第24話 シスコンらしい
「それで、僕の顔くらいの大きな茹で卵があってさ、それを食べようと中を開いてみたら、黄身がドブみたいな色で濁っていたんだ」
「えっ、なにそれ、気持ち悪……」
「中にはさらに小さなゆで卵がいくつもあるんだけど……突然、『腐ってるよ、それ』って後ろから誰かに言われてさ。それで目を覚ましたんだ」
「うへえ~、嫌な夢だね」
「うん。で、実はちょっと食べちゃったんだよね、白身。言われてみればなんか変な味だった。確かに腐ってたよ」
「やめてよ」
今は学校が終わって下校中。
いつも通り篠宮さんと楽しくお話しながら帰ってる。
最近、めっきり寒くなってきた。
本格的な冬の時期の到来。
暑い夏よりかはマシだけど。
篠宮さんとの下校。
初期の頃は緊張ばかりの僕だったけど、今ではこの光景もすっかり身に馴染んでる。
うん、これが僕の日常。
「で、これは比較的最近の話なんだけど──」
「……ねえ、冬木くん」
「ん、なに? 篠宮さん」
急に人の話をぶった切ってさ。
「少し言いにくいんだけど……」
「ん? 僕に聞きたいことがあるならなんでも聞いてよ」
篠宮さんのためなら何でも。
遠慮なくどうぞ。
「じゃあ……冬木くんってさ、その……お姉ちゃんっ子だよね?」
「……は?」
なにそれ?
この子、急に何を言ってるんだろう?
「いや、全然違うけど」
「うそ、絶対そうだよ。だって冬木くん、話してる時によくお姉さんが出てくるもん。お姉さんのことになるといつも楽しそうにしてるし」
「してないよ」
それは僕が、篠宮さんと違って友達がいないからだ。
話題に出せる人物が極少数に限られてるだけだよ。
「だって毎日お姉さんに起こしてもらってるし、それに週一でお弁当も作ってもらってるんだよね?」
「それは、まあそうだけど」
「だよね。普通の姉弟にしてちょっと仲が良すぎるって、私は思うんだ」
違う、違うよ篠宮さん。
前も言ったけど、お弁当は軽い実験台みたいなモノ。
僕で色々試してるんだ。
起こしてくれるのだって、僕の大事な布団を剥ぎ取って、こっちの反応を面白がってるだけ。
あんなの、僕の幸せ空間を破壊する邪悪の化身。
愛情でも何でもない。
ただの悪趣味だよ。
「そっか、そうだよね。だって冬木くん可愛いもん。こんな可愛い弟がいるんなら、そりゃあ可愛がりたくもなるよ。はあ……」
「いや、だから可愛いとかは……」
「はっ⁉ まさか一緒にお風呂入ってるのかな⁉」
「入ってないよ」
一緒に入ってたのは小学校低学年くらいまで。
今はちゃんと一人で入ってる。
ホントだよ。
はあ、篠宮さん。
姉さんのことになるとなんでいつもこうなるのかな。
ちょっとウザいよ。
「たしかにゲームはよく一緒にするよ。時間がすぐ過ぎちゃうから、お互いに気を付けようってくらいにはやってる」
どっちも自分の方が強いと思ってるから、そりゃあ、よくケンカにもなる。
酷い時は一階にいる母さんに怒鳴られる。
「姉さんは昔からそうなんだ。いつも僕の邪魔ばかりするし、よくからかってくる。あんな姉を持つ僕の身にもなって欲しい」
いつもそう。
独りの僕を気遣ってるのか知らないけど色々やってくるんだ。
僕はいいって言ってるのに、当の僕のことなんてお構いなし。
ホント、自分勝手な姉で困ってるよ。
何かとちょっとかいの多い、めんどうで嫌な姉。
「……でもまあ、そうだね。あんなんだけど、慣れると良い姉さんだよ」
本人の前では絶対に言わないけど。
「ほら、やっぱり! 冬木くんお姉さん大好きだよ!」
むっ、篠宮さん。
そんなに僕をシスコン認定したいのか。
なにさ、別にちょっと身内を褒めたくらいでさ。
これは温厚な僕でも、流石にカチンと来るよ。
「篠宮さん! 僕のことばっかり! そう言う篠宮さんはどうなのさ」
「……ん? なにかな?」
「好きな人だよ。誰か気になる人とかいないの?」
女子なんだからさ、そういう話は好きなんでしょ?
ほら、恋バナ投下だよ。
そっちがそうくるなら、僕だって聞いてあげる。
「で、どうなのさ?」
「えぇ……冬木くん、なんか食い気味……」
「うん、だって気になるし」
「そ、そんなハッキリ言わなくても……」
別に今さら隠す気なんてない。
そうだよ、僕はガンガン行くよ。
それで、そこのところどうなの?
篠宮さん。
ジ~ッ
「えっ、えっと、その……」
ジ〜ッ、僕、ジ〜ッ
「……い、いる、かな」
……そっか。
まあ、篠宮さんだって年頃の女の子なワケだし、気になる人くらいいるよね。
正直言ってクラスで篠宮さんが一番、いや、ダントツでそう。
今まで誰とも付き合ったことがないらしいけど、実際、僕といま下校してるのが奇跡だと思う。
「うん、いるよ……いる……」
まあ、中学生だしそんなモノだよね。
そっか、そうだよね。
それで、その気になる人ってのは、その──
「そういう冬木くんは? 気になる子とかいるのかな?」
「……へっ?」
なにその返し? えっ?
「あっ、その反応……もしかしてクラスにいたりするのかな?」
いや、見れば分かるよね?
どう考えてもキミだよ、篠宮さん。
今まで何度も可愛いって言ってきたし、何ならキスしようともした。
失敗したけどさ。
普通気づくと思うんだけど……
もうバレてると思ってたんだけど……
ちょっと天然すぎない?
あっ、もしかしてわざと?
仕返しのつもりでわざと聞いてる?
じゃあ、
「篠宮さんには教えない」
ふんっ
「え~、なんで勿体ぶるのかな? 教えてよ。私も言ったんだし、不平等だよ」
「いや、篠宮さんがなんと言うと、僕は教えないよ」
そのうちハッキリと伝えるから。
来るべき時に決める予定だから。
だからさ、期待しててよ。
「あっ、もしかして私の知ってる人だったりするのかな?」
「さあね。この件に関しては僕はもちろん、他の誰も知りはしないよ」
黙秘件の行使。
「えっ……じゃあやっぱり、お姉さん?」
「いや、だから姉さんは違うから。しつこいよ」
「え~、でも他に当てがないし……じゃあ、お母さん?」
篠宮さん……
まあ、確かにそうだけど。
篠宮さんの言う通り、女の子と接点なんて篠宮さん以外ない。
逆にそれが超特大大ヒントなんだけど、なんで分からないのかな。
やっぱりからかってる?
ギャル宮さんなの?
「……あっ、ギャルと言えば、たまに姉さんが家に友達を連れてくることがあるんだけど」
「ん? お姉さんのお友達? ってことは女子高生?」
「そう。それで、その人たちによく絡まれるんだよね」
「えっ……」
あの人たち、僕を体のいいおもちゃか何かと思ってる節があって。
「篠宮さんには分かる? この恐怖が」
まあ、分からないだろうね。
急に知らない女の人たちに囲まれて、好き放題されるんだ。
2人に手足を拘束されて、もう一人が脇の下を、コチョコチョコチョ~って。
それで、ある程度満足したのかは知らないけど、しばらくすると姉さんの部屋に戻っていく。
力尽きた僕をその場に放置して。
ちょっと可哀そすぎない? 最近の僕。
姉さんの友達、山賊か何かかな?
なんか節操なさそうな感じだし。
僕の部屋にも勝手にズカズカ入ってくる。
ホント嫌になっちゃうよ。
「はあ、小学生の頃は隣の女の子によく消しカスを投げられてたし」
その点、私立はいいよ。
なんたって私立だからね、僕をからかうギャルめな女子はどこにいない。
みんなある程度は真面目。
まあ、逆に誰も話しかけてこないんだけど
ホント、篠宮さんと関わるまでの僕って、ロクな女性経験が……って、ん?
「どうしたの? 篠宮さん?」
急に黙っちゃってさ。
それにちょっと睨まれてるみたいで怖いんだけど……
「篠宮さん?」
プルプルプル……
「冬木くんっ!」
「ええっ⁉ な、なに⁉」
クワッ!
……最近思うんだ。
篠宮さんってさ、その、僕のことを可愛いペット。
最悪、マスコットか何かだと思ってない?
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