第7話 狼襲来


・・・そいつらは深夜にやって来た。

森の中から複数の気配を感じる。マチルダさんを起こし避難出来るように準備させる。

ベニシアちゃんはかなり眠そうだ。


聴力を最大にして何処から来るかを見極める。

鼓動が速くなる。

回復ドーピングも開始。広範囲スクロールをもって構える。

二人はかなり不安そうだ。


「俺の背中から離れないように。」

「はい!」

「・・・来ます!」


森と街道側の両方、囲まれてる!

少し遅れて左右から狼が疾走してくる。

・・・焦るな。焦るな。もっと近づけろ!


「ふん!!!」


ザン! ザン! ザン! ザン!


前後左右にスクロールを発動!

狼達のうめき声の中に足音が混じる。

チッ。残った奴がいたか。

服を掴む二人の手が震えている。


アースランスのスクロールに変える。

足音の距離を測る。

背後から二頭、左から一頭!


ドス! ザス!

ギャワン!!!

グワン!


一頭かわした?


疾走する足音に集中!!!


腰のナイフを抜きザマに振り抜く。

当たらない。

逃げた方向にランス!


ギャ!


まだ居る。

だが襲って来ない。様子見か?

張り詰めた空気の中で狼達の息遣いが聞こえる。

暗闇の中に狼の眼だけが光っていた。


「「「ハア、ハア、ハア、ハア」」」

・・・まるで死神の群だ。


狼たちが近づく度にスクロールを使いまくる。

だがこれは奴らの作戦だったようだ。

そろそろ俺の魔力量がヤバい。スクロールと言えども使いすぎだ。スクロールの枚数も心許ない。

頭が重い。


どれくらい時間が経ったのか、焚き火が小さくなる。

震える二人に小声で話す。


「(大丈夫。火が消えても俺には問題ないです。)」


小さな手がギゅっと服を掴む。

遂に、火が消える・・・。

暗闇と共に足音が迫る。

右三頭、正面二頭! 遅れて、もう一頭?


ランスを発動!

何かが飛んでくる。

同時にナイフを突きだす!

! 手応えあり。


ギャーン!!!


何かに押し倒されるが、思いっきりはね除ける。

次の攻撃に備えて構える・・・が気配はない。


そのまま、次第に空が白み初めて回りが見える様になってきた。

埋まっているヤツ、血塗れで死んでいるヤツ。

そして足元に一際大きな狼の死骸。

残った狼の姿は見えない。


生きてるヤツにはトドメをさし、とりあえず駆け足で移動して日が高くなった頃に別の場所で休憩する。

地面に座り朝食を食べるとようやく生き残った実感が湧いてきた。


「・・・皆無事ですね?」

「ええ。どうなる事かと思いました!」

「おじちゃん、怪我無い?」

「ああ。大丈夫だ。」


涙ぐみながら皆で抱き合う。

朝日が降り注ぐ。

俺たちは生き残った。今は感謝しかない。


その日の午後、三人は無事村に到着した。


*****


リーデン村は人口五百人程の農業と林業を主産業とする街道沿いの集落だ。

街道を軸に左右に商店と民家が建ち並び、その外側に田畑が広がる。

村に着くとマチルダさんの家に招待されたが、今日約束があったので後で伺う事にした。


本来の目的である修理依頼。幸い魔道具は直ぐに修理出来た。

直ぐに治ったが故に修理代も安い。

修理代は僅か二千五百ギル。これに往復の馬車、出張代を合わせて一万二千五百ギル。


マチルダさんの家は直ぐに見つかった。

マチルダさんの旦那さんは数年前に亡くなっていたが、かつては冒険者として活躍していたそうだ。

今は息子夫婦と子供の四人暮らし。

息子さん夫婦にも歓迎され久しぶりに家庭の暖かさを感じた夜だった。

ただ、ベニシアちゃんは俺の武勇伝ではなく脚をプルプルさせて小鹿の真似を披露して盛り上がっていたのが気になる所だが。


翌日、マチルダさんの家を去るとき。


「主人が持ってた残り物なんだけど良かったらどうかしら。」


差し出されたのは二本のスクロールだった。

見させてもらうと『ファイアボール』火の初級攻撃魔法と、もう一つは『荷運び』のスクロール。

火魔法は森の多いメルロウズ付近では火事になりやすいので人気が無いが、岩場や水辺の多い地方では人気だ。

荷運びは重量のある荷物を運ぶのに良く使われる物だ。

対象となる物体に発動すると一定時間その重量が1/10位になり荷車や街まで楽に運べる。


「高価なものをありがとうございます。活用させて頂きますね。」

「いえいえ。此方こそ危ないところを助けて頂いたんですから。これくらいのお返ししか出来なくてごめんなさいね。」


馬車乗り場でマチルダさん一家に見送られ、無事メルロウズに帰る事が出来た。


*****


メルロウズでは相変わらず自室でスクロール作りに励む。

今は職人ギルド推奨の加熱のスクロール。

これは鍋やコンロではなく大きめの毛皮に書くもので魔石稼働の冬用のホットカーペットやコートに使われる物だ。

魔法陣を書いたら職人ギルドに納品。その後に別の業者に渡され製品に加工される。いわば分業生産。

この地方は冬になると雪で冒険者は活動が停滞し通常の魔道具も需要が落ち込む。職人ギルドも離職者や不良在庫を作りたくないのでギルド推奨品として冬に売れる商品作りを紹介しているのだ。


「よお。待たせたな。」


今日はアッシュ達と森に出る。

アッシュ達は全員背負子と斧やノコギリ装備だ。

冬目前の今、魔物の肉も野菜も値上がりしている。皆冬場の保存食に加工する為に需要が高くなるのだ。冬は品薄でもっと高くなる。

それと同じ様に値上がりしているのが薪。

という事で今日は薪拾いだ。

この時期、薪は狩りよりもライバルが少なく金に成りやすい。

森に向かう途中の草原にも何組もの冒険者パーティーが来ていたが、皆狩に夢中だ。


「こんだけ人が居たら魔物も出ないだろ。」

「森の奥でも獲物の取り合いらしいわよ。」

「そうそう。」


森に入り、倒木を切って薪サイズにしたあと纏めて縛る。

周りには十才前後の子供も居るが、彼らの目当ては枝打ちして落とされた枝。これも集めれば薪として取引所で買い取ってくれるのだ。更に小さい子は松毬を拾い集める。これは家で使う。燃えやすいからね。

メルロウズの子供達はこうしてお小遣いを稼ぐのだ。


薪を背負子に山のように積み上げるとその重量は七十キロを超える。このままでは大変なので、リーデン村のマチルダさんから貰った『荷運び』スクロールの出番だ。

三時間の間、重量が1/10になるので元が七十キロでも余裕で運べる。金額も一人一万八千ギル近くになるのでよい稼ぎと言えよう。ただし発動時の魔力消費が激しくて書き換えたスクロールでも一枚で二回が限度だ。


ちなみに『荷運び』スクロールは通常一枚一回しか使えないが、一回の中身は荷物一つでなくとも良い。荷物を集めて重ねておいて掛ければ皆軽くなる。

直接当てて掛けると当てた一つだけが軽くなる。


冒険者は派手な活躍と一攫千金の話題が注目を集めるがこれは一部の上級冒険者に限っての話。

銅級以下の冒険者はまず目先の生活を安定させなければ先は無い。

鉄級冒険者はこの冬が正念場だろう。


「アッシュは冬はどうするんだ?」

「とりあえず冬は越せそうだけど、節約でギルドの雪かきでもしようかな。」

「朝食が無料よ。」

「そうそう。」

「ドランは?」

「職人ギルドお奨めの魔法陣を作る予定。だけど狩りもしてみたいかな。」

「狩り良いわね。雪かきだけじゃあ退屈。」

「そうそう。」

「でも雪で狼系とか絶対無理だぜ。」

「小動物とか鳥とか大したお金には成らないけど食事代にはなるかも。ちょっと考えて見ようと思ってる。」

「また結果を教えてくれ。楽しみにしてるぜ。」


考えてるのは小動物用の『括り罠』と鳥射ち用の『ファイアボール』。

この世界の罠は基本的に大型魔獣用で普段は使わない。まして小動物や鳥はパーティーで獲るには小額過ぎて見向きもされないが、狩人が冬場の稼ぎに弓矢で獲ったりはする。

冬は食料が不足するので小動物でも取引所で買い取ってくれるのだ。


*****


メルロウズにも雪が降り始めた。

今はまだ深くは無いがあとひと月もすれば背丈ほどの積雪になるだろう。


今日は一人で罠を仕掛ける。ターゲットは小型のウサギやイタチ、リスの仲間。

罠の構造は前世のテレビ番組から得たものだ。

木の幹の陰に紐と枝で触ると締まる様に設置。餌に木の実を置いておく。

小動物用なので人間には害は無いはず。足先しか入らないからね。すぐ解けるし。

三つ設置して翌日確認すると一匹リスが掛かっていた。取引所で三百ギル。まあこんなもんだろう。真冬はもう少し高いそうだ。

本命は鳥。

マチルダさんから貰った『ファイアボール』は初級で直径三十センチ位の火球を放射状に三つ発射する。

魔法陣には火球直径、飛距離、水平発射角、垂直発射角が設定できた。

これを三回ループして発射している様だ。

今のサイズだと鳥に当たると燃やしてしまうので魔力も直径も小さくして単発発射。飛距離は二十メートル位に。

水辺で石に向かってテスト。


これ、狙うのが難しい!

スクロールの紙の面に対して正面に獲物を捉えないといけないのだが大抵ズレる。これは当たらん!

仕方ないので発射角を大幅に変更し、カードの形状も前後が分かりやすく長めの三角形に変更。カードの尖った方向に向いて飛ぶようにした。

親指と人指し指でカードを挟み、手を伸ばして上の辺が真っ直ぐ獲物に向くようにして発射。

練習してようやく当たるようになった。


早速溜め池で鴨みたいな鳥を射つ。

何度かのトライで命中!

ロープ付きフックで引っ掛けて回収した。ホワイトダッグは取引所で一羽千百ギル!

罠より断然楽しい!

でも成果が確実では無いので併用かな。


生活の為にもう少し考えてみるか。

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