第20話 明日の憂鬱
日曜日の夕方。
フッ、フッ、フッ
僕は今ランニング中。
母さんに部活に入れられないように、半ば強制的に、こうやって走ってるんだ。
貴重なゲーム時間を削ってね。
うん、このランニングに僕の意志はない。
もちろんフードは深く被って、知り合い対策は完璧。
ちょっと怪しげな人物に見えてるかもしれない。
でもこれで、感知タイプ以外にはバレない、はず。
ピタッ
ん、ここから先は商店街ルートに差し掛かる。
人ごみはちょっと苦手。
誰かと衝突する危険性も高くなる。
当然、僕のランニングコースには入ってない。
だから右に、クルッと、右折。
「──わっ⁉」
ッ⁉ 前から人が⁉
サッ
おっと……危ない。
曲がった先に人がいた。
幸い、僕の脅威の反射神経のおかげで追突は防ぐことができた。
でも驚いた拍子に相手の荷物が落ちちゃってる。
不注意な僕のせいだし、拾おう。
「すみません、あの、これ……」
はい、リンゴ。
誰かは存じ上げませんけど、顔は見られないように……
「ふ、冬木くん……?」
ん? このやけに聞き慣れた声は、
「あっ」
篠宮さんだ……
──そして、
「そっか。そう言えば冬木くんって、走ってるんだったね」
「う、うん……」
僕らは今、河川敷の芝生みたいなところで座ってる。
川の流れる音を聞きながら、沈みいく夕日を2人で眺めてるんだ。
で、篠宮さんは体操座り。
両足を抱えてなんだか縮こまってる。
カー、カー、カー
なにか鳴いてる。
どうせカラスだ。
「篠宮さんは? おつかい?」
「うん。たまにだけど、お母さんが忙しい時にね」
「そうなんだ。偉いね」
僕って基本的に信用されてないから、買い物とか頼まれたことない。
「ううん、そうじゃなくて……」
篠宮さん、袋を何やらゴソゴソして、
「これに釣られちゃって」
取り出したのは、たい焼き。
なるほど、おつかいに行く代わりに買っていいよって感じか。
親に飼いならされたのか。
篠宮さんってどちらかと言えば、よく食べる系女子に分類される。
親はそれを分かってるらしい。
流石、子どものことをよく理解してる。
……って、あっ、今から食べるんだ。
もう夕飯前なのに、包み紙を開けてモグモグしてる。
篠宮さん、我慢できなくなったみたい。
僕の存在なんて気にせず食べてる。
元々買い食いする予定だったのかな?
食べるようとしてたところを僕にエンカウント。
だとしたら、うん、邪魔しちゃったね、僕
「……ん」
スッ
「これ、もう一個あるんだ。これも何かの縁だし、冬木くんにあげるよ」
篠宮さんが僕に差し出したモノ。
形状からして篠宮さんが食べてるのと同じモノ。
たしかにお腹は減ってるし、そのたい焼きも美味しそうなんだけど。
夕飯前だから控えておきたいってのが正直な感想。
「いらないかな? 美味しいよ? 粒あんだけど」
僕はこしあん派。
前に篠宮さんとそのことで揉めた思い出。
こればっかりは分かり合えない。
……でも、篠宮さんからのたい焼き。
うん、喜んでいただくよ。せっかくだし。
「ありがとう、篠宮さん」
モグモグ、モグモグ
真っ赤な夕日を背景に、無言で食べ進める僕ら。
このたい焼き、粒あんにしては美味しい。
篠宮さんと一緒だから?
それとも、やっぱり夕日のおかげ?
実は結構お値段がするヤツだったり?
「明日からまた学校だね、冬木くん」
「そうだね、篠宮さん」
「学校は楽しいかな?」
「……正直に言うとちょっと退屈」
篠宮さん以外に話す人いないし。
「だろうね。冬木くん、授業中いつも暇そうにしてる」
「最近はそうでもないよ。これでも先生の話をちゃんと聞いて、真面目に受けてるつもり」
たまにボーっとしてる時もある。
篠宮さんがいる横で、自分の世界に浸っている時もある。
アレだよ、常に集中するのって疲れるからね。
気分転換は必要。仕方ない。
みんなもそうだと思うんだ。
「……っていうか何さ? いつも暇そうにしてるって。篠宮さんは僕を観察してるの?」
僕は頑張って篠宮さんの方を見ないように、目が合わないようにって努めてるのに。
当の篠宮さんは見放題なの?
それってなんかズルくない?
「隣が冬木くんだとついね。不思議と見ちゃうんだよ。まあ、窓際だってのもあるとは思うけど」
「……そう言う篠宮さんは? 学校は楽しい?」
僕と違って友達がいるから、さぞかしそうなんだろうね。
「う~ん、冬木くんと同じかな」
「暇なの?」
「そうだね。学校に行けば明代ちゃんたちに会えるし、もちろん冬木くんにだって。でもやっぱり退屈に感じる時間の方が長いかな」
そっか、意外とそんなモノなんだね、篠宮さんも。
僕も篠宮さんに会えるの嬉しいよ。
だけどこれはこれ、それはそれってヤツ。
別に学校自体が好きなワケじゃない。
ふん、学校なんて所詮その程度。
「はあ、もうすぐ今日が終わるね」
「そうだね」
そして何とも言えない、沈黙。
だけど不思議と気まずさはない。
2人でなんとなく夕日を眺めてる。
僕たち、こんなところで何をやってるんだろう。
この夕日を見てると、そんな気持ちにさせられる。
カー、カー、カー
これは、なんだろう……憂鬱?
それとも無意識に明日を、学校に行くのを恐れてる?
「シュッシュッ! シュッシュッシュッ!」
……って、
「やめてよ、篠宮さん」
シャドーボクシング。
僕の真似しないでよ。
「ごめん。暇だったから、つい」
……ついってなにさ。
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