第9話 運命は動き出す

先日の事件から十日もするとメルロウズの街は表向き何事も無かったかのように平和だ。

ただし貴族の間では事件は始まったばかりなのだ。

リーデンベルグ領とユーガイア領の境に発見された金鉱脈は坑道入口がリーデンベルグ側にあったのでこちらの管理下となっているだけで鉱脈が領境で別れている訳ではない。

当然、ユーガイアは面白くない!

なので独自に坑道を堀始める。そうすると今度は金を奪われると感じたリーデンベルグ側が怒りだす。

先日殺された男はユーガイアの坑道の状況を調べていたところを発見され追われていたのだ。


そんな訳で平和な市民とは別に領主から派遣された役人やら騎士やら調査官がメルロウズに滞在していた。


街を歩くアーレンとジョシュアもそんなメンバーだ。

街はいたって平和だ。走り回る子供。買い物をする主婦。箱を抱えて歩く男・・・。

二人は街を散策しながら今回の事件を振り返る。


「なあジョシュ、本当に紛争にまでなると思うか?」

「どうかな。双方の出方次第だろう。」

「そうは言っても既に死人が出てるしな。俺としては痛み分けで終わってほしい。」

「そうだな。埋蔵量も解らないのに取り合っても・・・ん?」

「どうした?」

「・・・今、魔力の変動を感じた。」

「誰かが魔法でも使ったんだろ。」

「街でか? 生活魔法とかじゃないぞ。瞬間的に大きなものだった。」

「・・・どっちだ?」

「裏通りの方!」


*****


ドランは畑に厚く積もった雪に穴を堀り箱を設置し電線代わりの紙線を箱の底に繋ぐ。紙には魔力線が書いてある。距離にして十メートル。

この距離ならパラメータが間違っていても巻き込まれないはずだ。


「まさかブラックホールになったりしないよな。」


まあそれは無いだろうと一人ニヤける。

箱には外に飛び出す程度の棒を立てておいた。成功したら内側に収まるハズ。

それと雪の上に等間隔に棒を立てる。影響範囲を把握するためだ。


「よし、準備オッケー!」


周りに人が居ないことを確認して


「魔石オン!」


一瞬木箱周辺の空間が歪み、体が引き寄せられる感覚がした。

が、本当に一瞬だけだった。今は普通に見える。ただし木箱は魔法陣を書いた底を残して粉砕し空中に小さく集められて浮いている。

周辺の雪もゴッソリ削られて見当たらない。

立てた棒や雪から起動時の影響範囲は円形で、直径二メートルは無い位。

では今の影響範囲は?

あまり近寄らず中心に向かって小石を投げると・・・消えた!

中心から逸らして投げる。今度は消えずに落ちる。

いくつか投げて影響範囲を探ると、一応設定した位の範囲に収まってるらしい。


「おお~、ある程度成功? でも怖え~。」


そんな浮かれるドランの様子を建物の影からアーレンとジョシュアは見ていた。


「あれか?」

「ああ、間違いない。」


それは魔導士でもないアーレンでもはっきり感じる魔力の収束だった。


「あれは何だ? 何か浮いてるぞ!」

「さあな。聞いてみるか、本人に。」

「だな。」


ドランの背後から雪を踏む音がする。

とっさに魔石を外すと浮かんでいた物体は弾け大気の壁の広がりと共に雪や木片が周辺にぶちまけられる。

振り向くと少し離れた場所からコートを着た男女二人が歩いてくる。

服装が平民ではない? ユーガイア?

咄嗟にコートの内側で『体力全開』『回復』を発動。大穴スクロールを持つ。体に緊張感が高まる。あの時の仲間か?


ジョシュア達が近づく。


「(何かが発動した。複数。アーレン戦闘になりそうだ。)」

「(なんてこった。)」


アーレンとジョシュアは本来王都からの視察団の騎士と魔導士だ。


コートに手を入れて睨むような顔のドランに女が声を掛けてきた。


「やあ。こんにちは。」

「・・・こんにちは。」

「風も無くて良い日だね。所で・・・何をやってるの?」


スクロールは離さない。何時でも発動出来る。

アーレンは剣に手を置く。ジョシュアは体内で魔力を練る。


「・・・」

「話してくれないか。俺達は取締りに来たんじゃない。」


アーレンの穏やかな言葉とは裏腹に三人の緊張は高まる。

ドランの背中に汗が流れる。


「・・・メルロウズの人?」

「王都から。旅の途中。」

「そう・・・これは・・・箪笥の実験だよ。」


会話してもお互いに目は離さない。


「(実験する箪笥って、どんな箪笥だよ!)」

「(しっ!)」


「・・・魔力を使った収納箪笥だよ。」

「ふーん。私は魔道具は詳しくないが、そうやって実験するのか?」

「ああ、初めての物は実験しないと何が起こるか解らないからね。」

「そうか。それで・・・戦う必要はないと思うが、どうかな?」


アーレンの手を剣から離させる。ジョシュアは魔力を納める。


「そう、だね。」


こいつら魔力を感じるのか?

ドランは『体力全開』『回復』を停止。


「これで安心だ。私はジョシュア。こっちはアーレン。さっきも言った通り旅の途中だ。」

「魔道具屋をやってるドラン。」

「失礼したな。で、あれって何を見てたんだ?」

「現物は何十年も前に無くなったから推測で作ってたんだ。その中の魔法陣の機能の一つの実験さ。」


ジョシュアは目を見開く。


「そ、それは荷物が沢山入るやつの事?」

「ああ」

「へ~。成功なのか?」

「いや。最初の実験だから。」

「だよなあ。粉々になってるし。」

「いや。成果はあったよ。」

「・・・邪魔したな。所でそれはいつ頃完成する? もうすぐな気がするが、完成品を見たい。」

「さあ。いつかは解らないね。」


暫し雑談してドランと二人は別れ、二人は詰め所へ向かう。


「凄い!凄い!凄い!!! 凄いものが見れた! こんな田舎にあんな奴が居るなんて!」


ジョシュアは酷く興奮している。


「ジョシュ、あれって何だったんだ?」

「解らなかったのか? マジックバッグだ。」

「はあ?何言ってんだ。浮かんでたぞ。」

「あれはマジックバッグの中身だ。」

「はあ? マジックバッグは作れないって聞いたぞ。作り方が解らないって話だったはず。」

「そう。だがあれはマジックバッグと同じ機能だった。魔力が解けたとき木や雪がそのまま出てきたろう。マジックバッグも破れるとああなる。」

「おいおい。それって凄い事だろ。あいつ大金持ちになるぞ。」

「違う! 私が言いたいのはその事じゃない!」

「なんだよ。」

「あいつは『機能の一つの実験』と言った。つまりあいつは魔法陣の中から機能を取り出せると言うことだ。言い換えれば、魔法陣が読めて、自分で作り出せるということだ。」

「・・・そんなの王都の魔導士でも出来るだろ。」

「いや。そんな凄い奴一人も居ない!」

「・・・」

「あー、残念過ぎる。明日この街を出ないといけないなんて!」

「仕方ないだろ。仕事なんだから」


その後、ジョシュアからの手紙で王都の貴族や魔導士は騒然となる。


*****


「う~ん、木箱は粉砕したけど圧縮は成功した・・・。木箱より大きな空間を圧縮したからだとすると、マジックバッグにするには圧縮を起動させた後に容器に入れる? それってめちゃ怖いんですけど。」


失敗したら自分も圧縮されるじゃん。

もう一度元の収納箪笥の魔法陣を見直す。

箪笥は次の順に起動している。


・魔力吸収

・????

・圧縮

・????


「て、事は・・・この二番めのやつか。これなら行けるのか?」


早速実験だ!


*****


王都にて。


魔導士会議の席上。

魔導士会議とはスタージス王国の魔導士の最高指導者達の集まるグループの事である。それぞれの魔法属性、魔道具の研究と技術の集積を目的とした国家機関でもある。常に国内外から技術を集め新たな魔導士の育成も行っている。

戦力としての魔導士団の強化と維持、各部署への魔導士の派遣。魔導士となる者への教師も魔導士会議の一員が行っている。


「ジョシュアが送ってきた内容は本当かね?」

「どうだろう。私は疑わしいと思うがね。長年調べてきた我々でもごく一部しか解らないのだ。成人したばかりの平民に出来るとは思えん。」

「だが既にマジックバッグの再現が出来つつあるとあるが? 真実なら是非見たい。」

「いや、真実なら王都で保護すべきだろう。他国へ流れるととんでもない事になるぞ。」

「そうだな。真偽はともかくまずは召喚しておいた方が良いだろう。」

「よし。皆事は重大だ。この件は内密にな。」


しかしこの件は貴族に、やがて一部の市民に流れる。


「マジックバッグが作れるとは。まさに金の卵を生む鶏だな。」

「はい。この男を手に入れれば大いなる繁栄が約束されることでしょう。」

「うむ。では早速確保しろ。他家に出し抜かれるなよ。」

「仰せのままに。」


*****


「そういう事か。圧縮空間を別の魔法で囲って容器と干渉しないようにしてるのか。」


ドランは箱の中の圧縮空間を見つめる。


「でもこれ取り出せないぞ。」


そう。圧縮出来ても取り出せないのだ。この圧縮空間を囲ってる魔法は外からも中からも完全に遮断している。

石をぶつけてもポヨンと凹んで跳ね返す。


「やはりもう一つの魔法陣か。」


その魔法陣には確かにINとOUTがある。

でもこれはどのタイミングで発動するのかが解らない。

圧縮した後、いつ使う?


通常の使い方を考える。

物を入れて圧縮。今度は取り出したい。タイミングではここしかない。


「やっぱり実験するしかないか。」


魔石を繋いで順に起動する。今もすぐに中止できる様に魔石仕様だ。ここまでは安定。

ここで最後の魔法陣を時限式に発動。

爆発とか起こらない事を確認して恐る恐る箱を覗く・・・。


「おおお!!!」


箱の中の圧縮空間は開き石や棒が見えている。

最後の魔法は固定した圧縮空間をこじ開けて穴を開けるもの。でもまだ手は入れない。何が起こるか解らないのだ。


紐の先にフックを付けて中に垂らす。


「ふ、普通に入った!」


棒にフックを掛けて取り出す。

言葉にならない叫びを上げて棒を振り回す!!!


「ワおおお~~~~!!!!」


雪の上を転げ回り寝転んで空を仰ぎガッツポーズを繰り返す。


「よし、よし、よし!」


何度も試し、最後の魔法は物の出し入れするときに魔力を流して空間を開ける物だと解った。


残った『魔力吸収』は周囲から魔力を取り込むものだろう。

この魔法陣も起動させたら完成だ。

ただし新たに『自壊』の魔法陣も組み込む。これは容器外側の特定箇所に魔力を流すと数秒後に『魔力吸収』を強制停止するものだ。

無限に魔力を吸収するなんて暴走したらとんでもない事になるからね。


ドランの日常とは関係なく運命は動き出す。

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