第30話 先輩じゃない

「おまたせ。はい、これ」


 僕は今、公園のベンチで座ってる。

 そして目の前には、先輩から差し出された缶コーヒー。


「……どうも」


 なんでコーヒーなの?

 しかもブラック。

 せめて青いヤツにしてよ。

 いや、くれるならありがたく貰うけどさ。


 プシュッ


 うう、苦い……

 ブラックってこんなに苦いのか。

 やっぱり飲めない。いらないや。


 先輩は……


 チラッ


「んっ」


 別に何ともなさそう。

 僕と違って顔をしかめることはなく、普通に飲んでる。

 コーヒーが好きなのか、普段から飲み慣れてる感じ。

 まだ中学生なのに、なんて大人なんだ。


 いや、そうじゃなくて、

 

「……綾瀬先輩」

「んー?」

「前にも言いましたけど、篠宮さんとはまだ……」

「ふ~ん、篠宮さんって言うんだ、あの子」

「えっ……?」


 なにそれ?

 まさか相手の名前すら知らずにそういうことに臨んでいたの?

 ホント、この人はどこまでも……


「篠宮さん、すごいよね。最初は結構大人しめな印象だったけど……関わってみると意外。私にああやって食ってかかったのは、あの子が初めて」


 それは、そう。

 明らかに驚いてたからね。

 篠宮さんを相手に後れを取っていたからね、先輩。


 って言うか、なんでそんなに関心してるの?

 何もできなかったくせに。

 涙目敗走したくせに。


「普通さ、彼氏が自分よりもずっと綺麗な人に迫られてたら、気後れして何もできないと思うんだけど。あの子のアレはちょっと……っていうか、かなり変」


 その言い分だと、自分が篠宮さんより可愛いみたいに聞こえる。

 随分ハッキリと言うね。


 その自信は一体どこから?

 言っておくけど、キミより篠宮さんの方が何倍も可愛いから。

 笑顔や仕草、ちょっと天然なところもあるけど、それもひっくるめて全部。

 他の人は知らないけど、少なくとも僕はそう思う。


 比べるのも失礼なくらいだ。


 たがら、


「僕にもう付きまとわないでください」

「んっ、いや」


 そう、篠宮さんがいるんだ。

 僕には篠宮さんが。

 先輩が入り込む隙間は一ミリもない。

 例えそうじゃなくても、先輩ことなんてどうも思わない。


「それに、そろそろ気持ちを伝えるつもりでいて……」

 

 僕の気持ちを、篠宮さんに……

 どこかの先輩と同じでハッキリ言わないとダメみたいだから。


「ふ~ん、すごいね」

「だから、今さら先輩が何を言っても、僕は──」


 コトッ


 缶コーヒーを置いた。

 この軽い感じの音は、まさか……全部飲み干した⁉


 なっ⁉


「それはもう何度も聞いた。それはさておき、私ね、分かるんだ。男の質っていうか、男の将来的な価値を見分ける嗅覚みたいなのが鋭くて」


 なにそれ、未来予知の人?

 エスパー綾瀬? 

 

「それで、気になる冬木君の診断結果はなんと……」


 ピロピロピロピロ……バーンッ!


 『未知数』:測定不能☆


「可能性は無限大。良かったね、きっと良い男になれる」


 なにそのガバ判定。


 違う、ただの出まかせだ。

 また適当なこと言って僕をたぶらかそうとしてるんだ。


「そっ、キミは特別」


 スルッ


 僕の右手を、両手で包み込むように、ぬるっと。

 突然なにを。

 勝手に触れないでよ。


「周りの男子とは明らかに違う。普通の人にはない、特別な魅力を内に秘めている。もしキミが本気になれば、それこそ私でも霞むくらい眩しくなる」


 今の聞いた?

 僕が魅力的だってさ、ふん。

 期待してるところ悪いんだけど、ないよ、そんなの。


「キミはまだ原石。今はまだ可愛いだけの、普通の男の子かもしれない。でもこれが、あと数年も経てば……フフッ、どうなるんだろうって」


 ……あっ、察し。

 この人、そういうのが好きなのか。

 うん、もう何も驚かないよ。


「実際、少し絡んでみると想像通り……ううん、それ以上だった。君はこれまでにあったどの男子よりも。私は間違ってなかったって、心からそう確信できた」


 ふーん、すごいね。

 何を根拠にそう言ってるのかは知らないけど、そこまで褒めちぎられると悪い気はしない。

 今まで誰にもそんなこと言われてこなかったからね。


 でもさ、それが綾瀬先輩なら話は別だ。

 全部嘘に聞こえる。

 僕を誘惑するための言葉並べ。

 本心をまるで感じない。


「はあ……それにしても良い子だね、篠宮さんって。ちょっと電波だけど」


 一言余計だよ。


「顔も普通に良い方。それでいて明るくて、友だちもいて、そのうえ冬木君までいる。比べて私は……はあ、ボッチ。人が集まるのは初回だけ。結局いつも一人になる」

「それって、単に先輩が悪いだけじゃ……」


 性格とか最悪だし。

 まずはそこから直していただければ……


「まあ、私は平気だからいいんだけども。それで、こんなにたくさん持ってるんだから、一つくらい私に譲ってもいいって思わない?」


 なにそれ?

 僕はアクセサリーか何か?

 

「そっ、私はいつも1人、体よく言えば一匹オオカミ。でもそれはキミも同じ……だってそうだよね? 冬木君もお友だち、いないよね?」


 ズイッ!


「うぅ……」


 いないよ、いないけど……

 そんなハッキリ言わなくても……


「ねっ? 案外、私たちって同類だと思わない?」

「お、思いません」


 思いたくもないよ。


「あんな明るい子はキミには似合わない。月と太陽は交わらない。それと同じように。彼女にするならあの子じゃなくて、私みたいなのの方がよっぽど似合ってる」

「だ、だからって……」


 先輩と付き合う理由にはならない。


「そっ」


 グイッ


 っ⁉


 な、なんか流れで押したされたんだけど……

 綾瀬先輩、急になにを……

 なにどさくさに紛れて……


 グググ……


「くっ……」


 意外とこの人、力が……

 って言うか僕が……

 ど、どうしよう、振りほどけない。


「フフフッ、年上はいや?」

「別に……」


 嫌じゃない。

 でも先輩は嫌だ。


「君の声、すごく惹かれる」


 頬がほんのりと赤い。


「この音、聞こえる? 今の私、すごくドキドキしてる」


 息づかいもなんだか……


「私ね、もう一々カウントするのも面倒なくらい、今まで色々な男子と関係を持ってきた。フフフ……誰かの男ってなぜか魅力的に見えるよね?」


 知らないよ。


「でも実際に付き合ってみると、正直微妙……」


 なにそれ、高級バックじゃないんだから。


「だけど冬木君。そう、キミとなら、キミとならそういう関係になりたい。そういうの抜きでも割と本気で」


「フフッ、ここまで本心を打ち明けたのはキミが初めて。自分のことをこんなに話したのはキミだけ」


「でも、もっと話を聞いて欲しい。私のことをもっと知って欲しい。汚いところも含めて全て、もっと、もっと、冬木君に知って欲しい」


 ……ん? なにそれ?


「それで私も、冬木君のことを知りたい。ねえ、普段音楽はなに聴いてる? フンチューブはどんなのを見てる? ドラマは? ゲーム以外の趣味は? それで? その目の傷はどうしたの? ねえ? これって恋だよね?」


 ……違う。


「そろそろ私もいいよね? 次はあの子じゃなくてわたしの番。ねえ冬木君。私を見て? もう私にしよっ? 私をヒロインに選んでよ」


 綾瀬先輩……

 ごめん、それたぶん違う。

 恋なんかじゃない。


 その話が本当なら、この人ってさ、もしかして……


「冬木君にとっても悪い話じゃないと思う。だって私より可愛い子なんて、そうそう──」


 ザッ!


「──あ~~っ! ゆうっ!」

「……えっ?」


 この声は……あっ、


「ね、姉さん……」


 げっ


「ア、アンタ……まだ中学生のくせに、こんなところで何を……しかもこんなまっ昼間っから、公園で堂々と……」


 アワアワ、アワアワアワ

 

 なんか思いっきり勘違いしてる。


「あっ、いや……姉さん、これは……」

「って、アンタその子! よく見ると前いた子と違うじゃない⁉ あの子は⁉ 篠宮さんはどうしたのよ⁉」


 はあ、うちの姉さんってさ。

 なんでこう、いつもタイミングが悪い時に出てくるんだろう。

 まためんどうなことになるよ。


「ま、まさかアンタ、その歳で浮気してるって言うの⁉……うそ、あんな可愛い子を放っておいて別の子と……な、なんてことなの⁉︎」

「冬木君の、お姉さん……?」


 ほらっ、綾瀬先輩も驚いてる。

 ……って、あれ? って言うかびっくりしてる。

 目も何だかいつもより見開いてるし、口の形も普通になってる。


 そっか、流石の先輩でも恥ずかしいのか。

 他人にこういうところを見られるのは。


「まあ、我が弟ながら呆れた……ついこの間まで何にも知らないお子様だったのに……へ、へえ……最近の中学生って進んでるのね」

「ち、違うよ姉さん」


 これは……


「そこのあなたもよ! なにうちの弟と勝手に──」


 ビクッ⁉


「……あっ、怖がらせてごめんなさい……ちょっとこのバカ借りるけど、いい?」

「へっ……? は、はい……」


 話を聞いてよ……


「姉さん違う、だからこれは──」


 ガシッ! グイッ!


「痛っ! ちょ、ちょっと姉さん⁉」


 なにするのさ⁉


「お黙り! 今からアンタを家に連れて帰る! そんで帰ったら母さんと一緒にお説教よ!」


 ズルズル、ズルズルズル


「は、放して! 力強いよ!」

「うっさい! アンタはしっかり前を見て歩きなさい!」

「これじゃまともに歩けないよ!」

「全くもう、この子ったら、いつの間に女遊びなんて覚えて──」


 ね、姉さん……

 歩きづらいから。

 僕の頭を脇にはさんで無理やり連行しないで。


 ズルズル、ズルズルズル



 やめて、すごく痛いから。

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