第37話 綾瀬先輩さあ

 次の日。

 今は学校。

 そして、みんなお待ちかね、お昼の時間。

 いつも通りだよ。


 それで、今日は食堂にいる。

 そろそろうどんが食べたくなってさ。

 我慢できなくなったんだ。


 一人で食堂っていうのは、歴戦の僕でも危ぶまれる。

 大勢の中、1人で食べるのは色々と厳しいからね。


 そういうのが平気な人もいるけど、残念ながら僕はまだそのレベルには至ってない。

 うん、日々精進するよ。


 って、ことで……


 コトッ


「──おまたせ、冬木君。またうどん?」


 綾瀬先輩と来た。

 

「まっ、かく言う私もラーメンしか頼まないんだけど」

「遅いよ、先輩」


 麺が伸びたらどうしてくれるのさ。


「ごめんね、結構込み合ってて。でも私が来るまで待ってくれたんだよね?」


 それはそう。

 自分から誘っておいて先に食べるなんて失礼なこと、僕はしないよ。

 例えそれが先輩であってもね。


「フフッ、冬木君は優しいね」


 綾瀬先輩。

 僕が食堂に行きたいって言ったら快くOKしてくれた。


 普段は僕に付きまとうストーカーみたいな人だけど、こういう時は正直助かる。

 いつもは迷惑してるけど、先輩もたまには役に立つ。


「じゃ、食べよっか? いただきます」


 僕も、いただきます。っと


 ズズズズ


 僕らは各々、目の前にある麺をすする。


 綾瀬先輩の前ですするうどん。

 つゆがさっぱりしてて食べやすい。


 麺も細すぎず、かと言って太すぎず、僕の崇高な基準にマッチしてる。

 味は至ってシンプルだけど、それが返って洗練されてるようでまた良い。


 久しぶりに食べたのもあってか、やっぱり美味しいよ。


「んっ、ここのラーメン、学食にしては結構本格的。お店のとも負けず劣らず……冬木君も今度食べてみたら? 美味しいよ」


 まあ、そのうち。


「フフフッ、うどんに夢中だね。あっ、何だったら私のを少し──」

「いらないよ」


 今はうどんを食べるんだ。

 そんな時にラーメンなんて味の濃いモノを口に入れたら、口の中がそれで上書きされてしまう。

 そうなった場合、うどんが素直に食べられなくなる。


 はあ、綾瀬先輩さあ……

 そんなことも分からないなんて。

 ホントに今年受験生?

 先輩もまだまだだね。


 ズズズズ


「ところで冬木君ってさ、篠宮さんだけじゃなくて、私のことも避けてるよね?」


 そうだっけ? すっとぼけ。


「あそこまで露骨にされると結構悲しいんだけど……」


 うん、だって僕、先輩のこと嫌いだし。


「そんな照れ屋の冬木君が、今日は食堂に誘ってくるなんて、一体どういう風の吹き回し?」


 別に、他に誘う人がいないってだけ。

 言わせないでよ。

 他に意味なんてないから。


「あっ、もしかして私にお姉さんのことを教える気になったとか?」

「どうしてそうなるんだ、しつこいよ」


 黙って食べなよ。


「そっ、残念……はあ、せめて通ってる高校だけでも分かれば、まだ何とかなるんだけどな〜」


 ほらっ、今の聞いた?

 絶対ヤバいよ、この人。

 教えたらどうなることやら。

 

「頼みの冬木君がこれじゃ、もう自力で探るしかないか~……あっ、お姉さんの写真とか貰えない? できれば制服を着てる時のとか……」

「ないよ。例えあっても先輩には渡さない」

「ふ~ん、ケチ」


 なんでそこまで姉さんに執着するんだ。

 なんでそんなにお友だちになりたいのさ。


 たしか姉さんは、『こう見えて自分はモテるんだ』って自分でも言ってたけど、まさか、モテるってそういう……


 むむっ、って言うことは、篠宮さんもそういう……

 たしかに姉さんについて色々聞いてきた。

 いま振り返るとアレはそう言うことなんじゃないかって……


 いや、それどころか、今まで僕にちょっかいをかけてきた女子たちも。

 まさか全員、姉さんを狙って?


 全員が全員、姉さんとお友だちになりたいがために……

 そんな、僕はまた知ってしまった?

 知りすぎかな?

 

「そう言えば最近、篠宮さんいないね」


 ピクッ


「あんなに仲が良かったなのに。あれからずっと?」


 そうだけど……


「ふ~ん、なんだか寂しくなっちゃったね。もしかしてその目の傷が関係してたりする?」

 

 うん、言いたいくないから、無視しよう。


 ズズズズ


 僕は再度うどんをすする。


「まっ、別にいいけど。そこまで興味ないし」


 なら聞かないでよ。


「フフフッ……」


 それで、さっきから何を見てるのさ?

 小さな紙を見つめてニヤニヤしちゃってさ

 

 って、あっ!

 それってまさか姉さんの写真?

 この人、いつの間に……


「この前、駅でたまたま見かけたんだ〜。制服じゃないのが残念だったけど」


 はあ、綾瀬先輩さあ……

 さっき写真欲しいって言ってたよね。

 でもすでに1枚持ってる。


 あと普通に盗撮だよ、それ。


「はあ、冬木君のお姉さん、やっぱり綺麗……」


 なにうっとりしてるのさ。

 気持ち悪いよ。


 っていうか、


「ちょっと、人の姉の写真を勝手に撮らないでよ」


 スッ


「ダメ」


 サッ


 くっ、かわされた。


「フフフッ、お姉さんさー、私のこと何か言ってなかった?」

「なにかって、なに?」

「なんでも。可愛いとか、また会ってみたいとか、何でもいいから。何か言ってなかった?」


 ホント、この人はそればっかり……

 もういい、諦めよ。

 今に始まったことじゃないし。


「別に。どんな関係なのか少し聞かれたくらいで、先輩のことについては何も」


 人の好みとかは知らないけど、色々似てるからね、僕と姉さん。

 だから先輩にそこまで興味ないと思うよ。

 

「そもそも、一回会ったくらいじゃどうにも思わないよ」

「そっ。今のところ脈なしか。はあ……」


 先輩、深くため息なんてついて。

 分かりやすく落ち込んでる。

 姉さんのことになるといつもこう。

 悩める女子って感じを全面に出してくる。


 そんな顔されても、僕には何もできないし、何も教えないよ。


「だけど私、絶対に諦めない。また冬木君のお姉さんと会って、それで絶対仲良くなってみせるから」


 これはひどい。


「それで……フフフッ、冬木君も応援しててね。もしかすると私が未来のお姉さんになるかもね。そうなったらよろしくね、ゆう君♡」


 〰


 ゾ、ゾクッ……


 いや、ちょっとなに今の、聞いた?

 すごい鳥肌モノなんだけど……


 いや、流石にそれはちょっと。

 あり得ないし、絶対嫌だ。


 ……でも、

 先輩はすごいよね。

 ブレないっていうか、自分本位っていうか、ただの自己中っていうか。


 気になった人には全力で、自分の行いを一切迷わない。

 なぜか自分に絶対の自信を持っている。


 正直、そんな先輩をちょっと羨ましいと思う自分がいる。


「……綾瀬先輩」

「んー? なーに?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「聞きたいこと? いいよ。もうお姉さんなんだから、何でも聞いて?」


 それが……







 ──その後、

 綾瀬先輩と別れだ僕は、自分の教室に。


 ガラッ


 ……やっぱりいる。

 室内には篠宮さんと、もう一人。

 僕じゃない、別の男。


 上履きの色からして、やっぱり3年生だ。

 教室に1人だけ上級生がいるのって、なんかすごい違和感。


 綾瀬先輩の時もそうだけど、下級生のクラスに何の用なんだ。


 とりあえずドア付近にいてもアレだし、自分の席、前の方に座る。


 後ろからでも話し声が聞こえる。

 と言っても、3年の人が一方的に話してるって感じ。

 やけにフレンドリーに接してる。


 でも相変わらず篠宮さんに生気はない。

 後ろから返事が全然聞こえない。


 何を話してるんだろう。

 他のグループの雑音もあるから、内容まではよく拾えない。


 まあ、今の篠宮さんは色々あって傷心中だからね。

 お友達いる時でさえそうなんだ。

 ナンパしようとしてるところ悪いけど、たぶん無理だと思──


 ──フフッ


 えっ……


 笑った……?

 今、後ろから篠宮さんの声が……


 そんな、


 口元が、少し緩んでる。

 3年の人の方を向いてる。

 塞ぎ込んでたはずの、篠宮さんが……


 ……あっ、まずい


 クルッ


 危なかった。

 一瞬見てたのがバレるところだった。

 バレてないといいけど。


 ……でも、


 えっ……



 えっ……?

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