第16話 手紙のやりとり
「え~、山には様々な危険がある。一つは冬の雪山だ。天候次第で視界はブリザードで覆われ、文字通り極寒の世界へと変わる。まともに進むことはおろか最悪滑落の危険すらある。遭難した場合助かる可能性は限りなく低いだろう。少し山をかじった程度のド素人が気軽に登っていいモノではない。いいか、山をなめるな。特に冬の雪山は特に」
はあ、退屈。
全然面白くない。
ノートを取る以外やることがないってのも、また考えモノ。
この先生の話はいつも長いし、何よりつまらない。
外も見飽きたし、時計の針も全然進んでくれない。
はあ、早く終わらないかな。
スッ
なに? 横から紙切れが。
篠宮さん、これは?
ん? 開けてみてってジェスチャーしてる
ピラッ
『やあ、冬木くん。暇そうだね』
うん、暇。
『そんな冬木くんのために、文通しようかと思うんだけど、どうかな?』
ニコッ
文通しよう、だってさ。
……篠宮さん、授業中にそんなことするんだ。
まあこの子って教科書は忘れるし、ノートに落書きもするし、何なら授業中に爆睡だってする。
初期の真面目そうな雰囲気が見る影もない
手紙でのやりとり。
そういうのって如何にも女子っぽくて、ちょっと苦手。
……だけど、
ピラッ
『いいよ』
やってみるよ、文通。
篠宮さんの頼みは断らない。
僕はそういう主義なんだ。
「え~、山の危険について。もう一つは火山だ。これは活火山限定の話ではあるが、万が一に噴火した場合、時速100キロのおよぶ火山灰が濁流のように差し迫り、空から高温の溶岩が嵐のように降り注いでくる。対策としては、噴火する兆候をいち早く察知し下山するか、そもそも山には登らないことだが、運悪く噴火地点に居合わせた場合まず助からない。場合によっては諦めてくれ」
ピラッ
『冬木くんの好きな食べ物はなにかな?』
『チーズが好きかな。ピザとか』
とりあえずチーズが入ってれば何でも良かったりする。
嫌いな食べ物でも上にチーズが乗っかってたら、それだけでも好物に変わったりするくらいにはそう。
だからチーズフォンデュとかもうヤバいよね。
母さんが僕の誕生日にいつも作ってくれるんだ。
もう楽しみでたまらないよ。
あとマヨネーズとかも好きです、はい。
『逆に篠宮さんの嫌いな食べ物は?』
『嫌いな食べ物か……う~ん、特にはないかな~』
『そっか。篠宮さんって好き嫌いとかなさそうだもんね」
『そうなんだよ~……あっ、でも強いて言うなら、ハンバーグがちょっと苦手かな』
『ハンバーグ? えっ、ハンバーグが嫌いなの?』
ハンバーグ。
マヨネーズ派で僕でも美味しく感じる。
ケチャップ派と対立する僕が唯一認めている食べ物。
特にチーズハンバーグとか最高だよ。うん
『う~ん……なんて言うか、普通のは全然良んだけど、お弁当とか給食に入ってるハンバーグはちょっと苦手』
と言うと?
『冷めたお肉って全然ジューシーじゃないよね。ケチャップで何とかしてる感が強くて微妙だし。そのくせ無駄に大きいのもあるから、食べるのに一苦労だよ』
お弁当でも美味しいのに、変わってるね。
もしかして篠宮さんって、味覚の機能とかがすごい人?
ふ~ん、よく分からないけどそうなのか。
よし、お互いの好き嫌いも知ったことだし、今度は僕から振ろう。
何にしようかな。
音楽とかは特に聴かないし、それじゃあ、
『篠宮さんの好きな色は?』
うん、無難な質問。
僕は前に言った通り灰色。
アスファルト色強めなヤツ。
屋内とかで色々有利だからね。
『私は緑が好きだよ。ちょっと黄緑の、あの目に優しい、落ち着いた感じが好きなんだ』
『緑か、僕も迷彩服とか好きだよ』
森林地帯に限ってだけど、周囲と一体化できるからね。
『でもちょっと意外』
『んっ、なんでかな?』
『てっきりもっと明るい色が好きかと思ってた。篠宮さんって結構明るいし』
オレンジとか、ピンクとかさ。
姉さんがそうだし。
『むっ、つまりはそれは、私が落ち着きがないって言いたいのかな? 冬木くん、今のはちょ~っと聞き捨てならないよ』
なんで突っかかって来るのさ。
そこまで言ってないんだけど……
でも篠宮さんって、基本的に喋ったらダメなタイプ。
雰囲気はまさに落ち着いた感じそのものなんだけど……口を開くと、ね。
少し天然も入ってるし。
まあ、そこも可愛くて良いんだけど。ギャップ萌え。
落ち着いた女性と言われるかというと……うん。
もしかしてそういう女性に憧れてる?
お姉さん系とか目指してる?
ごめん、正直無理だと思うよ。
『それを言うなら冬木くん! キミだって意外と喋るよね!』
『そう? 僕は全然』
『そうだよ! 映画の話してる時とかすごい早口になってるから! もうベラベラベラ〜って!』
むっ
『違うよ。それは篠宮さんといる時だけ』
普段の僕は寡黙で大人しい。
『常に早口な誰かさんとは違ってね』
篠宮さんのせいだよ。
『なっ⁉ それはどういう意味かな! 私をのことバカにしてる⁉』
『してないよ、全然』
『してるよ!』
ピラッ、ピラピラッ、ピラッ
「そして最後に、山の潜む危険、オホンッ! それは熊だ。普段は警戒心も強く、人に滅多に近づかないと言われる熊だが、執着心が異常に強く、一度獲物と判断したモノをしつこく追跡する習性を持っている。嗅覚が強く、人の足で逃げ切るのは難しいだろう。いいか、くれぐれも餌を与えないように。味を占めて人間を襲うようになる。あと死んだふりは意味ないからな!」
オホンッ!
「もし熊に遭遇してしまった場合、背を向けずにゆっくり後ずさりするんだ。もし襲ってきた場合は、近くに落ちてる石、もしくは自分のウンコを熊の鼻めがけぶつけるしかない。それでダメなら諦めろ。自然の厳しさを前に──」
ピラッ、ピラピラッ、ピラッ
『冬木くんのバカ! バカバカバカ!』
『否定はしないよ。でもそういう篠宮さんの方だって人のことは言えないと思うんだ』
『なにを〜、可愛い顔して生意気だよ!』
『ふん、可愛いのはどっちさ』
篠宮さんとの文通。
うん、楽しいよ。
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