第25話 なんか来る

 ──キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン


 これは4時間目の終わりを告げる音。

 みんなの大好きな音だ。

 

 ふぅ、ようやくご飯の時間。

 来たか、僕もうお腹ペコペコ。


「じゃあ、冬木くん。私は明代ちゃんのところに行ってくるからね」


 隣の席の篠宮さん。


「うん、行ってらっしゃい」

「フフッ、わたしがいない間、ちゃんと良い子にしてるんだよ?」

「篠宮さんこそ、廊下で転ばないように気を付けてね」


 何かとそそっかしいからさ。

 

「フッ」

「……ふんっ!」


 ガラッ


 篠宮さん、教室から勢いよく出て行った。

 お友だちと一緒に。


 さて、一人残された僕は教室でゆっくりしようかな。


 そうだよ。

 今日は水曜日だから、篠宮さんは友だちと食べる日。

 それは同時に、僕が一人で食べる日でもあるんだ。


 大丈夫、別に気にしなくいいよ。

 だって週に3日はこうやって1人で食べてるワケだし。何気に。

 そもそも前まではいつもそうだったから。


 他の人はどうなのか知らないけど、僕は1人でも平気。

 流石に大勢のいる食堂はちょっとアレだけど、教室でこれくらい人数なら全然気にならない。


 中学生になって気づいたんだけど、実は僕って一人でも平気なタイプ?

 これって一種の才能?

 まあ、篠宮さんがいるんなら、それに越したことはないんだけど、ね。


 ……でも実は、最近ちょっと違う。


 コトッ


「──冬木君、来たよ」


 ……やっぱり来たか。


 3年、一学年上の綾瀬あやせ先輩。


 綺麗な黒髪に、りんとした顔つき。

 どこかミステリアスな雰囲気を漂わせてる


 胸元を少し開けて、短めなスカート。

 その全貌や否や、まだ中学生のはずなのに、すでに女子高生みたいな風格をまとっている


「フフッ」


 あとさ、顔がなんだか得意げっていうか。

 口元がヘニョヘニョになってるっていうか。

 なんか常に、 〰 ってなってる。


 こう言っちゃなんだけど、ほんわかしてる篠宮さんとはまた対照的な感じだ。

 

「美味しそうだね、それ。冬木君が作ってるの?」

「いえ、母ですけど……」


 まだ何も言ってないのに、勝手に座る。

 いつも無断で。


「そっか。いいね、私はいつも学食か購買のパン。お弁当はたまーにしかないから」

「……そうですか」


 姉さんの友達にいそうな、正直、僕の苦手なタイプ。


「そう……フフッ」


 あっ、まただ。

 そのクスッと笑う顔。〰

 これが年上の魅力ってヤツなのか、僕には分からない。


 邪魔になった髪を後ろに流して、こっちを覗き込むように見てくる仕草。

 アレだ、恋愛モノとかでよく見る露骨なヤツだ。


 そんなに邪魔なら、篠宮さんみたいに三つ編みにすればいいのに。


 あとどこか勝ち誇ったような、人をあざ笑ってるみたい。

 まるで世の中は何でも自分の思い通りになると思ってるみたいな。

 裏があるようでどうも苦手なんだ。


 で、なぜかその綾瀬先輩が、お昼休みなると僕のところにやってくる。

 それも決まって、篠宮さんがいなくなったタイミングを見計らって。


 篠宮さんのいない月水金。

 3年生がわざわざ下級生の教室に来てご飯を食べる。

 そんなの変、絶対おかしいと思う。


「冬木君って、休みの日は何してる?」


 こうやって篠宮さんに机を持ってきて、向かい合わせにして座ってくる。

 篠宮さんと同じことをやってくる。


「好きな曲は? ドラマはなに観てるの?」

 

 人の席に許可もなく座るなんて、陰気な僕には到底できない。

 僕とはすでに価値観、人種が違う。

 しかもそれがよりにもよって篠宮さんの席


 うん、ちょっと腹が立つよね。


「フンチューブはどんなのを見てる?」


 こういう時にズバッと拒否できると良いんだけど……

 あいにく先輩相手に断る勇気なんて、僕は持ち合わせていない。

 こうやって向かい合って食べるしかない。

 黙って食べるしかない。


 だから勘違いしないで。

 別にこの人と一緒に食べたいワケじゃないから。


 にしても、なんで面識もない僕に。

 最初の時もいきなりだった。

 いきなりこうやって僕のところにやってきて、一緒にご飯を食べようとしてきた。


 さも友だちであるのかのように、当たり前に。

 最初来た時、えっ?って、頭の中がずっと?だった。

 

 一体何のつもり?

 ひょっとして僕のこと好きなの?

 僕を狙ってる?

 仮にそうだとしても、僕には篠宮さんがいるんだ。

 今さらモテ期なんていらないよ。


 そもそも、僕には普通の女子と話す話題なんてないし、ただ気まずいだけ。

 これなら一人の方が全然マシ。

 言っちゃ悪いけど、早く帰ってくれないかな。

 変な噂が立たれても困るし。


「あっ、そうだ。明後日は学食にしようよ。私、冬木君と学食行ってみたいな」


 すでに篠宮さんがいない日を把握されてる


「いや、それはちょっと……」


 学食には篠宮さんがいるから、ちょっとやめて欲しいです。


「そっか、残念」


 モグモグ……モグモグ……


 うぅ、なんか食べづらいし、飲み込みずらい……

 知らなかったよ。

 篠宮さん以外と食べるご飯がこんなに辛いモノだったなんて、思いもしなかった。


 これじゃ、午後の授業に支障が……


「あっ、冬木君。口元にご飯ついてる」

「……えっ?」


 ん? どこ?

 別に何もついてないけど。


「フフッ、違う。こっち。こっちのほ〜っぺ」

 

 チョン


「あっ」

「んっ、これは冬木君の味だ」


 先輩、何してるのさ。

 この人いま、僕の食べカスを指でかすめ取って、そのまま……


「フフッ、美味しいね」


 ザワッ、ザワザワッ


 どうしよう、なんか周りからすごい視線を感じる。

 なんだか白い目で見られてる気がするんだけど……

 こんなんじゃまともに食べ物が喉に通らないよ。


 それに、こんなところを篠宮さんに見られたら、なんて思われるか……


 カタカタカタ


──じゃあね明代ちゃん! 友ちゃんが暴走しないように、ちゃんと見張っておくから安心してね!


──ああ、しのぶ。任せたぞ


──ちょっ⁉ 何ですか2人とも⁉ 私がさも危険人物であるかのようなその扱いは⁉ 人権侵害ですよ⁉


 ガラッ!


 あっ、戻ってきた。

 篠宮さんが食堂から帰ってきた。


「やあ、冬木くん! いま戻ったよ!……って……へっ?」


 まあ、こうなるよね。

 ごめん、篠宮さん。

 ついに見られてしまった。もう最悪。


「……持ち主が返ってきたか。じゃあ私も戻るね」


 クルッ


 はあ、やっと帰ってくれる。

 もう色々と手遅れなんだけど。


「あっ、そうだ。冬木君」


 ……ん? なに?

 席を離れた綾瀬先輩が僕のところに、


 腰を低くして、


 チュッ


「えっ……」


 えっ⁉ 頬に柔らかな衝撃⁉


 ほっぺにキスされた⁉

 まさか僕のほっぺが⁉


「んっ、続きはまた金曜日に……ね?」


 なんで微笑んでるの?

 その唇に指を当てる仕草は、一体……?


「フフッ、またね」


 ガラッ

 

 なんで最後に誤解を招くような言動を?

 なんで?

 なんでそんな篠宮さんに見せつけるみたいに?


「し、篠宮さん……違うから、そんなんじゃないから。今のは先輩が勝手に……って、ん?」


 

 あっ、止まってる。

 篠宮さん、完全に停止してる……

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