第8話 雪は災いと共に


本格的な冬がきた。

メルロウズは雪で覆われ白一色。それでも人々は生活している。除雪された道を商人は馬が引くソリで品物を運び、人々は仕事や買い物に出かける。


街の大通りの除雪は冒険者が行っている。

狩りが出来ない冒険者の為にギルドと領主、教会が主催して雪かきを依頼として出しているのだ。

一日一回、半日の雪かきで五百ギル、または冒険者ギルドで一食無料になる。

市民でも冒険者に仮登録する事で同じサービスが受けられるので貧しい家庭の老人や子供も参加する好評のサービスだ。


どんよりとした曇り空の下、灰色のコートに黒の襟巻き姿で外出。雪かきしている人々の横を通りすぎ森に向かう。カンジキを履いて雪の上を歩き罠を掛けた場所を見回る。

吐く息は白いがあまり寒くはない。実はギルドで依頼されたホットカーペット用の魔法陣と魔石で体を温めながら歩いてる。

森の中でも雪は深い。雪の上には所々小動物の足跡が点在していて冬でも活動的な奴が居ることを示している。

今日は二匹ウサギが掛かってた。

罠を別の場所にかけ直し餌をまいて次へ移動する。


途中にある溜め池にも背を低くして近づく。

この溜め池は湧水が出ているので凍らない。

枯れた葦の間から水鳥を見る。カードを指に挟み狙いを定め・・・


ドサッ!


何かが倒れる音で一斉に鳥が逃げた。


なんだよ、もう。


舌打ちしながら音の方を見ると誰か倒れていた。慌てて駆け寄ると旅人の男の様だ。

雪に血の跡がある。脇腹から出血している?


「メ、メルロウズの者か?」

「そうだ。待ってろ。いま治療する。」


鳥射ち用のスクロールを左手に持ち変え回復のスクロールを取り出し、服を捲って回復水スクロールから水を垂らす。


「ダメだ。すぐに街に行かないと・・・」

「もう少しだ。待て。」

「これを・・・これをリーデンベルグ様に渡してくれ・・・」


男はそう言って俺のコートのポケットに紙を突っ込む。

雪を踏みしめる音がする。


・・・森から誰かが走って来る?


「追っ手だ。逃げろ!」


ガッ!


振り向いた時には蹴り飛ばされていた。


「やっと追い付いたぜ。このネズミ野郎。」

「こっちの奴は仲間か?」

「違う! 彼は助けてくれただけだ。関係無い!」

「うるせえ! どのみち死んでもらうがな。」


走って来た二人組は『獅子と剣』の紋章の革鎧姿。

この紋章は隣のユーガイア侯爵領の物だ。

二人が剣を抜く。


「死ね!!!」

「がっ・・・・」


一人が今治療していた男を突き刺した。激しい出血で雪が血に染まる。


俺は唖然として、ただ見ている事しか出来なかった。

今話していた男の目から力が抜けていく。しかしその目は俺を捉えて離さない。


ザク、ザク・・・。


ハッとして顔を上げると、別の男が剣を持ったまま近づいてくる。


状況が理解できない。


どうする? どうする? 降参か?


俺はおずおずと両手を持ち上げる。


「はっ、残念だが降参しても死ぬことには変わりはねえぜ。」

「・・・え?」


震える手にスクロールが見えた・・・。


「ぎゃっ!!!」

「どうした!」


男が顔を押さえて踞る。もう一人が駆け寄ってくる。その手には血の滴る剣が握られていた。

その男の顔面にも照準を合わせて、射つ!

男が剣を振ってかわそうとするが、そのまま火球は着弾。

鳥射ち用の低出力といっても鳥を落とすことが出来るのだ。顔面にダメージを与える事位は出来る!

雪の上で呻いている男を横目に立ち上がって走りながらスクロールを切り換える。雪上用に深さを変えたスクロール。深さは一メートル、範囲は十メートル四方。

振り向いて構える。


雪ごと沈め!!!


土と雪が軋みながら音を立てて男二人を沈めていった。


刺された男は既に死んでいた。

せめて遺体だけでも持ち帰ってやろうと荷運びと体力全開スクロールを発動し街へと急ぎ戻る。



門番は死体を見て驚き俺は連行されて尋問を受ける事となった。


休む間もなく、引きずられ、入口と小さな窓しかない小部屋の椅子に座らされた。

両側に衛兵が立っている。

正面には大柄な男が座った。


「よお。お前、何をしでかした?」

「言ってみろ!!!」


威圧的に男たちが怒鳴り散らす。


隊長らしき男に先ほどの出来事を話す。

死体となった怪我人を治療していた事、手紙を預かった事、ユーガイア兵に襲われた事、その兵士を雪に生き埋めにした事を・・・。


「その兵士達はまだそこに居るのか?」

「解らない。浅く埋まっているだけだから逃げたかも知れない。」

「手紙はリーデンベルグ様宛なのだな?」

「そう聞いた。それ以上知らない。」

「手紙の内容は見たのか?」


同じ様な事を何度も聞かれる。

門番、騎士、衛兵、また騎士、何処かの役人。一方的に聞かれるので誰が誰なのか解らないが立場の異なる人達なのだろう。

次の日、どうやら兵士の死骸は見つかったらしい。


「二人の名前は?」

「知らない。あの時初めて見た。」

「二人はどうやって来た?」

「知らない。」

「何故殺した?」

「こっちが殺されそうだったから。」

「仲間ではないのか!」

「違う。初めて見た。」


また何人も同じ事を聞いてくる。何かの根比べか?

前世の刑事ドラマの容疑者みたいだ。多分容疑者なんだろう。

揺さぶりをかけて矛盾を突きたいのだろうが、でも真実だからどうしようもない。


三日後。


「出ろ! 釈放だ。もう疑われる様な事をするな!」


いきなり追い出された。

あの日捕ったウサギはもう腐り始めている。


「冬でもダメだったか。・・・荷物は無くなってないな。」

「やっと出てきたか!」


振り向くと兄がいた。

どうやら兄の所に連絡が行ったらしい。


「ごめん。兄さんにも迷惑かけたみたいだね。」

「大した事ない。お前の身元調査だな、あれは。」

「人助けのつもりだったんだけど・・・。」

「まあ粗方内容は聞いたけど。ふん。・・・三人とも埋めちゃえば良かったんだよ。」


本当にそうだ。そうすれば普段通りだった。


「ユーガイアが何か企んでるらしいぞ。」

「何か教えてくれたの?」

「いや。もっぱらの噂だ。領境近くに鉱脈が見つかったらしい。お前の事も皆噂してるぞ。何処かの間者だって。」

「何でそうなるんだよ。」

「そりゃあ最後に手紙を受け取ったのがお前だったからさ。まあ誰も信じてないがな。冬は暇だから話題に飢えてるんだろ。」

「・・・」

「変な奴も居るから暫くは注意しろよ。」


*****


確かにあの事件以来奇異な視線を感じる。

こちらを見てこそこそ話をする者。あからさまに「何処と繋がってるのか」と聞いてくる者。買い物で店に入ると「内の店は怪しくないですよ。」などとニヤニヤと店主が言ってきたりする。


こんな時は部屋でじっとしているに限る。

ギルド用の使い捨てスクロールを作り、その後は寝転んで祖父の代から溜め込んだ魔法陣のファイルを眺める。

ファイルには魔法陣と使用用途、使っていた器具の説明が書かれている。これ等の様子を空想するのも楽しい。

面白い事にコンロやランタンなんて似たような物が沢山有るのに作者が違うと魔法陣の書き方が違う。つまりこれを作ってた頃は自由に魔法陣を書いてたって事だ。

でもまあ、此くらいは前世のプログラムでもよく有ること。

知りたいのは新たな関数や機能。

ファイルの中には祖父が売って以降見ていない物もある。


「収納箪笥」の魔法陣。

これもその一つだ。

衣装箪笥程の大きさで魔石でも使用者の魔力でもなく外部から魔力を取り込む自立した魔道具。

しかもこの魔道具は外見の十倍以上の衣装が入れられたとか。写しはまだ発動前の貴重な魔法陣だ。


「これってマジックバッグが作れるんじゃ?」


マジックバッグは世の中に幾つかある。だが売りに出ても高額で貴族か大商人しか買えない。魔法陣はバッグの内側に書かれているので不明。圧縮された空間なので見えないのだ。

つまり太古の昔に作られた物しか存在しないはず。


「どうせ暇なんだ。試してみるか。」


まずは一つずつクリアしていく。


『Space-compression』


多分これが圧縮だ。

圧縮機能が出来なければ意味がない。

三十センチ四方位の木箱を買い、魔石駆動にして木箱の内側に圧縮機能だけの魔法陣を書く。関数のパラメータの内容が不明なので元の箪笥のサイズと十倍という言葉から推測する。

恐らく圧縮前の空間サイズと圧縮後のサイズであるとあたりをつける。

つまり内側に空間を生み出すのではなく、入れ物よりも大きな空間を入れ物に閉じ込めているのか?

起動時に圧縮されるので起動時と終了時が特に危険だ。周りの空間に影響する可能性大。

だから既存のマジックバッグは起動しっぱなしなのかも。

魔石は細長くした紙に魔力線を書き木箱の外側に大きく離して繋ぎ、危険と感じたら千切って停止させる。

念の為、実験は外で行う。

室内だと自分も圧縮に巻き込まれそうだからね。

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