第35話 これで終わり

「──かわいそうに。とんだ災難だったね」


 今はお昼休み。

 教室で食べてて、なぜか綾瀬先輩もいる。

 なぜかこの人と一緒に食べてるんだ。


 綾瀬先輩。

 紙パックにストローを差して、チュー


「で、どうして篠宮さんのこと無視してるの?」


 はあ、この人、さっきからソレばっかり。

 完全にこっちに興味を持ってる。

 ドロドロな昼ドラを聞かされる方がまだマシだよ。


「……もう片方もやるって言われたんだ」


 僕をボコった不良……

 もし忠告を破ったら、左目も同じようにしてやるってさ。


「ふーん、それで? 不良に脅されたから? 言いつけ通り守ってるんだ」


 ……そうだよ。


「怖い?」


 それは、そう。

 怖いに決まってる。


 たださえ右目がこんな状態なのに、左目まで何かされたら……

 ゲームのラスボスみたいになっちゃう。

 分かるよね、そうなったら流石に生きていけない。


「不良に脅されたくらいであっさり諦めるんだ。ふ~ん、冬木君の気持ちって、案外その程度だったんだ」


 他にどうしろって言うんだ。


 ……もういい。


 ガタッ


「あれ? 冬木君、どこに行くの? お手洗い?」


 先輩といたら気分が悪くなる。

 だから出て行くだけだよ。



──やけに煽ってくる綾瀬先輩を教室に置いて、僕はお手洗いに。


 レモン石鹸バシャバシャバシャ。

 うん、手が綺麗になった。

 ハンカチでフキフキ水を拭き取って、


 戻ろう、教室に、


 廊下を歩く僕。


 ……はあ、綾瀬先輩まだいるよね。

 あの人は毎回ギリギリまで教室に居座ってるから。


 そう考えると億劫。

 今は誰かといたい気分じゃない。

 なのに、あの人と来たら……


「──ふ、冬木くん……」 


 この声は……


 でも、


「待ってよ、冬木くん……」


 ピタッ


「なに? 篠宮さん」


 今さら僕になにか用?


 放っといてって、前に言ったはずなんだけど。

 それをなんでまた話けてくるの?


「……もう、嫌だよ」


 声が、震えてる。


「なんでずっと無視するのかな?」


 かなり弱ってる。


「分からないよ……冬木くんがなんで私を無視するのか、私バカだからどんなに考えても何も……お願い、私が何かしたなら、教えてよ……」


 別に。

 篠宮さんは何もしてない、何も悪くない。

 だから早く忘れてよ。


「アレかな? 少女モノのアニメをしつこく勧めたこと?」


 違う。

 

「冬木くんのことをシスコンだって言ったことが、そんなに?」


 違う。

 いいや、やっぱり違くない。


「冬木くんのこと可愛いって、それかな?」


 それも。


「下校中、何かと冬木くんの肩にくっつこうとして……それで、ちょっとだけ冬木くんの匂いを……ごめん、嫌だったよね」


 なにそれ……


「何が悪かったのかな……だって、心当たりがあり過ぎてわからないよ……」


 ……色々言いたこともあるけど。

 ごめん、全部的外れ。


「ごめん冬木くん……やっぱり私みたいな変な女、うっとおしいよね……やっぱり綾瀬先輩やお姉さんの方が……」


 でも、


 ……チッ


「──しつこいよ」


 いつも、いつもいつも。

 ホント、そればっかり。


「えっ……?」

「しつこいって言ってるんだ!」


 ビクッ⁉


 今、僕は一体なにを……

 急に廊下のど真ん中で声を荒げて。


 篠宮さんも怯えて……


 ……いや、ああ、もうどうでもいいや。


「放っておいてってあれほど言ったのにっ、何で話しかけてくるのさ!」


 ホントにもう、いい加減にしてよ。


「篠宮さんはさ、僕のことを憐れんでるんだよね? いつも一人でいる僕を、友達のいない僕を、こんなにも根暗な僕を」

「な、何を言って……」

「だからこうやって僕に関わろうとして……そんなの余計なお世話だ!」

「ち、違う……」

「違わないよ! 篠宮さんもどうせ他のヤツと! ギャルたちと同じなんだ! みんなと一緒で僕を陰で笑ってるくせに!」

 

 この傷を隠してるのがそんなに面白い?

 いつも隅っこにいるのがそんなに笑える?

 別に好きでこうなったワケじゃないのに。

 なのに、なんで周りからクスクスされなくちゃならないんだ。


「陰で笑ってるくせに。そのうえ僕に絡んできて……これまでも結構いたけど、一体どういうつもりさ!」

「い、意味がわからないよ……さっきから冬木くん何を言って……」

「こういうのはもううんざり。そう、うんざりなんだ」


 それに、


「正直ちょっと、ううん、かなりウザい」


 うっとおしいよ、篠宮さん。


「っ……そう、だよね」


 そうだ、これでいい。

 これでいいんだ。


「篠宮さんはさ、この目のことでずっと負い目に感じたんだよね」


 だから僕に何かと絡んでた。


「だったら、もう無理しなくていいよ。こんな傷、もう痛くも何ともないから。とうの昔に終わった話だから」

「そんな……違う、私は……」

「違わないよ。篠宮さんが最初、僕を気にかけてくれたのはこの傷があったからだ」


 げんに篠宮さんは、僕に謝罪する機会をずっと探ってた。

 謝るために僕に接近してた。


「こんな傷なかったら、あの日がなかったら、僕との関わりはない。篠宮さんにとっての僕なんて、本来その程度」


 昔ちょっと遊んだことがあるくらいの、全くの他人。

 今こうやって話すことはなかった。

 ただの隣の席の人。

 そう言えばあんな人いたねって、それくらいの関係性。


 それが一緒に映画を観たり、放課後勉強したり、挙句の果て告ろうなんて……


「僕としたことがどうかしてた。ちょっと話すようになったくらいで勘違いしてさ」


 こういうのは結構気を付けてたのに。

 勘違いだけはしないように注意してたのに


 でも結局このザマだ。

 なにさ、一人で勝手に舞い上がって。

 僕らしくない。

 ホント、今まで何やってたんだろう。


「今までがおかしかったんだ。お互い、まるで解けない呪いみたいに」


 そう、呪いだよ、これは。

 篠宮さんだけに効果がある、僕の呪怨。

 これがある限り篠宮さんは僕から離れられない。


 僕に縛られてる。

 だったら、改めて僕が解いてあげる。


「こんなの最初からない方がいい……もういいんだ。十分だよ、篠宮さん」


 一度関係を改めるいい機会だと思う。


「っ……そんな、嫌だよ」


 篠宮さんの目に涙がたまって、


「せっかくまた会えたのに、仲良くなれたのに、こんなのってあんまりだよ……」


 堪えきれずに溢れてきた。


「ねえ、冬木くん……私に何か言いたいことが、伝えたいことがあるんだよね?」

「……なんのことさ」

「ほらっ、この前、放課後に体育館裏で、2人だけでって……」


 ああ、アレか。

 アレは……うん、


「何でもない、忘れて」


 ただの気の迷い。

 冬の自惚れ。

 

 ホントに何でもないから。


「それじゃ、右目の件についてはもう済んだことだし。篠宮さんも僕に用はないはず」

「えっ……」

「さっきも言ったけど、これ以上は迷惑なんだ。悪いけど僕にはもう関わらないで」


 お互いのためにも最善。

 これが一番。


「篠宮さんはいいよね。僕と違って友だちがいるんだからさ。もう僕なんかに構わず、そっちを大事にしなよ」


 そうした方がずっと良い。


「そ、そんな、嫌だよ……っ……行かないで、冬木くん」


 これで終わり。

 はい、最終回。


「待って、冬木くん……私、冬木くんのこと……」


 ごめん。


「無理なんだ」


 もう一緒にはいられない。

 だから、さよなら。

 

 先に戻るよ。


「っ……冬木くん……冬木くん……」


 教室に戻る僕。

 背後から、震えたように小さく泣く、篠宮さんが。


「冬木、くん……っ」


 時おり、悲しそうに僕を呼ぶ声が聞こえる


 行かないでって、僕を止めようとする。


 だけど、


 『篠宮に関わるな』


 ズキッ


 振り返らない。







 ガラッ!


「──あっ、やっと戻ってきた。ずいぶん長かったね……もしかして気張ってた?」


 スッ


「……って、あれ? どうしたの? 戻ってきたと思ったら急にうずくまって。ひょっとしてまだお腹痛い?」


 ……篠宮さん


「震えてる?」


 篠宮さん、ごめん。

 

 僕は……


「……刻まれちゃった?」



 ホント、最低だ……

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