第10話 誘拐

ジョシュアとアーレンはリーデンベルグ領境の鉱山問題の調査を終えて街に向かっていた。魔導士会議でドランの召喚が決まり、彼を王都に連れて来るよう文書が届いたからだ。


「しかしユーガイアの兵士二人を殺したのがあいつだったとはな。世の中広いような狭いような。」

「多分殺すつもりは無かったのだろう。調書の供述も相手が逃げられる程度の様子だったしな。」

「でもよく無事だったよな。一応兵士相手だから平民じゃあ厳しいぜ。」

「それと手段だな。魔道具屋だからスクロールは使えたとしても短時間で複数使っている。」

「そうだな。スクロールは紐を解いて発動するまでに時間がある。開く所を見られたらかわすのも簡単だしな。逃げながらとしては狙いも時間も短すぎる。まあ出来なくはないが難しいな。」

「・・・この前会った時、何かが発動していた。スクロールは出していない。しかも意思で止められる。」

「本当は魔法使いか。」

「または・・・魔法陣が自由に使える。」

「あり得るな。」

「ああ」


*****


夜の闇に紛れて一台の馬車が建物の前に止まる。


「ここか?」

「おう。簡単な仕事だ。とっとと済ませちまおうぜ。」

「そうだな。早く帰って一杯やりてえ。」


男達は手慣れた感じでドカドカと足音を立てて建物に入る。



ドランは試作品を取り壊し、小さめの革袋でマジックバッグを作成した。容量は一立方メートルを少し超える位。もともと一畳のスペースで生活していたのでこれでも十分の大きさだ。


「よし、全部入った。やるなあ俺!」


このアパートのドアはとても防犯向きでは無い。薄い板のドアは鍵はつっかい棒だけ。蹴れば開くのだ。なので今までは大切な物は人に預けるか持ち運ぶしかなかった。

でもこのバッグで持ち運びも簡単だ。


ちなみに入れた物のリストとかは出てこない。ごちゃ混ぜなのできちんとジャンル別に小袋に入れて収納している。

中でインクとかこぼれたら悲惨だからね。


夜、ズボンのポケットに革袋を仕舞い、コートを着てどうやって目立たなくするかを悩んでいると、廊下が騒がしい。

何人かがドカドカと足音を立てながら階段を上がってくる。

と、いきなりドアを切り破られた。驚いて止まったところに男たちがなだれ込んでくる。


ドカ!!! バキッ! ウグッ!!!


いきなり数人の男がドランを殴り倒し袋を被せ縛り上げ、あっという間に外の馬車に放り込んだ。


「ちょっと! あんた達何やってるんだい!?」

「ウルセエ! ババアは引っ込んでろ!」


大家のおばさんは物音に飛び出し怒鳴り付けたが、男達ははね除けて去っていった。

他の住人は遠巻きに見ているだけで何もしない。この世界では借金取りが返済しない相手を拐っていくなんて良くある事だったからだ。


*****


アーレンとジョシュアが職人ギルドで聞いた住所に来たのは翌日だった。


「拐われたって!?」

「そうさ。昨日の夜何処かの男達が馬車に押し込んで連れてっちまったよ。家賃は払ってるし借金抱えてる様には見えなかったけどねえ。」

「・・・」


「やられたな。情報が漏れたんだ。」

「誰が・・・!」

「そんな奴幾らでも居るだろ。会議の連中だって一枚岩じゃない。金に目が眩む奴だって大勢居るさ。」

「・・・」

「探すにも手掛かりが無い。まあ、王都の連中が絡んでるなら殺さずに金儲けに使うだろうが。」


こんな時、メルロウズの門番や衛兵は役に立たない。彼らは平民の事など興味が無いのだ。

平民も日常茶飯事に居なくなる。旅に出たり、夜逃げであったり、人拐い、魔物に食われた・・・。


「簡単なのは暫くたって金回りの良くなった会議の連中か貴族を探す事だ。取り敢えず報告だな。」

「・・・」


*****


ガタガタと揺れる馬車に乗せられてどれくらい経ったか。相変わらず袋の中だがようやく落ち着いて物事を考えられるようになってきた。

まだ半日は経ってないハズだ。距離的に街の外に出たのか?

殴られた箇所が痛むが縛られているのでスクロールは使えない。

馬車に乗っているのは俺の他に三人位か。

拐ったと言う事は何か要求が有る?

でも何のために?

特にお金も稼いでないし、実家も裕福でもない。

それから更に十分くらい経ってから、人違いではないかと思い声を掛けてみた。


「・・・あの、人違いじゃないですか? 誘拐される理由が思い浮かばないんですけど。」

「はあ? テメエは黙ってろ!」

「理由なんて知らねえし。俺らは連れてくだけだ。」

「解ったら大人しく寝てろ!」


足で小突かれて再び押し黙る。

黒幕は別にいるのか?


途中、休憩をはさみ何処かに馬車は到着した。袋を被せられているので場所は判らない。

引きずられる様に降ろされ建物の一室に放り込まれた。


「これでお仕舞いだ。さあ約束の金を寄越せ。」

「分かってるって。払ったら俺達はお互い知らない者どうしだ。いいな?」

「ああ。勿論だ。」


金を受け取って男達は去り、誰かが被せてあった袋を取り外した。


「よう、坊主。俺はこの屋敷を管理しているライルってもんだ。」


正面の男が俺を見下ろして言った。部屋には他に四人の男達がいた。既に昼間になっていた。


「坊主にはこれから毎日、マジックバッグを作って貰う。死ぬまでだ。」

「何で俺が・・」


ドカッ!

横から蹴り飛ばされて転がる。


「作りゃあいいんだ。口答えするな!」

「おいおい。ちったあ手加減しろよ。こいつが死んだら俺たちが殺されるぞ。」


周りで男達がヘラヘラ笑っている。

引きずられて地下室に連れて行かれる。そこには何人かの男女が牢に入れられていた。


「お前は大事な客だからな。特別に個室を用意したぜ。」

「あっちの奴等は気にすんな。どうせもうすぐ売られて居なくなる。もっともお前は死ぬまでここに居ることになるがな。」


牢に居る人達は酷い目に合ってる様で皆身体中にアザが出来ていた。

体を叩かれ簡単な身体検査を受けて俺は向かいの牢に入れられ縄を解かれた。


「武器は持ってねえ。」

「よし。坊主、この部屋にはいろんな道具が揃ってる。お前はそれでマジックバッグを作るんだ。それと、お前はマジックバッグを作るまで飯抜きだからな。足りないものは早めに言えよ。じゃあな。用があったら大声で誰か呼べ。」

「ライル、そんなんで良いのか? 痛め付けて作らせた方が早くねえ?」

「ばーか。こいつが怪我して作れなくなったらどうすんだよ。それに飢餓ってなあ最高にキツいんだ。何日かしたら自分で作るようになるさ。」


そう言って男達は地下室から出ていった。

部屋はランプが灯っているが薄暗い。

俺の牢には確かに様々な錬金道具が揃っていた。るつぼ、魔石、インクにペン。スクロール用の紙等・・・。


「魔道具に詳しい奴が居るって事か・・・。」


今すぐ殺される心配は無さそうだ。


それに話からあいつ等も下っぱでまだ上が居るって事だな。

でも誰がマジックバッグの事を嗅ぎ付けた?

作ったばかりで誰にも話して無いぞ。くそ!


いくら思い返しても心当たりが浮かばない。


・・・牢の格子は鉄か。

いざとなったら穴掘って下から潜ればいいか。

天井は、上の階の床だな。


よし。何とかなりそうだ。

少し安心出来たら余裕が出てきた。


この家の周りってどうなってんだろう?


テーブルに乗ってる道具を見る。

俺の持ってる道具より上等だな。材料も良い。よし。逃げるときに持っていこう。

それに幸いズボンの中のマジックバッグには乾燥トマトやフルーツが入ってるから数日は持つ。スクロールもある。水も問題ないが、長居はしたくない。

取り敢えず傷を『回復』で直すか・・・。


そんな事を考えながら乾燥トマトを食べ水を飲んでたらお向かいの牢の皆がこっちを見てた。


「うをっと! ・・・こんにちは。」

「・・・こんにちは。」

「み、皆さん長いんですか? ここ。」

「いえ・・・二日前に無理矢理。」


何を聞いてるんだ、俺。

彼等は家族で両親と子供二人。子供は女の子二人で十才前後か。


「この家の周りってどうなってます?」

「確か・・・別の家が建ってます。村みたいでしたので。」

「うん? 目隠しはされなかったですか?」

「いえ、私たちは縛られただけで。」

「俺とは目的が違うのかな・・・」

「私達家族は売られるんです。奴隷として・・・。」


彼等は旅をしている途中、襲われてここに連れてこられたそうだ。そして奴隷としてバラバラに売られて行くことが既に決まっているそうだ。父親の表情には苦悶と諦めが浮かんでいる。

子供が乾燥フルーツを欲しがってるのでスクロールの紙に包んで投げ渡してあげた。回復の水のスクロール。お父さんとお母さんは抵抗した時の物かアザが酷かったから・・・。


大方の方針は決まった。彼等と逃げる!

やるなら早い方が良いだろう。俺は脱出に使うスクロールを書き始める。


だが予想以上に展開は早かった。

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