第6話 足が震えるんだ

ぼちぼち夏も終わりが近づいてきた。

最近の昼間はアッシュ達とよく狩りに出ている。

夏から秋に掛けては冒険者にとって書き入れ時だ。この地方は冬は豪雪で知られ、冬場の冒険者は秋までの稼ぎで暮らすか南へ移住するしかない。

一応凍死や飢死を防ぐために各ギルドと街主催の雪かき等の福祉事業で最低限の食事は出来る。参加すればギルドで食事か五百ギル貰える。


「ドラン、最近調子良いな!」

「ああ、毎日走ってるからな。アッシュも良いじゃん。」

「ああ、思った以上に威力があるな。これ。」


アッシュ達と小動物の狩りで、以前は広範囲に穴掘りしてたが今は追いかけて二メートル四方の範囲で浅い穴で捕まえる。これだとあまり木を倒さなくて良いのだ。


そしてアッシュ達には『ボーラ』という武器を一月程前に渡した。

前世の知識で作ったボーラは細いロープの両端に拳大程の石を縛り付けた簡単な物で、振り回して獲物に投げつけるだけで良い。絡めて獲物の動きを封じたり、小型の獲物なら当てるだけで倒せたり出来る。


「暖かいスープはいいね。」

「そうそう。」


アリアとリリスは肉入りスープを食べている。

俺から、この俺から盗ったスキレットで!

相変わらずアッシュ達はマッタリしている。


「こう見えても俺達メルロウズの街の『鉄級』では一番稼いでるんだぜ。」


冒険者はギルドへの貢献具合によって等級を設定している。

上からプラチナ、金、銀、銅、鉄の五段階。

鉄級は入門初心者クラス。ある程度実績が貯まると銅級に上がるらしい。等級が上がるとより金額の高い仕事にありつける。ただし、銅級に上がる頃には三割の冒険者が居なくなる。転職か生活苦で故郷に帰ったり、行方不明か死んだか・・・。


「時々グレーボアを狩ってるのが大きいな。」


以前はスクロールで狩ってたが、今はボーラで脚を絡めて槍で狩ったりしている。

三人で幾つか投げてどれかが当たれば良いのだ。ロープと石だから無くしてもすぐ作れるからね。

それに初心者冒険者にスクロールは高い。成果とコストが合わないのだ。


談笑していると遠くから誰かが近付いて来た。


「チッ!」

「アッシュ、知り合いか?」


男が四人。あまり良い感じの奴等では無い。

それに街の外のトラブルは危険だ。しかも回りに誰も居ない。


「ああ、ギルドの先輩。俺達の方が稼ぎが多いのが気に入らないんだと。」

「ハエ並にしつこいんだよね。」

「そうそう。」


「よう! 糞ガキども。良いもん食ってるじゃあねえか。俺達にもご馳走しろよ。」

「もう食べ終わったんで、無いっすよ。」


片付けて移動準備を始める。


「じゃあよ。・・・持ってる獲物と金を置いてけ!」

「・・・お断りっすね!」

「へー。いい度胸だな。」

「こりゃあ教育が必要だ。」


アッシュが四人組とにらみ合う。


「前から思ってんだが、お前達をうちのパーティーの子分にしてやる。お前達が一人前になれるまで指導と金の管理をしてやるって訳だ。どうだ。お互いにメリットが有るだろ。」


四人が近寄ってくる。

アリアとリリスがアッシュの影に隠れる。

俺も脚が震える・・・。念のため『体力全開』を発動。


「そりゃあタカリっていうんっすよ。」

「何だと。コラ!」


男がアッシュに掴みかかろうと前に出る。


「ちょ、ちょっとやめてください。」


あ、思わず止めてしまった。


「テメエは引っ込んでろ!」


一人が拳を突き出してきた。

殴られる! ・・・と思ったら避けてしまった。


『体力全開』は現状自己の身体能力を最大にする。


「コイツッ!」


繰り出されるパンチを全てかわす。一発、二発、三発・・・。


あれ? コイツ大した事無いぞ。

スッと離れて捕獲用のスクロールを発動。


ドン!


「うわ!!!」


男の脚が50cm埋まった。直ぐには動けないはずだ。

唖然と見ていた他の三人が怒りだす!


「面白いじゃあねえか。この野郎!」


三人が駆け寄ろうとするとアッシュ達が槍を突きだして


「先輩! いい加減にしないと、俺の友達が森に埋めるっすよ。」


アッシュが目配せするので男達の隣に大穴を空ける。


ドカン!!!

・・・ザラザラザラ・・・


突然できた大穴の底はとても深い。

男達は大穴を凝視し、埋まっていくのを見送る。埋まれば死体も出ないのだ。


「行こうぜ!」


俺たちは4人組を残して街に向かった。


「あれで良かったのか?」

「ああ、アイツら人前では何も出来ないんだ。」

「イヤミ言うだけ。」

「そうそう。」


冒険者も大変だな。

街が近付いてきて周辺にも人通りが多くなる。


「でもドラン。ビビりすぎ。」

「そうだぞドラン。」

「そうそう。脚、震えてたわ。プルプル?」

「うるさい!」


街はいつも通りだ。


*****


ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・


今、隣のリーデン村まで走ってる。今朝の馬車に乗り遅れたんだ。

兄さんの依頼で、昔祖父が納品した魔道具の出張修理。

馬車で一日、歩いて2日の距離なんだが・・・。

うっかり寝坊してこのザマだ。

急ぎじゃなかったら次の馬車を待ったのだが、仕方ない。


『体力全開』と『回復』を同時にかけてドーピングしながら走る。体力に注意して軽いランニング程度の速度だ。

辺りは広大で美しい唐松の針葉樹林。

その森を切り開いた街道は馬車がすれ違える程度の幅しかない。


途中、休憩してる馬車、何人かの旅人を追い越し、何台かの馬車と馬に抜かれた。

太陽が頂点に達する頃、街道沿いの広場に入る。そこには数台の馬車と旅人が休憩していた。

広場の端の森近くに腰をおろし『回復』を掛け直す。

呼吸を整えながらゆっくり水を飲み、リュックから乾燥肉と乾燥トマトをスキレットに入れ、水を注ぐ。スキレットを温めながら乾燥フルーツを取りだし口に入れる。


「ふー」


フルーツの糖分が体にしみる。


「よう! あんた走って旅してるのかい?」

「はは、次の村に急ぎの用でね。」

「俺は荷馬車の御者をやってるんだが、さっき反対側の辻馬車の奴がこの先で狼の群を見たって言ってたから気をつけた方がいいぜ。」

「分かった。ありがとう!」


狼か。

多いと面倒だな。出会ったら広範囲の穴で埋めながら逃げるか・・・。


休憩が終わり、馬車の出発に合わせて俺も出発する。

少しでも集団の方が良いからな。馬車には護衛も付いてるし。いざとなったら合流させてもらって・・・。


「あの、すみません。」

「へ? あ、早く馬車に乗った方が良いですよ!」


周りの馬車は次々と出発する。


「いえ。あの、私達歩いて旅してますので。」

「・・・」

「それで、申し訳ありませんが次のリーデン村まで一緒に行って頂けないでしょうか。」


話し掛けて来たのは初老の婦人と幼い娘だった。


「えっ・・・?」


・・・イヤイヤイヤ。二人とも走れないよね。

ええ? 何でさっきの馬車に乗せて貰わなかったのかな!

狼に囲まれたら終わりだよ?


気が付けば広場には俺達三人しか居ない。

無理です・・・と喉まで出かかる言葉を飲み込む。


「・・・大丈夫、ですよ?・・・はは、こう見えてもいろいろ攻撃手段を持ってるんです。では、あの・・・二人とも私の側から離れないで下さいね・・・。」


話しながら気分は落ち込んでいく。

お二人はお婆ちゃんとお孫さん。お婆ちゃんはマチルダさん。娘さんはベニシアちゃん。メルロウズの街に買い出しに来た帰りだそうだ。


歩きながらいろんな事が頭を巡る。

うわ~村まで防衛戦かよ。自信無いな~。

群の規模聞いとけば良かったな。

次の馬車が来たら絶対、絶対に無理矢理乗せてもらお。


それから二時間程歩くが何故か馬車も旅人も出会わない。


・・・広い広い森の、細い細い道路に三人だけ・・・。


聞こえるのは僅かな鳥の声と風の音。

まるで世界から忘れられた様に感じる。

何も起こってないのに緊張感が高まる。


勝手に妄想が広がる。

この薄暗い森の中には無数の魔物が蠢いている。

そいつらは森に残された俺達をじっと見つめて、機会を伺って居るに違いない。

気が付いたら周りは狼だらけ。

振り向いたらそこに狼が?


「おじちゃん、大丈夫?」

「ひいっ!!! だだだだ大丈夫だよ。大丈夫。大丈夫ううう・・・。」


思わず大声が出てしまった。

ご婦人が心配そうな表情で見てくる。


「(おじちゃん、脚がプルプル)」

「(おじちゃんは小鹿のマネをしてくれてるのよ)」

「(生まれたて?)」

「(そう。生まれたて。)」


後ろから何か聞こえてくるが気にしていられない。


ガサッ!

茂みが動いた!!!


「わ~~~!!!!!」


ドコン! ドドドド・・・。


大穴が開き何かが飲み込まれていった。


「やったか!!!」

「タヌキさん、穴に落ちたよ!」

「そうね。タヌキさん落ちたね~。」

「・・・は、はっは~! こ、こんな感じで狼もやっつけるんですよ。」

「凄~い。生まれたてのおじちゃん。凄~い!」

「凄いね~。生まれたてのおじちゃん凄いね~。」


マチルダさんの冷めた目が怖い・・・。


やはり暗くなるまでに村には着かず、街道沿いの広場の真ん中で夜営する事になった。真ん中なのは見通しを良くするため。

二人は夜営道具を持っており装備に問題はない。


「火は私が起こしましょうね。」


俺、夜営道具持ってなかった。夜は寒いんだよな。


「ありがとうございます。」

「これって火がなくても暖かくなるの?」


ベニシアちゃんは俺のスキレットに興味津々だ。


「そうだよ。凄いでしょ?」

「ふ~ん。」

「便利ですね。魔道具なんですか?」

「ええ。私が作ったんですけど・・・売れなくて。」


二人は普通のスキレットを火に当てて調理していた。

マチルダさんの料理は美味しくてお代わりまで貰い、お返しに乾燥フルーツを振る舞った。

仕事の事、家族の事やいろんな出来事を話している内に夜はふけて行く。


「夜は私が見張りますのでお二人は寝てください。」

「すみません。この子ったらすっかり寝てしまって。」


ベニシアちゃんはすっかり熟睡だ。

二人が寝入った頃、眠くならないようにお茶を飲み乾燥フルーツを時々かじる。火は絶やさない。

『体力全開』は発動。周囲に聞き耳を立てる。

何時でも使える様に広範囲捕獲用のスクロールを用意。

捕獲する必要は無いが他に広範囲のスクロールが手持ちに無いのだ。


今夜は長くなりそうだ。

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