、篠宮さん。
ここなら誰もいないから。
今は2人っきりで、誰も見てない。
だからさ、その……謝罪を、
この前の続きを……
「尾崎先輩、あれから推薦の取り消しが決まったよ」
「えっ?」
「当然だよね。だって二度にわたる下級生を集団暴行、その上私に対しても。退学処分じゃないのが不思議なくらいだよ」
た、退学……
流石にそこまでは……
「一応以後、私たちには接触しないってことになったんだけど……私としてはちょっと納得がいかないかな」
「そうなんだ……」
尾崎先輩……
綾瀬先輩には捨てられ、そのうえ推薦まで取り消しに……
結果だけ見るとなんだか気の毒。
たしかに僕にやったことは酷いけど、素直に喜べない。
「まあ、今から受験勉強を始めないといけないワケだから、当分女遊びなんてできないだろうね」
「そっか……」
いま考えるとあの人も、綾瀬先輩に狂わされた一人なのかもしれない。
僕に不良をけしかけたのも、篠宮さんと仲良くなろうとしたのも。
全部、僕に対する当てつけだったのか。
綾瀬先輩の毒牙にかかって、当時付き合ってた彼女と別れた。
でも結局はフラれてしまった。
綾瀬先輩が今度は僕を標的にして、そのせいで別れを告げられて。
歪まされてしまったんだ。
自分勝手な綾瀬先輩に。
そりゃ恨まれるよ。
僕を恨むのはちょっと違う気もするけど……
はあ、結局、綾瀬先輩につながるんだ。
ホント、あの人と関わるとロクなことにならない。
いや、ホント勘弁して欲しいんだけど……
「良かったね冬木くん。もうホントに解決したよ。だから早く元気になって学校に来てね。冬木くんがいないと寂しいよ」
「うん……」
ごめん。
もうすぐ冬休みだから、それはちょっと厳しいかな。
終業式には出るから、それで見逃してよ。
「うん! これでまた一緒にいられるね。冬木くん!」
「そう、だね……」
「それで、その、今後のことなんだけど……私たちって、その……りょ、両思いだよね……」
篠宮さん、
「だからその、お、お付き合いとか──」
「ありがとう」
「……ん? ありがとう? なにかな?」
「助かったよ。篠宮さんのおかげで」
今回は僕の方が助けられた。
篠宮さんが水面下で色々やってくれたから、今の僕がいる。
感謝しないとね。
これでもう右目の件とおあいこだ。
「何だかんだで明代ちゃんにも助けてもらったし、今度会ったらちゃんとお礼を言うよ」
立ち会ってくれるかは微妙だけど。
春風さんはともかく。
「そ、そんなことないよ! 私はただ先輩が怪しいって勝手にヤマ張って、明代ちゃんたちにもいっぱい迷惑かけて……でも結局冬木くんがいないと危なかったし、別に私は何も……」
ブツブツ、ブツブツブツ
照れてるね。
「それでさ……その、やっぱりごめん。もう篠宮さんとはいられない」
「えっ……」
青ざめてる。
……そうなるだろうね。
「ずっと考えてたんだ」
ゲームをしながらね。
「僕と篠宮さんは一緒にならない方がいいって」
その方がお互いのため。
「なにそれ……どうしてそうなるのかな……意味が分からないよ……」
ごめん。
「冬木くん、やっぱりもう、綾瀬先輩と……」
「あっ、いや、そういう意味じゃなくて。なんて言うか、もちろん友だちとしてなら全然良いんだけど……ただその先は……」
そういう関係にはなれない。
「んん? ちょっと分からないよ。えっと、冬木くんはずっと脅されてたんだよね? 私に関わったらもっと酷いことをするぞって、怖い上級生に脅迫されてた。そうだよね?」
「それはまあ、そうだけど……」
改めて言われると、情けない話。
「なら仕方ないよ。あれだけ酷いことをされたんだから、誰だってそうなるよ」
「そう、かな……」
……違う。
「そうだよ。でももう終わったよ? 冬木くんを脅す悪い人はもういないよ。だから……」
「っ……違うんだ、篠宮さん」
「えっ?」
「怖かったんだ、ただ怖くて……それで僕、何もできなかった」
自分じゃ何も。
なに一つ、動こうとしなかった。
「言い訳ばかりして……こうするしかない、仕方ないって。そう自分に言い聞かせて、何もしなかった……」
目をそらして、ずっと逃げてた。
そうしてることにすらも、今の今まで気づかなかった。
「あの時だってそうだよ……篠宮さんだから間に入ったんだ。もし他の子だったら、たぶん見て見ぬフリをしてた」
あの時はとにかく無我夢中で、身体が勝手に動いただけ。
前に出たところで恐怖に駆られて、結局なにもできない。
たかが知れてるよ。
この前もそう。
特に何も考えてなかっただけなんだ。
「冬木くん……」
他の子だったら絶対そうはならない。
下心丸出し、最低だよね。
それが僕なんだ。
「それに僕、正直もう諦めてた。篠宮さんと尾崎先輩が、2人がそういう関係になるのを」
もう完全に戦意喪失してた。
2人の関係を認めてた。
「僕よりもあの人の方が、篠宮さんにとってこの方が良いんだって。心の中で言い訳ばかり並べて、戦うことすらしなかった」
篠宮さんはさ。
たしか綾瀬先輩の時に僕を守ってくれたよね。
学校一の美少女と噂される相手に、怯むことなく威嚇してくれたよね。
僕のために引き下がらない篠宮さんを見て、すごい嬉しかった。
だけど、僕は違う。
ただ取られるのを遠目で見てることしかしなかった。
あそこまでされておいて、あのまま2人が仲良くなっていくのを黙って見ることしかできなかった。
「たとえ脅されてなくても、そうだったかもしれない」
いや、絶対そうだ。
何もしなかった。
出来なかったんじゃなくて、しなかったんだ。
「それを今さら、相手がいなくなったからってなにさ……僕は一体、どんな顔をして篠宮さんと向き合えばいいんだ……っ」
都合良すぎだよ。
「だから……離れないと。僕にはもう、篠宮さんといる資格はない。篠宮さんの隣にいることは、もう……」
「違う!」
バッ!
「違うよ冬木くん、資格なんて……そんなのいらない、ううん、なくていいんだよ」
「でも……」
「関係ないよ……だって私、冬木くんと一緒にいたい……冬木くんがいい、ううん、冬木くんじゃないと嫌なんだよ!」
ギュッ!
「私、思ったよ。冬木くんが転校してきた時にね、同じクラスになれて、しかも隣の席に来てくれた。これは運命だって。きっと神様がくれたチャンスなんだって」
「だってずっと会いたかったもん。絶対に会ってやるんだって、会ってお礼を言って、この気持ちを全部伝えるんだって。冬木くんと会う前からずっと、ずっとそう思ってた」
「助けてもらったからじゃないよ。それより前から、ずっと前から冬木くんのことを想ってた。冬木くんは気づいてないだろうけど、私ね、初日からもうアタックしてたよ。何ならすっごい攻めてた。それも全部、冬木くんのことが好きだからだよ」
篠宮さんも、僕のことが?
そんな感じはしてたけど……
やっぱり、そうだったんだ……
「冬木くんはどうなのかな? 冬木くんはまだ私のこと、好き?」
「それは、そうだけど……」
僕だって。
たぶん、僕の方が重い。
「でも僕じゃ、篠宮さんのこと守れそうにない」
今回のことでなおさら分からされた。
僕じゃ何もできないって。
だから……
「冬木くんのバカ! バカバカバカ! 冬木くんはバカだよ!」
えっ……
「守ってもらわなくていい、守らなくていいよ……私は冬木くんといたい、ただ一緒にいたいだけなんだよ……なのに何がそんなにダメなのかな!」
「だってそれじゃ、誰が篠宮さんを……」
「わ、私が! 私が何とかするよ! 冬木くんに何かあったら、今度こそ私が守ってみせる! だから……っ、お願い、そんなこと言わないで……離れるなんて言わないでよ……」
「篠宮さん……」
「私のこと避けないでよ……お願い、もう嫌だよ……また冬木くんがいなくなるなんて、絶対イヤ」
目に涙を浮かべて、そこまで僕のことを……
そんな顔されたらなおさら……
今回、僕がキミにどれだけ酷いことをしたか。
それを考えるだけで……
「私は、冬木くんがいいんだよ……他の誰でもない、冬木くんだから……」
っ……篠宮さん。
僕だって。
僕だってそうだよ。
篠宮さんが別の人といて、他の男と楽しそうにしてて、辛かった。
胸が苦しくて、どうにかなりそうだった。
諦めないといけないのに、どうしても踏ん切りが付かなくて。
でも、結局何もしなかった。
あそこまでされておいて何もできない。
ただ見てるだけの臆病なヤツ。
それが僕なんだ。
「やっぱり僕じゃ、篠宮さんと不釣り合いだ。こんな僕じゃ……」
どう考えても無理だ。
篠宮さんにはもっと相応しい人がどこかにいるはず。
僕じゃない、他の人が。
「本来こうやって話してることすら奇跡なんだ。僕と篠宮さんの関係は、7年前のあの時に全部終わってたんだから」
交わることはなかったんだ。
「それがまた会えて、こうやって話をしてる。すごいことだよ。僕にとってはそれだけで、友だちってだけで十分幸せだから」
だから、いいんだ。
「これ以上なにかを望むなんて、おこがましいにも程がある」
だから、もう……
「──でも、助けてくれたよね」
えっ……
「うん、助けてくれた。色々あったけど冬木くん、最後は私のために勇気を出して戦ってくれたよね」
「それは……」
「震える身体をおさえて、本当は誰よりも怖いはずなのに。それでもまた私の前に出てくれた。違うかな?」
ち、違わないけど……
「こんなにボロボロになってまで私のことを守ってくれた。冬木くんの背中、すごくカッコよかった。あんなの見せられたら、また惚れ直しちゃうよ」
そんな、僕は別に……
「私、すごく嬉しかった。やっぱり冬木くんなんだって。私のカッコいい冬木くんが、大好きな冬木くんがまた来てくれたって、ホントにそう思ったよ」
「違う、僕はそんなんじゃ……」
違うよ、篠宮さん……
僕は……
「冬木くんはね、ヒーローなんだよ。私にとっての、私だけのヒーロー。今までに見たどんなアニメのキャラよりもカッコいい、最高のヒーローだよ」
僕が……?
「それにね……」
僕の前髪をそっとずらして、
そのまま頬に、優しく手を……
「この目だってそうだよ。私を守るために、私をかばってできた傷。これを見てるとね、すごくドキドキする。胸の奥がキューッて切なくなる」
「自分でも何なのかよく分からないよ。だけどこの気持ちは特別で、世界中どこを探しても私だけにあるモノなんだって。そう思うとね、胸の奥があったかくなる」
……やめて
「私を見てよ。私の中はこんなにも、冬木くんでいっぱいだよ。キミはいつも私の中心にいて、埋まり切れないほどいっぱいなんだ」
やめてよ、篠宮さん……
そんな優しい表情で、
そんなまっすぐな目で、僕を見ないで……
「助けてくれたのが冬木くんで、ホントよかったよ」
篠宮さん……
「ほらっ、私の気持ちはもう全部伝えたよ。あとは冬木くん、キミ自身で決めなよ。出来れば冬木くんの本当の気持ち、私に教えて欲しいな」
し、篠宮……さん……っ
「嫌だ……離れたくない……」
誰のところにも。
どこにも行ってほしくない。
「先に進みたい……友だちじゃなくて……ホントは僕だって、篠宮さんと……」
「うん」
「出来ることなら、ずっと一緒にいたい……っ」
「うん、聞いてるよ」
……望んでも、いいのかな
「僕でいいの?」
僕が隣にいても。
頼りなくて、臆病で、そのくせ力も大してない。
涙が出るほど何もない。
「こんな僕で、本当に……っ」
今だって、こんなにも声が震えてる。
カッコ悪いところしか見せてないよ。
ヒーローだなんて、そんな大層なモノじゃない。
でも、
「本当に、僕で……」
「いいよ。ううん、冬木くんがいいんだよ」
「僕も……篠宮さんが……っ」
「うん、いいよ」
「篠宮、さん……」
「うん」
あぁ、僕は……
僕たち、こんなにも距離が近いのに。
涙が溜まって、ちょっと見えない。
でも、たぶん……
──冬木くん
──なに
──大好き
このまま、
──僕も好きだよ、篠宮さん。
目を閉じて──
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