第10話 どっちも見てる

「それでね、そのあとヒロインの子が主人公に──」


 ごめん篠宮さん、なに言ってるか分からないや。

 僕の完敗だよ。

 篠宮さんって、その、独特な感性だよね。


 今はお昼休み。

 そして、食後の篠宮さんとお話し中。


 昨日は色々考えてたんだけど……当の篠宮さんはいつも通り。

 普通に話の合う友達って感じで接してくる


 はあ、やっぱり僕の人生って、そう都合よくは行かない。

 この前までの篠宮さんが全て幻覚に思えてくるよ。


「でね~、あっ、そう言えば冬木くん。私ね、昨日、変な人を見かけたんだけど」

「変な人?」

「そう、それが何だかずっと気になってて」


 不審者かな。

 それとも……


「違うよ、幽霊とかじゃないから」

「……まだ何も言ってないのに」

「冬木くんの考えは全部お見通しだよ。すぐホラー展開に持って行こうとするんだから」


 そうですか。


「じゃあ、なに?」

「それがね、塾が終わって帰る途中にね、車の中から外を眺めてたんだけど、公園を通り過ぎる時にチラッと見えたんだよね」


 ん? 公園? 

 公園ってあの僕の公園?

 

「全身灰色の服を着てた。そう、1人で何かやってたんだよ。公園のど真ん中で、こう、シュッシュッって」


 灰色、公園、シュッシュ……


 あっ、シャドーボクシング。

 ……僕だ。

 篠宮さんごめん、それ僕だよ。


 実はそれ、僕なんだよね。

 たまに気持ちが高ぶるとやっちゃうんだ。

 だって誰もいないからさ。

 星空の下の元でテンションが上がって、つい。


 なんだろう、ボクサーになった気分に浸れるって言うか。

 フードを被ってるとさらにそれっぽくなって、減量中のさ。


 まあ、顔は隠れてるからいいかなって。

 誰かに見られてるだろうってのはある程度予想できたんだけど、まさか篠宮さんに見られてたなんて。

 我ながらなんて痛々しいんだ。


「背丈は冬木くんと同じくらいだったかな。顔はフードを被っててよく見えなったけど……」


 不幸中の幸い。

 日頃から深く被ってて正解だったよ。

 そうだね。

 とりあえずここは適当にやり過ごして──


「もしかしてアレって、冬木くんだったりする?」


 ギクッ


「な、なんで?」


 なんでこういう時はやたら鋭いのさ。


「冬木くんってたしか灰色が好きだよね。アスファルトと同化できるから安心するって、この前言ってたし」

「あ、いや、それは……」


 はい、その通りです。

 いや、覚えてくれてるのは嬉しいけど、素直に喜べる状況じゃない。


「雰囲気もなんとなく冬木くんっぽかったし。私の気のせいかな?」

「うっ……」

 

 す、すごい。

 ご名答だよ、篠宮さん。

 なんで一瞬でそこまで分かるの?

 まさか感知タイプ、恐ろしい……

 

「……違う、僕じゃないよ」

「そうかな? う~ん、ホントかな〜」


 ジ~って、視線が痛い。

 痛いよ、篠宮さん。


「まっ、そんなわけないっか」


 ビクッ


「そもそもお家大好きっ子の冬木くんが、あんな時間に外にいるわけないもんね」


 ……ホッ


 バレずに済んだみたい。

 篠宮さんの怪しみの視線から解放された。


 ふう~、危なかった。

 とりあえず反省。

 これからは外でのシャドーボクシングは控えるとするよ。


「シュッシュッ! シュッシュッシュッ!」


 ……って、


「な、何やってるの、篠宮さん」

「うーん? 公園にいた人の真似だよ。ほらっ、こう、シュッシュッ! シュッシュッて!」


 ま、まさか……


「あっ、冬木くんもやってみる? 案外、様なってるかもよ? フフッ」


 コ、コイツ……っ

 やっぱり感づいて……っ⁉

 






 ──そして、午後の授業。

 今は社会の時間、だから別にぼーっとしててもいい。

 とりあえず僕はいつも通り外を見てる。


 ところで、


 チラッ


 篠宮さん、相変わらず熱心にノートを写してる。

 ノートとずっと睨めっこしてて、とにかく集中してる。

 ここだけを見れば真面目な優等生って感じ


 ちょっと顔が近い気もするけど、いつもの篠宮さんだ。


 ジッ……


 それで、毎度思うんだけど、一体何をそんなに書き込んでって……ん?


 ……絵を描いてる。

 篠宮さん、よく見たらノートの空いたスペースに何か描きこんでる。

 そっか、篠宮さんも授業中にそういうことしたりするんだ。そっか。

 

 それにしても、篠宮さんの描いてる絵。

 なんだろう、小さくてよく見えない。

 だけど、う~ん、なんだか男の人同士が……


 っ⁉ バッ!


 あっ、バレた。

 すぐ両手で隠された。


 篠宮さん、アワアワしてる。

 今の見た⁉って顔になってる。


 ごめん篠宮さん、たまたま目に入っただけだから。

 とりあえず首を横に振っておくよ。


 ジ~……


 に、睨まれてる……

 両腕で机の上を覆って、僕のことをかなり警戒してる。

 そこまでする?


 そっか、よっぽど見られたくないモノだったんだ。

 悪いことしたな。

 うん、罪悪感。



 そして、授業が終わって10分休み。

 トントントン、教科書を整理して時間を稼ぐ僕。


 はあ、やっと終わった。

 社会は退屈だから一段と長く感じるよ。

 でも次の授業はたしか、保険。


「──ねえ、冬木くん」

「なに? 篠宮さん」

「その、さっきの……見たよね?」

「ん? 何を?」

「とぼけないでよ。ノートだよ、さっき私のノート見てたよね?」


 篠宮さん、まださっきのこと気にしてたんだ。

 でも勝手に覗いてた僕が悪いのは確かだ。

 ここは正直に、


「ごめん、ちょっとだけ見てた」

「っ……やっぱり!」

「でもほんの少しだから。何が描いてあったかまでは分からないよ」

 

 なんか男同士で顔を近づけてたような……

 よく分からないけど。

 ともかく、これで収まってくれればいいんだけど……


「……ホントに?」

「うん、本当」

「誰に誓うのかな?」

「篠宮さんに誓うよ」

「っ! そっか~、よかった~」


 大丈夫みたい。

 篠宮さん、ホッと胸を撫で下ろしてる。

 僕も一安心だよ。


「はあ、よかった~」

「それにしても、篠宮さんって絵が上手なんだね」

「……へっ?」

「キャラの絵だよね、あれ。ぱっと見だけど、ノートの落書きにしてはよく──」

「冬木くんっ! やっぱり見てるよっ! もう~~っ!」


 

 うん、さっきの仕返し。

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