第6話 図書館でお勉強

「これはね、まずはxをyに代入して……」

「う、うん」


 今は放課後で、僕たちは図書室にいる。

 前に話した通り、篠宮さんに勉強を見てもらっている。


 図書室にいるんだから喋るのはダメだろうって思うかもしれないけど、残念。

 何と言ってもここは私立だからね。

 専用の個室もちゃんと用意してある。

 個室を一つ借りて、そこに篠宮さんと2人でいるんだ。


 でも、そんなことはどうでもよくて、今は……

 

「でね、これはさっき教えた方程式を使って……って、冬木くん、聞いてる?」

「う、うん、大丈夫」

「ホントかな? まあいいや。それでこの問題は……」


 近い、近いよ篠宮さん。

 うぅ、篠宮さんが隣にいる。

 いや、いつも隣なんだけど、今は一つのテーブルにいて別々の席じゃない。


 真横に椅子を置いて、机という境界線がない。

 篠宮さんは僕につきっきり。

 身体が当たりそうなくらい近いんだ。


 ……って言うか肩が当たってるし。

 もしかしてわざとやってる?


「これはひっかけ問題だよ。ここのグラフはこうなってるから、こっちが正解だね」


 篠宮さん、説明がすごく丁寧で分かりやすい。

 勉強を教えてくれるのだって有難いんだけど、ごめん。

 やっぱりドキドキする。

 そっちの方が勝ってるよ。


 無意識に聞きやすいようしてくれてるのか、いつもより透き通った声。

 それに髪からふんわりと良い匂いがして……

 うぅ、どうしよう……刺激が強すぎる。


 女の子と二人っきり、それも篠宮さんと。

 いつもと違う。

 僕ら以外誰もいない、密閉された空間。


 実際問題、何かしてても分からないんじゃないかって。

 これ大丈夫なのかな。

 いや、僕たちはただ勉強してるだけだけどさ。

 それ以外何もすることがないんだけどさ。


 篠宮さんは何にも思わないのかな。

 

 チラッ


「これはまだ冬木くんには難しいから捨て問。飛ばして次に行こう」


 ……やっぱり僕って男として見られてない。

 うん、まあ分かってたけど。

 別にそれでいいけど、うん。


 はあ、これじゃ集中できない。

 ダメだ、早くこの状況に慣れないと。

 せっかく篠宮さんが僕のために勉強会を開いてくれてるんだ。

 当の僕がこの調子じゃ示しがつかないよ。


 よし、集中しよう。

 余計な雑念は払って、僕はクラス最下位から脱却するんだ。

 うん、僕は頑張るよ、篠宮さん。


「冬木くん、一度休憩する?」

「……へっ? なんで?」

「なんでって、冬木くんの集中力が続かないみたいだし。それと一度に詰め込み過ぎるのはあまり良くないからね。休憩は必要だよ」


 そんな、これからだったのに……


「はあ、ずっと喋ってたから喉が渇いちゃった。ちょっと水分補給するね」


 水分補給、僕はそれどころじゃない。

 今お茶なんて飲んだら、緊張で全部昇ってきそうだよ。


「ん、どうかな? 私の説明、ちゃんと理解できる?」

「うん、分かりやすいよ」


 僕でも理解できるくらい。


「そっか。よかった」

「篠宮さんって教えるの上手いんだね。なんだか慣れてるみたいだし」

「期末テストでよく明代ちゃんに教えてるからね。そのおかげかな」


 そっか、普段から篠宮先生なのか。

 篠宮さん教えるの上手いし。

 勉強は苦手だけど、これなら何とかなるかもしれない。


「そう言えば冬木くんって数学が苦手だけど、たしか理科は得意なんだよね? 変わってるね」

「う~ん、得意とは違うかも」

「好き?」

「うん、生き物が好きなんだ。爬虫類とか海洋生物、宇宙人とか。観察したり見つけたりするのが楽しい」


 昆虫や恐竜図鑑、UMA系の本ばかり見てた。

 お昼休みは図書室に入り浸る、暗い小学生時代。

 そうだよ、本が友達だったんだ。


「へえ~。じゃあ、冬木くんの将来は生き物博士かな? 有望だね」

「そんなんじゃないよ。それでもここのレベルには遠く及ばないし」


 まあ、授業は聞いてて面白い時があるから他よりマシってだけ。


「そう言う篠宮さんの方は? やっぱり数学?」

「ううん、私は英語が得意かな。数学はハッキリ言って嫌いだね」

「そうなの? それにしては……」

「塾でしつこいほどやってるからね。宿題も大量に出してくるし、嫌でも頭に入ってくる。おかげでアニメを見る時間が全然なくて……」

「それは……うん」


 篠宮さん、ちょっとしょんぼりだ。


「得意と好きは違うってことかな? 冬木くんと同じだよ」

「嫌なのにちゃんと勉強してるんだ。すごいね」


 しっかりしてる。


「そんなことないよ。それにもし、冬木くんが理系の道に進むなら、数学が絶対必要になってくる。だから今のうちに勉強しておいて損はないはずだよ」

「理系……」

「まっ、私たちはまだ中学生だから、そんなに気にしなくてもいいと思うけどね」


 将来どうしたいかなんて、今の僕には分からない。

 理系、文系、それとも美系?

 う~ん、どうなるんだろ、僕の未来。


 ……だけど、


「分かった。篠宮さんが言うならそうするよ」

「フフッ、なにそれ。自分で決めなよ」


 篠宮さんが言うんだ。

 僕には十分すぎる動機。

 それにもし成績が上がったら、篠宮さんにいっぱい褒めてもら……


 いや、何でもない。今のは忘れて。

 とりあえず、うん。

 勉強、頑張ってみるよ。


「んじゃ、冬木くんのやる気も出てきたことだし、休憩はおしまい。続きを始めるよ」

「うん、分かった」

「じゃあ、試しにこの章を自力で解いてみて。分からないことがあったら聞いていいからね」

「はい! 篠宮先生!」


 ザッ!


「なに、先生って、フフフッ」


 この問題はたしか、……ふむ、なるほど。

 さっき教えてもらった方程式をそのまま入れて……違う、そうじゃない。

 もっと単純な何かを見落としている。


 一度整理してみよう、それがいいかもしれない。

 このxはyで、yはz……。

 ダメだ、余計にこんがらがってしまう。

 ぐぬぬ、やっぱり難しい。

 

 ……って、ん?


「篠宮さん?」

「……えっ、なに?」

「いや、僕の顔に何かついてたりする?」


 いま明らかに僕を見てたよね?

 事実、見てるし。


「う、ううん、何でもないよ、何でも……」

「そう。あっ、さっそくでアレなんだけど、ここが分からなくて」

「ん~? どれかな~、先生に見せてごらん」

「ここなんだけど」

「ん~? ちょっと見せてよ……あー、これはね~」

「うん」


 よく見えないや。

 う〜ん……寄っちゃえ、えい!


 グイッ


「へっ?……あっ」

「ん?」

「えっ、えっと、これはね……あれ?」

 

 篠宮さん、なんか急に……

 顔もちょっと赤いような。


「……うん! この問題、難しいね!」


 まだ問一なんだけど、それ。


「ならここは? これはさっきの方程式を使えば……って、篠宮さん?」

「えっ?」

「さっきからどうしたのさ? 聞いてる?」

「う、うん、聞いてるよ、聞いてる……」



 篠宮さん、集中力切れてる?

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