第42話 宇宙綾瀬

「可哀そう。大丈夫? 冬木君」


 綾瀬先輩。


「別に、平気。それに前ほどでは……っ」


 背中が、うぅ、すごく痛い……

 あと竹刀をとっさにガードした右腕も……

 酷いよ、明代ちゃん……


「右手首も赤いね。よく見たら捻ってる……ちょっと待ってね」


 スッ


「はい、私のハンカチ。使っていいよ」

「……どうも」


 別に血は出てないけど、人からのせっかく厚意だし。

 とりあえず巻いておこう。

 それっぽいし。


 折れては無さそうだけど、結構痛い。

 打撲かも。

 とりあえず湿布とか張って大事にしよう。

 保健室とかに言った方がいいのかな。


 あっ、でも事情徴収とかされると面倒だ。

 あまり大袈裟にするとカドが立っちゃう。

 親とか呼ばれると困るし。

 どうしようかな。


「それにしても災難だったね、冬木君」


 災難、でいいのかな。

 肩にぶつかっただけならそうかもしれない

 

「不良だけじゃなくて、まさか剣道部主将にまで目を付けられるなんて。人気者は辛いね」


 篠宮さんのお友だち。

 剣道部って言うの知ってたけど、まさか主将だったなんて。

 しかもあんなにたくましくて……


 帰宅部の篠宮さんとはどうにも接点が無さそうだけど、どうやって仲良くなったんだろう。

 最初の席が近かったとか? 1年生の時の。


『アイツを泣かせるヤツは許さないッ!』


 明代ちゃん、すごかったな。

 最初は2人が付き合ってるのが気に入らなくて、気の弱い僕に当たり散らしてるのかと思ってた。

 だけど、様子からしてそれは違うみたい。


 八つ当たりなんかじゃない。

 アレは篠宮さんのことを本気で心配してた。

 本気で心配してるからこそ、情けない僕が許せない。

 そんな感じだった。

 

 てっきり姉貴分的なキャラかと思ってたけど、親友のためにあんなに怒って。

 所かまわず竹刀を振り回して。


 ちょっとおっかないけど、ああいう人が友だちにいるってだけですごく心強い。

 きっと篠宮さんもそうなんだろうな。


 そっか、やっぱり僕っていらない存在なんだ。

 僕がいなくても、篠宮さんは大丈夫。

 いざとなったら助けてくれる友だちもいて、カッコいい彼氏までいる。

 うん、僕はマイナス因子。


 それにしても、明代ちゃん。

 7年前、僕が篠宮さんをかばったことを知ってるようだった。


 っていうか、僕のことを知ってた。

 でもどうしてそれを?


 あっ、そっか。

 普通に篠宮さんから聞いたのか。盲点?


 ……いや、違う。


「ずっと一緒にいた……か」

「ん? 冬木君、いま何か言った?」

「別に。ちょっと独り言」

「ふ~ん」


 明代ちゃん言ってた。

 篠宮さんとは小さい頃からずっと一緒にいるって。


 それって、小1から? ズッ友?

 もしかして昔、僕と遊んだことある?


 あっ、そう言えば……ドッチボールの時に、僕ばっかり狙うおっかない女の子がいたような……

 一度盛大に顔面に直撃して、鼻血を拭き出した思い出。


 当然、本人からの謝罪は一言もない。

 凄い殺意だったから印象に残ってる。


 そっか、あれって明代ちゃんだったのか。

 たしかに、言われてみればいたね、そんな人。

 そうだった。


 僕としたことが、なんで今まで気づかなかったんだろう。

 怖すぎて無意識に記憶の片隅に追いやってたよ。


 それと、不可解なこと……と言うかどうにも納得できないことがある。


 それは明代ちゃん。

 そもそもあの人、なんであそこまで怒ってたんだろう。

 

 僕、友だちなんていたことないからよく分からないけどさ。

 普通、友だちに彼氏が出来たら、喜ぶモノじゃない?

 頼りない僕といるよりは全然良いと思うんだけど。


 しかもお相手は、不良を撃退したっていう頼もしい経歴があって、その上、学校のアイドル的存在。


 そんな人と付き合ってるんだ。

 鼻が高いとかそんな感じにならないの?

 篠宮さんの彼氏としては申し分ないはず。


 でもあの様子からして、嬉しそうにはとても見えない。

 焦ってるようで、そういう面でも僕に当たってる感じだった。

 何か気に入らないことでもあるのかな。

 

 そもそも、僕が篠宮さんを悲しませたことに対して純粋に腹を立ててるなら、もうとっくの昔に襲撃されてるはず。


 1週間前の出来事だからね。

 それをなんで今さら、意味が分からないよ


 なんで今となっては赤の他人である僕が、襲撃されないといけないんだ。

 もしかして明代ちゃん、嫉妬してる? 

 キミも尾崎先輩のことが……

 

 いや、どちらかと言えば篠宮さんの方か。

 篠宮さんが男とそういう関係になるのが、よっぽど気に入らないのか。


 そう言えば昔、僕と篠宮さんが一緒にいると、明代ちゃんがよく間に入って、僕を追い払おうとしてた。

 まるで篠宮さんにつく悪い虫を振り払うように。

 うん、僕は害虫。


 あの様子からして、尾崎先輩を彼氏として認めてない?

 なら僕じゃなくてさ、先輩を襲撃した方が良いと思うんだけど……


 なに? 僕に何とかして貰おうとしてる?

 僕を駆り立てて、使えるモノは全て使う的な。

 まあいいや。


 それで、もう一人のお友だち、春風さん。

 こっちはクラスメイトだから、流石に覚えてるよ。


 たしか教室を出る前に、体育館裏がどうのって言ってた。

 絶対来いだって。

 なんで体育館裏なんかに、僕に何の用なんだろう。


 僕に言いたいことがあるんならさっき言えばいいし。

 みんながいると言えないこと?

 告白、とかではないだろうし、考えられるとすれば……


 体育館裏と言えば、喧嘩の温床。

 決闘と言えばまさにここって感じ。

 前の学校でもよく不良たちが殴り合ってた。体育館裏で。


 だとしたらどうしよう。

 さっきは明代ちゃんで、次は春風さんにボコられるのか。

 やっぱり春風さんも僕に対して不満が……


 そんな、たしかにさっき助けてくれたのには感謝してるよ。

 げんに春風さんが来なかったら、もっと酷いことになってた。


 でも、だからと言ってとても行く気にはなれない。

 なんで女子と決闘しないといけないんだ。


 それに、春風さんってああ見えて意外とフィジカル強いし、絶対勝てない。

 あと奇行で有名だから何をして来るか見当もつかないし。


 でもブッチすると後が怖い。

 それこそ明代ちゃんも交えて2人でボコられるかも。

 流石に生きて帰れるか怪しい……


 でも……

 はあ、どうしよう……


「んっ……」


 僕の向かいにいる綾瀬先輩。


 紙パック牛乳をストローで、チュー


「篠宮さんのことは残念だったね」


 相変わらず呑気で羨ましいよ。

 僕はこんな大変なのに、まるで他人事。

 他人事なんだけどさ。


「そっか。もうすっかり別々の道を歩いてるのか、キミと篠宮さん。でもそれって、なんだか悲しいね」

「……なにが言いたいのさ」


 遠い目をして、それっぽい雰囲気を出さないでよ。


「別に。ただ周りに見せつけるようにして、まるでこっちに当てつけてるみたい……ちょっと嫌な感じ」


 なにこの人。

 聞いてる?


「はたから見てもアレは調子に乗りすぎ……あっ、そうだ! フフフッ……ねえ、冬木君」


 いつもにまして嫌な笑み。

 

「なに?」

「フフッ、もういっそ、私たちも付き合っちゃおっか?」


 ……なんでそうなるの?


「あっちがその気なら、こっちもそうすればいい。だって、このままだとなんか癪じゃない?」

「意味が分からないよ」


 それに僕、誰かと付き合うとかない。

 これからも一生ないと思う。


「ねっ、私と付き合おう? それでイチャイチャして、あの2人を見返してやろうよ」


 なのに、流れが読めない。


「そっ、私たちを敵に回したことを後悔させてやろうよ」


 何か気に入らない? キミも?


「それでいい加減、私にお姉さんを紹介しよっ?」


 ……なんだ、結局それか。

 この人、会話の全てが姉さんに繋がってる。

 スキあらばすぐ姉さんの話に持っていく。


「これでも私はね、お姉さんほどではないけど、キミのことも大切に思ってる。顔も少し似てるし、何より可愛い弟君だからね」


 スルスルスル


 手を握ってきた。

 両手で覆うように。

 お得意の誘惑術だ。


 でも僕は無効化、ガキンッ!


「冬木君のお願いなら何でも聞くし、何を言ってくれも構わない。もしキミが望むなら、何だってしてあげる」


 クイッ

 あごクイしてきた。


 でもキャンセルする、ガキンッ!

 効かないよ。


「私はどこにも行かないよ? 篠宮さんとは違って。ねっ?」


 ブ、ブルッ……!


「……て、冬木君? あれ? ちょっとタイム」


 ん? なに? カット?


「その反応……もしかしてホントに知らない?」

「なにが?」


 知らないも何も、先輩の言ってることは全て意味不明でホラー。

 いつもそうだし。


 もう色々と慣れた。

 意思疎通の半分くらい適当。

 ほぼ諦めてる。


 アレだよ、宇宙人とか未確認生命体と話してるようなモノだよ。

 宇宙人とお話ができるなんて、すごい光栄。

 みんな一度は憧れるよね。


 だけど、それが綾瀬先輩なら別だ。

 この宇宙人は、遭遇したくないタイプの宇宙人。


 見つけたら関わらないで、即その星から脱出した方がいい。

 そういう宇宙人。


「そっか、その様子だと本当に知らないのか……知りたい?」

「……別に」


 何の話か知らないけど、興味ないから。


「そっ、じゃあ言うね。あのサッカー部のキャプテンのことなんだけど、実は──」


 ゴニョゴニョゴニョ


 ……えっ?


「フフッ、ねっ?」



 先輩、それって……

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