第29話 ルンルンルン♪

 ──キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン


 誰よりも待ち焦がれたチャイム音。

 今日はこれで終わり、ってそういう合図。


 帰りの会も早めに済ませて、はい、今日も一日お疲れさま~。


 グッ、グッと。


 よし、準備完了。


「じゃあ、冬木くん。私は明代ちゃんたちとちょっとした予定があるから、今日はこれでお別れだね」

「うん、篠宮さん。さよなら」

「さようなら。一応、帰り道には気を付けるんだよ」

「分かってる。校門を出るまでは要注意、だよね?」

「うむ、分かっててよろしい。早く帰りな」


 大丈夫。

 ちゃんと言いつけ通り一人で帰れるから。

 心配しなくても大丈夫だよ。


 篠宮さんは今日、友達と何やら外せない用事があるらしい。

 友達のいない僕はそういうのとはまるで無縁の人生。

 だからこのまま遠慮なく帰らせてもらうよ


「それじゃ、篠宮さん。また月曜日」

「うん、また来週だね」


 バイバイ~


 ガラッ


 さてと、お別れも済ませたことだし、廊下をダッシュ! 


 転ばないようリズミカルに階段を下りて、下駄箱へ。


 靴ひもをギュッ、ギュッ

 よし、これで解ける心配はない。


 サッ、できる限り存在感を消して、素早く校門を出る。


 サッ、サッ


 チラッ


 一度周囲を確認。

 前方、後方、右左、上下、敵の姿は見当たらない。

 うん、どうやら今日もいないみたい。


 それじゃあ……っ!


 帰宅部、始動! 僕ねもう帰る。



 そして、ルンルンルン♪ 


 今の僕、なんだか解放感に満ちている。

 それもそうだよ。

 だって学校が終わったんだから、誰だってこうなるよ。

 今のは僕はまさに自由そのモノ。

 うん、誰の邪魔立ても許さない。


 あれ? なんか楽しくなってきた。

 まるで無人島に一人でいるみたいな感覚。

 周囲に人がいないからってのもあるけど、今の僕、絶対変なテンションだ。


 まあいいや。


 それにしても、綾瀬先輩。

 あれから一週間が経つけど、篠宮さんの厳重な警護のおかげで、僕のところに一切来なくなった。

 例の作戦、その効果は抜群みたいだ。


 まあ、仮に接触を図ろうモノなら、それは同時に篠宮さんとの対面を意味する。

 移動教室はおろか、トイレまで一緒に行ってるワケだし。


 篠宮さんってば、綾瀬先輩を見つけるたび威嚇するんだ。

 ちょっとでも視界に入ると、キッ!って。

 もう親でも殺されたのかってくらい。


 本人にとっては大真面目なんだろうけど、はたから見ると完全に頭のおかしな人。

 篠宮さんらしいと言えばそれまでだけど、まさかの攻略法。

 流石の先輩でも手に負えないだろうね。


 だから最近はすっかり姿を見なくなった。

 もう転校してしまったじゃないかってくらい、気配をまるで感じない。

 流石に諦めた?


 でもそれはそれで、逆に怖かったりする。

 このあっさり感が逆に。

 だって、あんなにしつこかったから。


 ちょっと不気味さはやや残ってる。

 だけどこれは、僕たち──いや、篠宮さんの一人勝ち。


 綾瀬先輩。

 今回は相手が悪かったね。

 だって相手があの篠宮さんだから。

 ふん、今度からケンカを売る相手はよく選んだ方が良いよ、ふん、ふん。


 それで、今は見ての通り一人で帰ってる。


 そりゃあ、篠宮さんと帰る方が楽しいよ。

 好きな子と一緒に帰るんだから、こんなに幸せなことはない。

 なにより、篠宮さんといるとそういうの抜きにしても純粋に楽しい。


 でも、だからと言って1人で帰るのも別に嫌いってワケじゃない。

 ランニングの時もそうだけど、僕って散歩とか意外と好きだったりする。

 こうやって家を目指しながら、色々ボーっと考えるのが楽しかったりするんだ。

 

 自分の世界へ逃避。


 しかも、なんたって今日は金曜日。花金?

 一週間の楽しみといったら、やっぱりこの金曜日の残りと土日に限る。


 どれくらい楽しみかって言うと、このために学校に行ってる言っても過言じゃないってくらい楽しみ。

 そう、すでに僕の休日は始まっているんだ


 ルンルンルン♪

 

 帰ったらまず何をしようかな。


 まずは宿題を早めに終わらせて、心残りのない完全な自由を手に入れる。

 そうするのしないのとじゃ、休日の質がかなり変わってくるからね。

 だから帰ったらまずは必ず宿題に取りかかる。

 それが僕のライフバケーション。

 

 宿題に関しては、篠宮さんは計画的にやる派らしいけど、僕は一気にやる派。

 実際、どっちがいいのかはよく分からない。

 でも、少なくとも最終日ギリギリになって、ヒーヒーなるよりかは全然マシ。


 それまでのストレスも凄そうだし、そういうのって基本徹夜になるしで、あまり健康的にも良くないと思うんだ。

 姉さんを見てると余計そう思うよ、反面教師。


 ごめん、話がそれた。

 それでその後は、姉さんとゲームでもしようかな。 

 まあ、姉さんが受けてくれればの話だけど


 となると、ちょっと特訓しておいた方がいいかもしれない。

 ああ見えて姉さんは手ごわいからね。


 それか、映画を観るか。

 サメ映画がたくさん溜まってるから、この休日でいくつか消化しておこうかな。


 ザ・シャーク3D

 スーパーシャークマン2

 シャークアンvsシャークデター


 う~ん、どれを観ようかな。

 今度、篠宮さんにオススメしようと思ってるんだけど、どれがいいかな。


 あっ、そう言えば、篠宮さんにずっと勧められてるアニメがあったんだった。

 深夜アニメだからちょっとためらってたんだけど、そろそろ手を付けてみようかな。


 中学生だからね、別にそういうのを見ても良い、って僕は思うんだ。


 篠宮さんいわく、かなり面白いそうだし。

 タイトルはたしか……そう、マジカルマリ──


「──やあ、冬木君」


  〰


「えっ……」


 前方に、綾瀬……先輩?


 な、なんでこんなところに?

 ここはもう学校じゃなくて、すでに校門からほど遠い僕の下校ルート。


 こんな人が、こんな所にいるはずがない。


 電柱に背中を預けて、両手を制服のポッケに突っ込んでる……

 まさか、そのポーズでずっと待機していたの?

 僕が来るまで……


「久しぶり。待ってたよ」


 ス、ストーカー……?


「ちょっとあっちで休憩しようよ」


 先輩が親指で、クイッ


 先輩がクイッした方向。

 あの公園は、


 ……なるほど、そこで決着をつけようってことか。


「コーヒーでもおごるからさ」


 いいよ。

 最後はやっぱり僕が。

 ここまでありがとう、篠宮さん。


 ザッ!



 あとは自分でなんとかするよ。

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