第9話 星空の下で

 上下灰一色のスポーツウェアに、同じく灰色の運動シューズ。

 靴ひもをギュッ、ギュッ。

 よし、準備OK。


「母さん、行ってきまーす」

「──ゆう~、車には気を付けるのよ~」

「は~い」


 家の玄関を開けて、ガチャッ。

 夕日が沈みかけてる、季節的に心地よい空気。

 うん、良い感じ。


「よし、行こう」


 タッ、タッ、タッ


 僕が今なにをしているのかと言うと、見ての通り道を走ってる。

 夕飯前のちょっとした習慣。

 それっぽい恰好をして、それっぽく走るんだ。


 週に3日欠かさず。

 暗くなるちょっと前に家を出て、大体一時間くらい走ってるかな。


 なんで根暗な僕がこんなことしているかって言うと、実は母さんがね、、、

 部活に入りたくないなら無理にと言わない。

 でも何か運動くらいはやっておけ。

 部屋でゲームばっかりは許しません。

 って言われちゃって……


 酷いよね。

 でも母さんの言うことは至極ごもっとも。

 何も言えなかったよ。

 だからこうやって、中学に上がった頃から週3で走ってる。


 母さんには特に何も言われないから、今のところはこれで見逃してくれてるみたい


 それで、やってみると意外と悪くない。

 自分の設定したペースで走るのが楽しくてさ。


 最初は何だか地に足が着かない感じで、ピョンピョン走ってた。

 だけど最近では結構慣れてきた。

 自分で言うのもなんだけど、今ではだいぶ様になってると思う。

 黙々と走ってるよ。


 それと、沈む夕日に向かって走っているとさ、悩みや後悔が薄れていく。

 僕という存在がちっぽけに感じて、全てがどうでも良くなってくる。

 不思議と充実感を覚えるんだ。


 もう一年と半年はこうやってるからね。

 頭も冴えた気がするし、体力だって結構ついた気がする。あと謎に自信も。

 まあ、発揮する場面は特にないんだけど。


 えっ? 帰宅部の癖して走ってるところを、クラスの誰かに見られても恥ずかしくないのかって?

 ご心配には及ばないよ。

 今の僕はフードを深く被っているから。

 そのためにこのジャージにしたんだ。

 知り合いにバレないためにね。

 うん、ちゃんと対策済み。


「はあ……はあ……っ……」


 着いた。

 折り返し地点の公園。


 ちょっと疲れたからここで休憩して、しばらくしてまた再開。

 んで家に着いたら終わり。

 それが僕のランニングコース。

 

「ふう~」


 ベンチで一休みっと。


 近頃では、この時間帯になると空が暗くなってきて、星が薄っすらと見えてくる。

 いつ見ても綺麗、つい見入っちゃうよ。

 前に住んでた場所より星が多いような、そうでもないような。


 実は僕って、こうやって空を眺めるのが意外と好きだったり。

 虚無感とか脱力感じゃなくて、普通に時間忘れて見ていられる。

 宇宙が好きなんだ。


 アレは僕たちのいる天の川銀河。

 でもって、あっちはアンドロメダ。

 この二つは遠い未来で衝突して、いずれは一つになるらしい。壮大だね。

 

 別に怖がらなくていいよ。

 だってそうなる頃には、地球はすでに寿命を迎えていて、この宇宙からチリ一つ残さず消滅してるだろうから。

 どうであれ僕たちはこの世に存在しない。

 

 個人的には太陽膨張説を推してるんだけど、まあいいや。

 そうだよ。

 僕たちの生きてきた証はここで消える。

 みんなが一生懸命やってきたこと、夢や希望、絶望、それらは全て無に還る。

 

 極論、このすごく短い人生に意味なんてない。

 僕たちが何をしても、何を思っても、結末は変わらない。


 この無限に広がり続ける宇宙の前には、全てどうでもいいことなんだ。

 そう思うと気が楽になるよ。ならない?


 ……って、この前理科の先生が言ってた。


 それにしても、


「はあ、篠宮さん……」


 最近の篠宮さん、いや、最初からそうなんだけど。

 ちょっと踏み込み過ぎな気が……

 たしかに話は合うし、篠宮さんといると楽しいよ。

 たぶん、この特別な感情を抜きにしてもそう。


 でもそれにしたって、アレはやりすぎだと思うんだ。

 なにさ、相合傘って。

 お互いに肩を寄せ合って、ギュ~ッって。


 僕たちは何をやってるの? 

 急に距離感がバグり過ぎだよ。

 はあ、思い出しただけで心臓がバクバクする。


 僕、最近思うんだ。

 ひょっとして篠宮さんも……そうなんじゃないかって。

 僕と同じなんじゃないかって。


 僕の思い違い? 早とちり?

 だってさ、普通、ただの根暗な転校生をここまで気にかけてくれる?

 一緒にご飯を食べたり、下校したり、勉強を見てくれたり、etc

 何も思わない方がおかしな話だよ。


 僕たちって案外そうだったりするのかな。

 それとも篠宮さんにとっての僕は、ただの友達枠ってだけで、そういう感情はないのかな。


 友達ってあんな距離感なの?

 僕、友達なんていたことないから分からない。

 誰か教えてよ。


 それか、実は7年前のことを覚えていて、それで僕のことを気にかけてる、とか。

 この右目に対する罪悪感とか。

 あるいは恩返し的な意味で。


 どうなんだろ。

 実際、身体を張ったワケだし。

 少しくらい僕のことを覚えてくれてても……

 

 はあ、最近はこんなことばかり考えてる。

 どうしたいんだろうって。

 最初は見てるだけで良かった。

 話をしてるだけで、笑った顔を見てるだけで十分だったのに。


 最近、以前よりも増してドキドキしてる。

 胸が苦しい、だけど一緒にいたい。

 何ならこの前みたいに触れ合いたいって。

 気持ち悪いのは分かってるよ、うん。


 でも時折、この気持ちを不意に伝えたくなる。

 心の抑えが効かないくらい、雰囲気に任せて口走っちゃいそうな。

 危険赤信号、おかげで毎日が重症だよ。


 僕は、篠宮さんと……

 今になってこんなこと思うなんて、僕ってホント、自分でも呆れるくらい優柔不断


 仮に篠宮さんも僕のことを……

 でもいいのかな、こんな僕で。

 本当にそうだとしても、正直、自信ない。


「……はあ、考えても分からないや」


 そもそも全部僕の妄想かもしれない。

 篠宮さんにとっては、本当にただの友達なのかもしれない。


 色々考えてしまうのだって、この夜空に浮かぶ星のせい。


「うん、帰ろう」



 きっとそう。

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