第43話 暗い茂みの中で

 放課後。

 そして、ここは体育館裏。


 ガサッ


 僕は今、近くの茂みに身を潜めている。

 別にかくれんぼとかしてるワケでもないのに、なぜか隠れているんだ。


 だって春風さんにこうしておけと命令されたから。

 ここで待機しておけとの命があったから、仕方ない。


 とりあえず来てしまったけど、うーん……


 春風さん。

 こんなところに僕を配置させて、一体なんの用だろう。

 喧嘩するならするで、堂々と待ってた方が良いと思うんだけど……

 

 えっと、ここで合ってるよね?

 たしかにここが指定された場所のはず。

 放課後ここに来いって、あの人が言ってたワケだし。


 だけど、その張本人がまだだ。

 いつになっても姿を見せてない。

 僕と同じでどこかに潜んで……はいなさそうだし。


 まったく、こっちは春風さんが怖いから、帰りの会が終わった後、速攻でここに来たっていうに。

 何してるんだろ。

 もうかれこれ10分は経ってるよ。


 ひょっとして忘れてる?

 まさか自分から提案しておいて、そんなこと……


 いや、春風さんなら十分あり得る。

 ほらっ、あの人って篠宮さん以上に変わり者だから。

 クラスでもたびたび奇行が目立つ存在。

 何を考えてるのか分からない人なんだ。


 明代ちゃんもそうだけど、篠宮さんのお友だちって、なんて言うかその、個性的。


 同じクラスだから、帰りの会がまだ終わってない的なことはない。

 明代ちゃんがいる隣のクラスが終わるのを待ってる?


 そんな、やっぱり明代ちゃんと2人で僕をボコる予定?

 さっきの続きをここで、僕をゆっくり料理する的な。


 えっ、それは流石にちょっと……

 篠宮さんのお友だち、おっかな過ぎる……

 ここまで来た手前どうかと思うけど、逃げていいかな。

 

 そもそも、僕はいつまでこうしていればいんだろう。

 こんなところを誰かに見られたら、どう思われるか。

 最近、たださえ僕の良くない噂が流れてるっていうのに。

 

 放課後の体育館裏で、待ち伏せする男子中学生。

 うん、怪しさ満載。

 完全に気持ち悪いヤツだよ。

 

 ……はっ! まさかそれを狙って、


 もしかして、騙された?

 告白だと期待させて、僕を体育館裏でずっと放置させる作戦?

 悪質ないたずら?


 そんな、たしかに前の学校でもそういうことしてくる女子はいたよ。

 よくギャルめ女子にシャーペンを取られててさ。


 こっちの反応を見て面白がってる。

 ギャハハ☆って。

 陰湿だよね。


 それで、返して欲しかったら、『は~い、返してほしかったら放課後、冬木は校舎裏に集合~』、みたいな。


 まあその時は、シャーペンは諦めて家に帰ったけど。

 帰って早くゲームの続きがしたかったんだ

 

 そっか、そういうことか。

 でもいいよ。

 春風さんがそれで満足してくれるなら、僕は全然構わない。


 ボコられるよりは全然マシだし、喜んで放置される。

 こういうは慣れてるからね。

 別に気にしなくていいよ。


 それで、あとどのくらい待ったらいいのかな?

 今日は火曜日だから、できれば帰って早くゲームの続きがしたいんだけど……


 そうだね。

 念のためにあと一時間くらいここで待機して、それで来ないなら──

 

 ……ん?


 シッ、静かに。

 誰かきた。


 ようやく人がきた。

 この人気のない体育館裏に。


 でも、春風さんじゃない。

 アレは、篠宮さん?


 たしかに篠宮さんだ。


 それと、隣にいるのは、尾崎先輩……


 なんでこんな所に、密会?

 いや、今さらそんなことする必要は……

 じゃあなんで? どうして?


 なにか、話してる。

 篠宮さんの方から何か言ってる。


 うーん、遠くてよく聞こえない。

 一体なにを……


 ……あっ、これってもしかして、告白してる? 

 実は2人ともまだ付き合ってなくて、

 でもこれからそうなる。

 その瞬間に立ち会わされてる?


 そんな、でもたしかにあの様子はそんな感じだ。

 篠宮さんが自分の胸に手をおさえて、なにか訴えてるみたい。


 先輩との空いてる距離間が、少し遠い。

 あえてそうしてるのか。

 完全に告白する時の雰囲気だ。


 そうだ。

 絶対そうだ……っ


 だとしたら、春風さんはなんでこんなのモノを僕に……

 これを見せて諦めさせるつもり?

 お前の意地汚い未練をキッパリと断ち切ってもらう的な。


 僕の予想をはるかに超える、悪質な嫌がらせ……


 ……違う。

 たぶん、止めて欲しいんだと思う。

 この告白を、2人が付き合うのを……たぶんだけど。


 明代ちゃんの言い分からして、2人は……少なくとも明代ちゃんはそう。

 篠宮さんと尾崎先輩がそういう関係になるのを、快く思っていない。

 春風さんもそうらしい。


 僕をけしかけて、告白を中断させようとしてるんだ。

 だからあらかじめ僕をここに配置させた。

 僕に『待った』をかけさせるために。


 これが最後の……


 ……でも、


「くっ……」


 できない。

 ごめん、期待してるところ悪いけど、無理なんだ。

 僕にはもうそんな、篠宮さんと関わる資格はない。


 篠宮さんを拒絶したのは僕だ。

 悲しませたのも、脅されていたとはいえやったのも、全部。

 結局は全部、僕が選んだことなんだ。


 それでいいんだって。

 これがお互いのために一番良いことなんだって。


『おはよう冬木くん! 寝ぐせがすごいけど、直してあげよっか?』


 クシ、シャキーン

 

 あれから、篠宮さんも立ち直ってくれて、先輩といて楽しそうにしてる。

 以前よりもずっとそう。


『ねえ、冬木くん! 一緒に帰ろうよ!』


 僕じゃもう、篠宮さんを笑顔にできない。

 そばにいる資格はない。


『ほらっ、やっぱりそうだよ。冬木くんって変わってるよね』


 今さら割って入っても、色々遅すぎる。

 自分から関わらないでって言っておいて、意味が分からないよ。


『このアニメ、すっごくおススメなんだ! 絶対見てよ!』


 例えそうじゃなくても、そんな勇気、僕にはない。

 ここで踏み込む勇気なんて、僕には……


『ん? どうしたのかな? 私の顔に何かついたりする?」


 だから、これでいい。

 これでいいんだ。


『冬木くん! 冬木くん!』

 

 だから……だから……


 ザッ


 ……ん? なんか2人の様子が、


 ──ッ!


 ……もめてる? 

 というより、篠宮さんの方が食い掛かってるような。


 そんな篠宮さんを前に、尾崎先輩は困ってる。

 迫られて困惑顔。


 なだめようとしてるみたいだけど……


 こっちまで声が聞こえてくる。

 内容はよく聞き取れない。


 だけど、先輩を問い詰めて、怒鳴ってる?


 なんだろう。

 篠宮さん、今まで見たことないほど剣幕な顔で、


 どういう、こと……?


 だって、さっきまで良いムードが流れてたのに。

 今まであんなに仲良ったのに。


 これじゃまるで……


 バッ!


 あっ! 尾崎先輩が、

 しびれを切らしたか、篠宮さんの腕を掴んで強引に、


 なにをやって……

 そのままどこかに連れて行こうと、

 篠宮さんを無理やり引っ張って、


 急になにを……

 篠宮さん、痛そうにして、

 連れて行かれながらも、必死に抵抗して、


 ……なにしてるんだ。

 篠宮さんが嫌がってる。


 嫌がってるよ!


「篠宮さん!」


 ガサガサッ……ガサッ!


 その汚い手を放せ!


 バッ!


「えっ、冬木……くん?」


 篠宮さん

 

「な、なんで冬木くんが……明代ちゃんは……?」

「……行って」

「へっ……?」


 先輩と話したいことがあるから。

 ちょっとだけ借りるよ。


 だから、


「早く行ってよ!」


 ビクッ!


「う、うん!」


 走る篠宮さんの背中が、角を曲がって見えなくなった。

 行ったみたい。


 ……さて、

 改めて、どうも。


 僕の目の前にいるのは、尾崎先輩。

 さっきもそうだったけど、僕の邪魔されて、一層不機嫌な顔を浮かべてる。


 こうやって面と向かうの初めてだけど、やっぱり背が高い。

 たった一年の差なのに、僕よりずっと大きく見える。


 ──ッ!


 「負け犬のくせに邪魔するな」だって。

 

 そうだね。

 先輩の言う通りだよ。

 僕は負け犬で、先輩には何一つ敵わない。


 でもこれとは無関係だ。

 うん、全くもって関係ない。


 「後でどうなるか知らないからな」だって

 

 聞いた? 

 知らないよ。


 だって、嫌がってた。

 篠宮さん、腕を引っ張られて嫌がってたじゃないか。

 あんな強引に、痛がってたし、涙だって、

 

「今回は僕じゃない。先輩がそうさせたんだ!」


 ガンッ!


「うぐっ!」


 お、思いっきり殴れた……

 避ける暇もなかった。


 うぅ、痛い……

 で、でも、


「くっ……僕は知ってるんだ。尾崎先輩……先輩ってさ、その、綾瀬・・先輩と付き合ってたんだよね」


 ──ッ⁉


 そう、この人は綾瀬先輩の元カレ。

 ついこの間までアレと付き合ってた。

 

 どうして気づかなったんだろう。

 この人は文武両道で、高身長。


 さらに良いところの推薦入学が決まっていて、学校で一位二位を争うほどのイケメン。

 あの綾瀬先輩が狙わないはずがない。


 つまり、この人はアレの毒牙にかかって……

 そう、略奪されたんだ。

 当時付き合ってた彼女を捨てて綾瀬先輩と


 あんなあからさまなのに引っかかる、その程度の男なんだ。

 

「ちょっと言い寄られてくらいで簡単になびくような……そんな男に、篠宮さんは任せらんないよ」


 ~~ッ!


「僕はそうならなかった、略奪されなかった。その点に限っては、僕の方が上だ」


 僕の方が勝ってる。


 ドカッ!


「うぐっ……」


 こ、この人……

 プライド高いって本当だったんだ。

 綾瀬先輩の言う通りだ。


 グ、グラ……


「……あ、あとこれは、綾瀬先輩からのちょっとした伝言。ちょうどフラれた者同士だからお似合いだってさ。キミら」


 バコッ!


 うっ……怒り狂ってる。

 僕でも分かるくらい分かりやすい反応。

 あの尾崎先輩が冷静さを欠いて、怒りの限り拳をぶつけてくる。


「ぐっ……」


 漫画みたいに避けられる気が全然しない。

 固めた相手の、運動部の拳がすごく痛い。

 反撃なんてとても出来ない。

 

 だ、だけど……1人ならまだ何とか。

 こうやって亀みたいに固まってれば……いずれ、


 ゾロゾロ、ゾロ


 ……えっ、なんか奥から3人出てきた。

 ちょっと待って……えっ?


 ウソ……またこれ?







 ──バキッ! ドコッ! ドンッ!


「うがっ⁉」


 壁に、思いっきり……


 ズ、ズル……


 何度もこうやって……

 もう、立てない……


 だけど、いいんだ。

 だって、篠宮さんを逃がすことができた。


 良かった……

 それだけが出来ただけでも、僕は……


 スッ……


 あっ、3人のうちの一人が、右手に、カッターを……

 

 そう、だったね。

 警告を破ったら、もう片方も……


 どうしよう。

 もう僕の身体、一ミリも動かないや。


 近づいてくる。

 ゆっくり、カッターの刃が、僕に……


 あぁ……篠宮、さん……


「──そこまでだ」


 バッ


 前から、人が……


 この後ろ姿……キ、キミは……


 グラッ……


 あっ……



 もう……意識が……。

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