第12話 ベルアムの街
ベルアムに着いた翌日の朝、宿屋から出ると沢山の荷馬車が中央広場に集まっていた。荷を下ろすもの。積むもの。その場で交渉する商人。荷運びをする人達と、集まる人目当ての露店商。メルロウズとは全く違う雰囲気で祭りの様な喧噪がある。
上着のフードを深くかぶる。
今の所、俺を追ってくる者は居そうにない。
道路沿いには商店と宿屋、飲食店が立ち並び冒険者ギルドと職人ギルドは街の片隅に追いやられているが出番が無い訳では無いようだ。冒険者は雪かき、荷運び、護衛にと活躍している。
職人ギルドは回復のスクロールを作成推奨し、木工職人も要請が多いようだ。回復スクロールは主に馬のケガ用。木工は荷馬車の修理といかにも交易の街らしい。
生活もメルロウズよりも豊かに感じる。商店の品揃えも豊富で客の出入りも多い。服装もどことなく小綺麗だ。
でも光在る所に闇が在るように、裏路地にまわると年老いた浮浪者に飢えた子供達。それに手足が不自由になった人や病気の人・・・。
俺の名前は昔の賢者から貰ったそうだ。
子供の頃、今もまだ子供みたいなものだが、こういう人達の力になりたいと思っていた。成れなくてもいつか英雄が現れて世界を救ってくれると思っていたが、世の中そんな事は無いらしい。
道具屋を見てまわる。
道具に目新しい物は無いが、素材が豊富だ。魔物の爪や毛皮の種類が豊富でドラゴンの髭なんて物もある。
スライム由来のオイルや魔物の皮膜なんて加工が難しいのでメルロウズではまず見ない。
一応俺もスクロール屋ではなく魔道具屋なので素材には興味がある。これで何か出来ないかとワクワクするのだ。
例えば前世の本で見たロボットとか、ゴーレムとか。
昼食を定食屋で食べながら周辺の森や湖の事を聞く。小遣い稼ぎの狩りの為だ。それと危険な魔物の存在の確認。
「そうさな。この辺りだとウサギや鴨が獲れるが、フォレストウルフがうろちょろしてるから気を付けろ。もし獲れたらうちに持ってきてくれ。新鮮な肉は品薄だから買うぜ。」
*****
王都の宮廷魔導師筆頭のギルバートの執務室。
「それで今は行方不明という事だな?」
「はい・・・。」
この部屋に訪れたのはジョシュア。
事前に手紙で報告はしてあるのだが帰還の挨拶と共にドラン招聘の事の顛末を報告していた。
「魔導師会議の会員と言えども貴族がパトロンだったりするからな。情報が漏れる可能性もある。難しい問題だ。」
「・・・」
「所で、あの魔法陣を自由に作り出せるという情報は本当なのかね?」
「恐らく間違い無いかと。」
ジョシュアはドランと会った時の魔力の発動の話をした。
「うむ。彼が魔法使いという可能性は?」
「無いとは言い切れませんが、何かこう・・・魔法の様な自由な発動ではなく特定のルールで発動している気がします。例えばスクロールの様に予め決めた内容が発動するような・・・。」
「ふむ。なるほど・・・。」
ギルバートは一枚の報告書をジョシュアに渡す。
「彼の件とは関係ないかも知れないが、デリフデ村の隣の集落で平民が十三人死んでいたそうだ。随分派手な魔法戦だったらしい。気になるのは地下牢に魔道具を作るための道具が揃えて有った事だ。それと現地にあったスクロール。このスクロールは初めて見るタイプだ。村はメルロウズから馬車で一日でいける。君の相方にも連絡が行っているので良かったら調べてみたまえ。」
「は!」
その日の夜、飲み屋でアーレンと落ち合う。
「よう。ジョシュ! 待たせたな。」
「大丈夫だ。お前の方こそ帰還そうそう大丈夫だったのか?」
「挨拶回りで疲れたよ。でもちゃんと聞いてきたぞ。」
「悪いな。」
「今日はお前の奢りな。と言っても俺にも関係がある。」
「ほう。」
「村で死んでいた十三人の内四人は家族で恐らくとばっちりだ。拐われて来たんだろう。他は恐喝、強盗殺人から人身売買まで何でもありの奴等だ。衛兵詰所にも記録があった。」
「よく処刑されてなかったな。」
「そこだよ。金を払って引き取ってる奴がいる。ルーベンス商会だ。あそこは貴族と繋がりが深い。」
「ルーベンス商会・・・聞いた事がある。」
「王城にも出入りしている大手の商会だからな。当然魔導師会議や貴族の屋敷にも出入りしている。」
「ではルーベンス商会が主犯?」
「それはどうかな。当然ルーベンス商会も絡んでるが情報の仕入れ先が問題だ。多分そこが貴族か魔導師会議の会員だろ。と、言っても今のところ平民が死んだだけで証拠も無いから誰も取り締まる事は出来んがな。」
アーレンは王城詰め騎士の権限である程度調査は出来るが上級貴族には手が出せない。結局主犯が解っても逮捕は出来ないのだ。
「それでドランは?」
「今回の死人にはいないな。九人の内五人は生き埋め。他の四人は引き裂かれたのと潰されたやつ。こっちは正直何の魔法かも解らん。」
ジョシュアはギルバートから受け取った紙切れを出す。
「ドランは居た。そのスクロールが証明している。しかも生き埋めか。ユーガイアの兵士と同じ・・・」
「殺された方も当然抵抗している。弓矢に剣、それに火魔法も使った跡がある。それでも殺した側は無事の様だ。外に血の痕も、服の燃えかすもない。
この意味が解るか? 奴は危険だ。あの時戦闘になっていたら死んでいたのは俺達かもな。」
「・・・」
*****
『荷運び』のスクロールは荷物を軽くも重くも出来る。
中心にある『gravity(重力)』関数のパラメータには『1』を基準として、元のスクロールの数字は『0.1』で、攻撃用には『20』を書いた。
以前『0.1』で自分に掛けてみた。とても体が軽い。軽くジャンプするだけで数メートル高く上がる。
では『0』にしたら?
小さな木の棒に掛けてみたら何処かへ飛んでいった。
「やっぱり飛べるな。」
棒はあっという間に空に飛んでいった。と言うより重力の縛りが無くなって解き放たれたのだろう。
後は左右の動きを行う様に出来れば、恐らく俺は自由に空を飛べる!
実は左右の動きは多分問題ない。最大の問題は魔力!
複数の魔法陣を同時に使うので俺の魔力ではあっという間に枯渇する。魔石で駆動出来るが魔力切れ(電池切れ)の時には墜落だ。
残るはマジックバッグの様に周辺の魔力を永久に取り込む方式だが、あれはオン・オフがしにくい。一度起動してしまうと壊さない限り動き続ける。
構文的には条件付きループで回しているかと思ったら一つの関数を実行しているだけで止める手段を持たない。
という事で今は魔石仕様で半分位の重量になるようにして雪の上を歩く。軽くしないとカンジキを履いても深い新雪で結構沈むのだ。
いろいろ考えながら雪の森を散策する。
当初は早々にこの地を離れる予定だったが交易の地は普段見かけない物が手に入るので春までこの地に留まる事にした。
ベルアム周辺は起伏に富んでいる。崖や深い谷、雑木も多い。小動物も多いのに獲る人がいないのか罠に良く掛かる。
街に戻る途中、最近はガキどもが待ち伏せている。小遣い稼ぎに運賃を取ろうと言うのだ。まあ安い金額なので偽善だか払ってやる。
「兄ちゃん、荷物持ってやるよ。」
「おう、今日は六匹だ。重いぞ。」
彼らはまだ冒険者登録出来ない年齢なのでいろんな事をして日銭を稼いでいる。俺は数日に一度狩りに出るので顔を覚えたらしい。街の入口でお金を払う。
「一匹三百ギルだから千八百ギルな。」
「ええ!そんなにくれるの?」
「ああ、約束通りだろ。」
彼らは学校に行ってないので読み書きや計算が出来ない。なので多分よく騙されてる。かと言って俺が教えていたらどれだけ日にちが掛かるか分からない。
なので最低限の事だけ教える。取り敢えず数の数え方。獲物の数や歩きながら百まで数える。それが出来たら別の日に千、万・・・。
ある日は数字の書き方。お金の数え方。銅貨で10ギル、20ギル、30ギル・・・。
一ヶ月もすると数字は大丈夫になった。まだ足し算も怪しいけど。
*****
ルーベンス商会、会頭の執務室。
「あの男の足取りはまだ分からんのか!既に購入予約も入っているのだぞ!」
「申し訳ありません。メルロウズや周辺の村も探したのですが手掛かりもなく・・・。」
マジックバッグの独占販売を目論むルーベンス商会としてはドランの確保は必須条件だった。
その利益はルーベンス商会に情報を提供した貴族にも分配される。成果を出さなければこちらに火の粉が飛んでくるのだ。
「何としても探し出せ!!!」
「は!」
と言っても容易では無い。
戸籍の無いこの世界では転居先など判らない。ましてや平民。虫と同じでどこへ行ったかとんと判らないのだ。
目撃者も探したが旅人は珍しくない。その旅人がドランかも判らない。
近隣の街でドランという男が職人ギルドに来ていないか賄賂を渡して聞いてみたがこれもめぼしい情報が無かった。
そもそもドランという名前はありふれている。大昔の賢者ドラン・マーキューソーにあやかって子供が十人いれば一人はいる名前だ。
「くそ!簡単な名前をつけやがって!」
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